2016/03/18
自治体の災害対応マネジメント実務の参考③
前回の続きから。
【Ⅲ】危機が顕在化する過程におけるプランニングプロセス
1 全般
この段階は、台風に関する現実情報に基づき、細分化した事業領域ごとに、小分けにした意思決定を実施します。
この段階の意思決定の狙いは、現実に起きる可能性があるリスクを予測し、対応のための選択肢を絞り、対応計画を修正することにあります。
まだ、この段階では対処が必要なリスクな絞り込むことはできません。具体的な危機を認知するまで、リスクの絞り込みを、もう暫くの間待つことができます。
2 事業領域のリスクアセスメントの見直し
台風接近に関する現実情報を受けて、以下の要素に留意して、事業開始に先立ち、平時に想定したリスクの見直しを実施します。
発生した台風の今後の変化、素因の状況変化を推測し、過去の事例を参考に、この台風が引き起こす危険性に逸早く気付くことが重要です。気付いた危険性に基づき、平時に想定したリスクを修正し、或いは、新たなリスクを追加します。
この段階のリスクは確定されたものではありません、予測は条件付きの結論にならざるを得ないという事を、実務者だけでなく、管理者もよく認識する必要があります。
遅きに失するという事です。真に、第6感の世界です。
根拠を追求し過ぎると分析者を委縮させる結果になります。
現実に発生している台風の強度(風速)、コース、予想される降水量等により、影響度を分析し、リスクの重大性・対処の優先順位について再評価します。分析評価の結果が、平時と同じ結果になるとは限りません。
平時は優先順位が低いと判定されたリスクが、現実状況下では、重大なリスクとして評価される可能性は十分あります。その逆もあります。
リスクの重大性評価は、事後の対応行動に直接影響する本部長の承認事項です。
評価結果は、本部会議等の場で本部長に報告し承認を受けます。
同時に、各部・各関係機関等に伝達し、状況認識を統一します。
3 平時計画の修正
台風に関する現実の情報に基づき、将来リスクを予測した結果、重大リスクの評価が、平時に想定したものと大差無いと推定される場合は、計画を修正することなくそのまま適用します。重大リスクの評価内容に変更がある場合は、対応計画を見直します。
計画見直しのポイントは、リスク対応戦略、リスク対策項目と目標、対策の優先順位、部隊運用構想、各部隊のミッション等です。
計画の修正は、基本的に、計画策定と同じ手順で実施します。重大リスクの評価内容の変更部分と照らし合わせて、上記ポイントの修正の要否を判定します。
計画修正は、台風が近づいてくる緊迫した状況下で行われます。このため、計画修正の決済区分を予め定めておくと共に、計画修正の事務手続きを簡素化する事は極めて重要です。本部の計画修正に、いたずらに時間を浪費する事を戒めなくてはなりません。リスク対策項目の目標、対策の優先順位の見直しは、具体的危機を認識し、優先対処リスクを決定した段階で実施します。
4 関係各組織に対する修正計画の伝達
関係組織が参加する会議を開催し、背景情報、修正の主旨等を伝達し、実行部隊の修正計画の報告期限等を指示します。リスク評価、部隊運用構想、各部隊のミッション等の見直し内容については、特に丁寧に説明します。
この際、実行部隊に計画修正のための時間の余裕を考慮して、会議時間を設定します。
【Ⅳ】危機の認知と対応プロセス
1 全般
この段階は、各事業領域で具体的な危機を認知し、対処が必要なリスクを絞り込み、対応行動のための最終的な意志決定を行います。
この時期は災害の発生が切迫しています。具体的な危機の兆候を、中々、認知出来ない場合であっても、敢えて行動を起こさなければならない時期というものがあります。
危機の兆候を認知出来なくても、リスクを承知の上で、敢えて行動を決断しなくてはならない時期かどうかを判断する必要があります。
2 危機の認知
(1) 危機が起こりかけていることに対する気付き
気付きは、各事業領域で実施する重要なプロセスです。目の前の情報を、サッと眺め、予め想定した問題事象の前兆現象を捜索します。
人それぞれの知識経験や感受性に差があり、同じものを観ても、全員が同じ様に感じるとは限りません。ここは、豊富な知識経験を持つ専門家に頼りたい場面です。
平素から、マネジメントがやるべき事は以下の通りです。
問題事象の発生メカニズム・パターン・前兆現象等の様々な知見を体系整理し問題事象が発生する端緒(兆候)を細部事業領域単位で、予め、「見える化」することが重要です。リスクは一般的な心配事ではなく、あくまでミッション達成の具体的障害として確認されることが大切です。
危機管理の世界には、まさかと思われることが大きなリスクを引き起こす事例が山程あります。気づきの感度を向上させる事は極めて重要です。
このプロセスを担当する職員が、情報源についての情報を収集管理している組織の管理情報に、平素から自由にアクセスできる仕組みを構築することが重要です。
これによって、誘因や素因の変化を見落とすことなく、問題事象に対する気付きの可能性が高まります。
(2) 気付き情報の評価
このプロセスでは、災害発生のメカニズム、発生パターン、前兆現象等についての知見を動員し、気付き情報が当該事業領域で挙げた仮説を立証する「災害発生の前兆現象」として、果たしてあり得る事かどうかの妥当性を判断します。
関連する既得情報があれば、それと照合して、前兆現象を裏付ける事が出来れば、この気付き情報の蓋然性は更に向上します。
気付き情報の分析評価結果を受けて、組織として対応すべき危機かどうかを判定します。そもそも、気づき情報という曖昧な性質上、判定結果にリスクが伴います。このリスクは、分析担当者だけが認識するのではなく、結果を受け取る管理者も認識する必要があります。分析担当者がミスを犯す事を恐れるようになると、危機の認知というプロセスそのものが機能しなくなります。
(3) 報告通報
分析担当者は判定内容を計画Gpに通報し、今後の対応について短時間で協議します。
その後、本部長に対し、情報Gpと計画Gpの責任者が一緒になって、「危機を認知したこと」と「今後の対応」について報告します。
分析担当者は、判定結果が自身の勘による類推情報が含まれている場合であっても、危険が予測される時は、失敗を恐れず、信念を持って報告・通報する勇気が必要です。
危機認知情報については、通常、本部長報告と同時に、各部・関係機関に通報します。
3 本部長の指針付与
経験豊かな本部長は、情報Gpと計画Gpの責任者から「危機の認知」と「今後の対応」について報告を受けた後、「リスクアセスメントの見直しの重点」、「優先的対処の必要性を検討すべきリスク」、「リスク対策の見直しの重点」、「実行の可能性を検討すべきオペレーション」、「検討結果の報告時期」等の中から必要な事項を選択し、事後のスタッフ活動の焦点となる事項を指示します。
スタッフが、回り道をしたり、無駄作業をしたりしないように、業務の焦点を解りやすくガイドします。 そんな細かいことまで無理と考える管理者も多いと思いますが、「大きなビジョン」を指し示してマネジメントを行うだけでなく、スタッフ業務の現場をよく承知して、彼らの仕事がうまく展開するように配線することも、管理者の重要な役割です。すべての管理者が経験豊富とは限りません。
通常は、スタッフ長役の事務局長が、各GP責任者の意見を調整して指針案を纏め、本部長の指示を仰ぐというやり方をとります。
本部長指針は、本部業務予定と併せて、機を失せず、各部・関係機関に通報します。
4 リスクアセスメント
(1) 想定リスクの見直し
来襲時の台風強度、風速・降水量を継続して予測しつつ、これまでに入手した台風関連河川の水位情報、土壌・流域雨量指数情報、水防施設の現況、土砂災害危険個所の現況等を統合し、下記事項について明らかにして、今、顕在化しつつある現実のリスクを特定します。
現実に生起するリスクの特定に当たっては、平時に作成したリスク一覧を活用し、危険の発見に見落としがないように留意する必要があります。
(2)リスク分析・評価の見直し
この段階の目標は、現実のリスクを分析評価し、重大リスクを見極めることです。
影響度の分析に当たっては、「この災害が、何処で、どのような時間帯に発生したら、どれくらいの被害が発生し、ミッション(事業目標)達成に及ぼす影響度は、どの程度になる。」というような具体的な分析を行います。この分析結果は、リスクの重大性を評価する重要な要因になります。
この時点の分析において、もう一つ重要な要素は、行動に繋がる結論を得ることです。
行動者にとって、「その行動をいつ開始するか」という判断は、大変重要な判断です。その判断のためには、単に、「確率が高い」という分析結果では十分ではありません。 時間を区切って、例えば、「明朝までは安全だが、その後、災害発生確率は増大する。」というような、時間的要素を加味した発生確率の分析が求められます。
5 優先対処リスクの判定
この段階で、重大リスクを絞り切ることは、本部長の重要判断です。
大変難しい判断であると思います。
しかし、危機の認知が正しければ、災害は必ず発生します。
事前防災行動は、災害が発生する前に行動を起こさなくてはなりません。
ですから、この段階において、本部長は、何が何でも、優先対処リスクを決定しなければなりません。
重大リスクの判定は、緊急かつ重要な本部の意志決定事項です。可能なら本部会議を招集して決定するのがよろしいと思います。
本部員の招集に時間がかかる場合は、本部長以下、少人数で決断することも予期しなくてはなりません。
その場合は、決定事項を関係部署・関係機関等に速やかに伝達し、「状況認識の統一」を図る必要があります。
6 オペレーションの選択
前段階(危機顕在化過程の計画修正)で、重大リスク対応戦略、リスク対策の候補項目(複数)と対策目標、部隊運用構想、各部隊のミッション等について見直しを行っています。この段階では、各オペレーションのトレードオフを決断し、優先対処リスク対策のオペレーションを選択します。
この段階における対応行動の決定は、迅速性が求められます。災害の拡大を抑制する主たる要因は、迅速な対応にあります。
「巧遅より拙速を尊ぶべし」は、このような場合の格言です。
前段階で修正したオペレーション計画が、優先対処リスクの状況に適合したものであれば、即、その計画を採用します。不適合部分があっても、取り敢えず、今ある計画を使用し、その後、機会を捉えて計画を修正するやり方が効果的な場合があります。
7 オペレーションの実行
この段階は、実行部隊の準備状況を把握し、オペレーションの開始を指示し、実行の指揮調整します。
(1)実行部隊の準備状況の掌握
各組織は、危機顕在化過程における計画修正で、指示された役割に基づき、現場近くに部隊を展開し、最終準備を行います。ここでは、最終決定したオペレーションの実行要領を部隊に徹底します。本部は、各部隊に対し、展開のための経路・終結場所・時間等を指示し、行動を統制するとともに、準備の進捗状況を掌握します。
(2)本部によるオペレーション開始の指示
オペレーションが効果的に行われるためには、定められた時期にタイムリーに開始されるように万全の注意を払うことが重要です。各部隊に対しては、事前に設定したオペレーション開始時刻を厳守する心構えを徹底しておくことが大切です。
(3)実行の監督指導
オペレーション実行中は、予期せぬ問題に対する柔軟な対応が重要です。
実行部隊との連携を密にし、問題発生を速やかに認知し、問題の性質が、戦略的か、戦術的か、技術的か、を見極めて対応することが重要です。
技術的・戦術的問題の対応は実行部隊に任せます。ただし、戦術的問題の場合、本部は、必要に応じて資源再配分等の処置を行います。事態が急変し、戦略的な問題が発生した場合は、本部として計画の全面見直し等の対策が必要になります。
【Ⅴ】オペレーションの評価プロセス
1 オペレーションの進捗状況把握及び評価
平時は、図上シミュレーション等を行い、対策の有効性や隘路の存在を検証します。
図上シミュレーションは、関係者の出席の下、其々に役割を付与し,活用できる資源を設定した上で、時系列に沿って、特定のリスクが顕在化していく過程、リスクが顕在化して緊急事態に発展する過程等を想定して、実行部隊の行動や本部の処置対策を確認しつつ実施します。
平時における検証のポイントは、以下の通りです。
リスクが顕在化する過程における実行動の進捗状況は、主として、実行部隊の報告をもって把握します。このためには、報告規定を定め、実行部隊に対し、実行報告の要領、内容を徹底することが重要です。
本部の中間管理者には、現場と戦略を結び付ける重要な役割があります。このため、大事な場面では、本部業務を犠牲にしてでも、自ら現場に進出し、現場責任者の意見を聴取することは大変重要な行動です。
2 進捗評価
進捗評価は、事業領域ごとに、オペレーションの終了時、又は、その日に予定した活動が終了する夕刻時に、活動成果を分析して、下記について明らかにします。
本部と実行部隊が同じ基準で、成果を評価できるように、評価基準を定め、全組織に徹底することが大変重要です。
【Ⅵ】 改善プロセス
1 業務改善
平時における事例研究、シミュレーション、組織訓練等を通じて、計画の有効性を検証し、業務処理プロセスの改善課題を発見します。これらの結果は、計画や業務処理マニュアルの修正、マネジメントの改善等に役立てます。
各事業領域のオペレーション実行後は、活動成果を分析評価から残留リスクを把握し、次段階のリスクの分析評価に活用します。
2 システム改善
平時におけるシミュレーションを通じ、情報業務や意思決定業務処理要領の標準化を行うとともに、自治体職員の負担を軽減するため、業務支援システムの開発を進めていく必要があります。
3 組織能力の改善
訓練を繰り返すことにより、それぞれのチームが組織能力を発揮する上で、何が不足しているかを的確に把握することが重要です。その上に立って、組織能力向上のための訓練計画を作成し、地道な努力を継続することが大切です。
おわりに
「台風脅威に対する一連の災害対応活動」の場面を捉えて、自治体が実施する実践的な災害対応マネジメントの手法を提案しました。
危機対応マネジメントは、PDCAサイクルを基本とする標準的な業務処理プロセス体系を横軸に、時間軸に沿って展開した事業体系を縦軸に組み合わせたマトリクス基盤の上に構築されています。横軸のPDCAサイクルは、各災害共通のプロセスで構成されていますが、縦軸の事業領域展開体系は、災害の種類によって特有の体系となります。自治体として対応すべき危機(複数)を洗い出し、その危機に対応する事業体系を時間軸に沿って展開し、標準化された各災害共通の業務処理プロセスと組み合わせることによりフレームワークは出来上がります。このことを理解すれば、マネジメントのフレームワークを様々な危機に水平展開することができます。
マネジメント実務を担任する組織の役割は、あらゆる災害に共通の、標準化された 業務処理プロセスに習熟する事です。業務処理の基本、特に、情報業務と意思決定業務が出来るようになれば、どのような危機にも応用できます。
そうは云っても、自治体職員が、平時業務とは関係のない業務に習熟することは、相当な困難を伴います。それを克服するためには、業務を支援システムの開発導入が、重要な意味を持ってきます。訓練と支援システムが相俟って、実務組織の業務処理能力の 向上を担保することができます。
マネジメントには、もう一つ重要な側面があります。それは、「組織能力の管理」です。
管理者は、良く機能する組織を創り上げる事に責任を有しています。
マネジメントを通じて、以下の項目について人材を育成し、組織の体質改善を図らなければなりません。
組織体質の改善に当たっては、先ず、主要プロセス業務の機能分析を行い、機能に対応する組織を作り上げる事が重要です。
組織能力強化の基本はOJTですが、実際の災害状況の中で、職員が担任業務を体験する機会は滅多にありません。従って、実際の状況に近い状況を再現し、チームの機能別訓練を計画的に推進する事が重要になります。又、経験の少ない職員でも、業務の実施手順や要領をガイドするマニュアルやサポートシステムを作成・開発し、平時から使いこなせるようにする事は、大変重要です。
更に付け加えるとすれば、管理者には人間的な側面も重要です。災害対応を実施中、管理者はスタッフ作業の現場を廻り、状況把握に努めると共に、的確なアドバイスを行って、スタッフ職員の背中を押してやることが大切です。
以上
【Ⅲ】危機が顕在化する過程におけるプランニングプロセス
1 全般
この段階は、台風に関する現実情報に基づき、細分化した事業領域ごとに、小分けにした意思決定を実施します。
この段階の意思決定の狙いは、現実に起きる可能性があるリスクを予測し、対応のための選択肢を絞り、対応計画を修正することにあります。
まだ、この段階では対処が必要なリスクな絞り込むことはできません。具体的な危機を認知するまで、リスクの絞り込みを、もう暫くの間待つことができます。
2 事業領域のリスクアセスメントの見直し
台風接近に関する現実情報を受けて、以下の要素に留意して、事業開始に先立ち、平時に想定したリスクの見直しを実施します。
発生した台風の今後の変化、素因の状況変化を推測し、過去の事例を参考に、この台風が引き起こす危険性に逸早く気付くことが重要です。気付いた危険性に基づき、平時に想定したリスクを修正し、或いは、新たなリスクを追加します。
この段階のリスクは確定されたものではありません、予測は条件付きの結論にならざるを得ないという事を、実務者だけでなく、管理者もよく認識する必要があります。
遅きに失するという事です。真に、第6感の世界です。
根拠を追求し過ぎると分析者を委縮させる結果になります。
現実に発生している台風の強度(風速)、コース、予想される降水量等により、影響度を分析し、リスクの重大性・対処の優先順位について再評価します。分析評価の結果が、平時と同じ結果になるとは限りません。
平時は優先順位が低いと判定されたリスクが、現実状況下では、重大なリスクとして評価される可能性は十分あります。その逆もあります。
リスクの重大性評価は、事後の対応行動に直接影響する本部長の承認事項です。
評価結果は、本部会議等の場で本部長に報告し承認を受けます。
同時に、各部・各関係機関等に伝達し、状況認識を統一します。
3 平時計画の修正
台風に関する現実の情報に基づき、将来リスクを予測した結果、重大リスクの評価が、平時に想定したものと大差無いと推定される場合は、計画を修正することなくそのまま適用します。重大リスクの評価内容に変更がある場合は、対応計画を見直します。
計画見直しのポイントは、リスク対応戦略、リスク対策項目と目標、対策の優先順位、部隊運用構想、各部隊のミッション等です。
計画の修正は、基本的に、計画策定と同じ手順で実施します。重大リスクの評価内容の変更部分と照らし合わせて、上記ポイントの修正の要否を判定します。
計画修正は、台風が近づいてくる緊迫した状況下で行われます。このため、計画修正の決済区分を予め定めておくと共に、計画修正の事務手続きを簡素化する事は極めて重要です。本部の計画修正に、いたずらに時間を浪費する事を戒めなくてはなりません。リスク対策項目の目標、対策の優先順位の見直しは、具体的危機を認識し、優先対処リスクを決定した段階で実施します。
4 関係各組織に対する修正計画の伝達
関係組織が参加する会議を開催し、背景情報、修正の主旨等を伝達し、実行部隊の修正計画の報告期限等を指示します。リスク評価、部隊運用構想、各部隊のミッション等の見直し内容については、特に丁寧に説明します。
この際、実行部隊に計画修正のための時間の余裕を考慮して、会議時間を設定します。
【Ⅳ】危機の認知と対応プロセス
1 全般
この段階は、各事業領域で具体的な危機を認知し、対処が必要なリスクを絞り込み、対応行動のための最終的な意志決定を行います。
この時期は災害の発生が切迫しています。具体的な危機の兆候を、中々、認知出来ない場合であっても、敢えて行動を起こさなければならない時期というものがあります。
危機の兆候を認知出来なくても、リスクを承知の上で、敢えて行動を決断しなくてはならない時期かどうかを判断する必要があります。
2 危機の認知
(1) 危機が起こりかけていることに対する気付き
気付きは、各事業領域で実施する重要なプロセスです。目の前の情報を、サッと眺め、予め想定した問題事象の前兆現象を捜索します。
人それぞれの知識経験や感受性に差があり、同じものを観ても、全員が同じ様に感じるとは限りません。ここは、豊富な知識経験を持つ専門家に頼りたい場面です。
平素から、マネジメントがやるべき事は以下の通りです。
問題事象の発生メカニズム・パターン・前兆現象等の様々な知見を体系整理し問題事象が発生する端緒(兆候)を細部事業領域単位で、予め、「見える化」することが重要です。リスクは一般的な心配事ではなく、あくまでミッション達成の具体的障害として確認されることが大切です。
危機管理の世界には、まさかと思われることが大きなリスクを引き起こす事例が山程あります。気づきの感度を向上させる事は極めて重要です。
このプロセスを担当する職員が、情報源についての情報を収集管理している組織の管理情報に、平素から自由にアクセスできる仕組みを構築することが重要です。
これによって、誘因や素因の変化を見落とすことなく、問題事象に対する気付きの可能性が高まります。
(2) 気付き情報の評価
このプロセスでは、災害発生のメカニズム、発生パターン、前兆現象等についての知見を動員し、気付き情報が当該事業領域で挙げた仮説を立証する「災害発生の前兆現象」として、果たしてあり得る事かどうかの妥当性を判断します。
関連する既得情報があれば、それと照合して、前兆現象を裏付ける事が出来れば、この気付き情報の蓋然性は更に向上します。
気付き情報の分析評価結果を受けて、組織として対応すべき危機かどうかを判定します。そもそも、気づき情報という曖昧な性質上、判定結果にリスクが伴います。このリスクは、分析担当者だけが認識するのではなく、結果を受け取る管理者も認識する必要があります。分析担当者がミスを犯す事を恐れるようになると、危機の認知というプロセスそのものが機能しなくなります。
(3) 報告通報
分析担当者は判定内容を計画Gpに通報し、今後の対応について短時間で協議します。
その後、本部長に対し、情報Gpと計画Gpの責任者が一緒になって、「危機を認知したこと」と「今後の対応」について報告します。
分析担当者は、判定結果が自身の勘による類推情報が含まれている場合であっても、危険が予測される時は、失敗を恐れず、信念を持って報告・通報する勇気が必要です。
危機認知情報については、通常、本部長報告と同時に、各部・関係機関に通報します。
3 本部長の指針付与
経験豊かな本部長は、情報Gpと計画Gpの責任者から「危機の認知」と「今後の対応」について報告を受けた後、「リスクアセスメントの見直しの重点」、「優先的対処の必要性を検討すべきリスク」、「リスク対策の見直しの重点」、「実行の可能性を検討すべきオペレーション」、「検討結果の報告時期」等の中から必要な事項を選択し、事後のスタッフ活動の焦点となる事項を指示します。
スタッフが、回り道をしたり、無駄作業をしたりしないように、業務の焦点を解りやすくガイドします。 そんな細かいことまで無理と考える管理者も多いと思いますが、「大きなビジョン」を指し示してマネジメントを行うだけでなく、スタッフ業務の現場をよく承知して、彼らの仕事がうまく展開するように配線することも、管理者の重要な役割です。すべての管理者が経験豊富とは限りません。
通常は、スタッフ長役の事務局長が、各GP責任者の意見を調整して指針案を纏め、本部長の指示を仰ぐというやり方をとります。
本部長指針は、本部業務予定と併せて、機を失せず、各部・関係機関に通報します。
4 リスクアセスメント
(1) 想定リスクの見直し
来襲時の台風強度、風速・降水量を継続して予測しつつ、これまでに入手した台風関連河川の水位情報、土壌・流域雨量指数情報、水防施設の現況、土砂災害危険個所の現況等を統合し、下記事項について明らかにして、今、顕在化しつつある現実のリスクを特定します。
現実に生起するリスクの特定に当たっては、平時に作成したリスク一覧を活用し、危険の発見に見落としがないように留意する必要があります。
(2)リスク分析・評価の見直し
この段階の目標は、現実のリスクを分析評価し、重大リスクを見極めることです。
影響度の分析に当たっては、「この災害が、何処で、どのような時間帯に発生したら、どれくらいの被害が発生し、ミッション(事業目標)達成に及ぼす影響度は、どの程度になる。」というような具体的な分析を行います。この分析結果は、リスクの重大性を評価する重要な要因になります。
この時点の分析において、もう一つ重要な要素は、行動に繋がる結論を得ることです。
行動者にとって、「その行動をいつ開始するか」という判断は、大変重要な判断です。その判断のためには、単に、「確率が高い」という分析結果では十分ではありません。 時間を区切って、例えば、「明朝までは安全だが、その後、災害発生確率は増大する。」というような、時間的要素を加味した発生確率の分析が求められます。
5 優先対処リスクの判定
この段階で、重大リスクを絞り切ることは、本部長の重要判断です。
大変難しい判断であると思います。
しかし、危機の認知が正しければ、災害は必ず発生します。
事前防災行動は、災害が発生する前に行動を起こさなくてはなりません。
ですから、この段階において、本部長は、何が何でも、優先対処リスクを決定しなければなりません。
重大リスクの判定は、緊急かつ重要な本部の意志決定事項です。可能なら本部会議を招集して決定するのがよろしいと思います。
本部員の招集に時間がかかる場合は、本部長以下、少人数で決断することも予期しなくてはなりません。
その場合は、決定事項を関係部署・関係機関等に速やかに伝達し、「状況認識の統一」を図る必要があります。
6 オペレーションの選択
前段階(危機顕在化過程の計画修正)で、重大リスク対応戦略、リスク対策の候補項目(複数)と対策目標、部隊運用構想、各部隊のミッション等について見直しを行っています。この段階では、各オペレーションのトレードオフを決断し、優先対処リスク対策のオペレーションを選択します。
この段階における対応行動の決定は、迅速性が求められます。災害の拡大を抑制する主たる要因は、迅速な対応にあります。
「巧遅より拙速を尊ぶべし」は、このような場合の格言です。
前段階で修正したオペレーション計画が、優先対処リスクの状況に適合したものであれば、即、その計画を採用します。不適合部分があっても、取り敢えず、今ある計画を使用し、その後、機会を捉えて計画を修正するやり方が効果的な場合があります。
7 オペレーションの実行
この段階は、実行部隊の準備状況を把握し、オペレーションの開始を指示し、実行の指揮調整します。
(1)実行部隊の準備状況の掌握
各組織は、危機顕在化過程における計画修正で、指示された役割に基づき、現場近くに部隊を展開し、最終準備を行います。ここでは、最終決定したオペレーションの実行要領を部隊に徹底します。本部は、各部隊に対し、展開のための経路・終結場所・時間等を指示し、行動を統制するとともに、準備の進捗状況を掌握します。
(2)本部によるオペレーション開始の指示
オペレーションが効果的に行われるためには、定められた時期にタイムリーに開始されるように万全の注意を払うことが重要です。各部隊に対しては、事前に設定したオペレーション開始時刻を厳守する心構えを徹底しておくことが大切です。
(3)実行の監督指導
オペレーション実行中は、予期せぬ問題に対する柔軟な対応が重要です。
実行部隊との連携を密にし、問題発生を速やかに認知し、問題の性質が、戦略的か、戦術的か、技術的か、を見極めて対応することが重要です。
技術的・戦術的問題の対応は実行部隊に任せます。ただし、戦術的問題の場合、本部は、必要に応じて資源再配分等の処置を行います。事態が急変し、戦略的な問題が発生した場合は、本部として計画の全面見直し等の対策が必要になります。
【Ⅴ】オペレーションの評価プロセス
1 オペレーションの進捗状況把握及び評価
平時は、図上シミュレーション等を行い、対策の有効性や隘路の存在を検証します。
図上シミュレーションは、関係者の出席の下、其々に役割を付与し,活用できる資源を設定した上で、時系列に沿って、特定のリスクが顕在化していく過程、リスクが顕在化して緊急事態に発展する過程等を想定して、実行部隊の行動や本部の処置対策を確認しつつ実施します。
平時における検証のポイントは、以下の通りです。
リスクが顕在化する過程における実行動の進捗状況は、主として、実行部隊の報告をもって把握します。このためには、報告規定を定め、実行部隊に対し、実行報告の要領、内容を徹底することが重要です。
本部の中間管理者には、現場と戦略を結び付ける重要な役割があります。このため、大事な場面では、本部業務を犠牲にしてでも、自ら現場に進出し、現場責任者の意見を聴取することは大変重要な行動です。
2 進捗評価
進捗評価は、事業領域ごとに、オペレーションの終了時、又は、その日に予定した活動が終了する夕刻時に、活動成果を分析して、下記について明らかにします。
本部と実行部隊が同じ基準で、成果を評価できるように、評価基準を定め、全組織に徹底することが大変重要です。
【Ⅵ】 改善プロセス
1 業務改善
平時における事例研究、シミュレーション、組織訓練等を通じて、計画の有効性を検証し、業務処理プロセスの改善課題を発見します。これらの結果は、計画や業務処理マニュアルの修正、マネジメントの改善等に役立てます。
各事業領域のオペレーション実行後は、活動成果を分析評価から残留リスクを把握し、次段階のリスクの分析評価に活用します。
2 システム改善
平時におけるシミュレーションを通じ、情報業務や意思決定業務処理要領の標準化を行うとともに、自治体職員の負担を軽減するため、業務支援システムの開発を進めていく必要があります。
3 組織能力の改善
訓練を繰り返すことにより、それぞれのチームが組織能力を発揮する上で、何が不足しているかを的確に把握することが重要です。その上に立って、組織能力向上のための訓練計画を作成し、地道な努力を継続することが大切です。
おわりに
「台風脅威に対する一連の災害対応活動」の場面を捉えて、自治体が実施する実践的な災害対応マネジメントの手法を提案しました。
危機対応マネジメントは、PDCAサイクルを基本とする標準的な業務処理プロセス体系を横軸に、時間軸に沿って展開した事業体系を縦軸に組み合わせたマトリクス基盤の上に構築されています。横軸のPDCAサイクルは、各災害共通のプロセスで構成されていますが、縦軸の事業領域展開体系は、災害の種類によって特有の体系となります。自治体として対応すべき危機(複数)を洗い出し、その危機に対応する事業体系を時間軸に沿って展開し、標準化された各災害共通の業務処理プロセスと組み合わせることによりフレームワークは出来上がります。このことを理解すれば、マネジメントのフレームワークを様々な危機に水平展開することができます。
マネジメント実務を担任する組織の役割は、あらゆる災害に共通の、標準化された 業務処理プロセスに習熟する事です。業務処理の基本、特に、情報業務と意思決定業務が出来るようになれば、どのような危機にも応用できます。
そうは云っても、自治体職員が、平時業務とは関係のない業務に習熟することは、相当な困難を伴います。それを克服するためには、業務を支援システムの開発導入が、重要な意味を持ってきます。訓練と支援システムが相俟って、実務組織の業務処理能力の 向上を担保することができます。
マネジメントには、もう一つ重要な側面があります。それは、「組織能力の管理」です。
管理者は、良く機能する組織を創り上げる事に責任を有しています。
マネジメントを通じて、以下の項目について人材を育成し、組織の体質改善を図らなければなりません。
組織体質の改善に当たっては、先ず、主要プロセス業務の機能分析を行い、機能に対応する組織を作り上げる事が重要です。
組織能力強化の基本はOJTですが、実際の災害状況の中で、職員が担任業務を体験する機会は滅多にありません。従って、実際の状況に近い状況を再現し、チームの機能別訓練を計画的に推進する事が重要になります。又、経験の少ない職員でも、業務の実施手順や要領をガイドするマニュアルやサポートシステムを作成・開発し、平時から使いこなせるようにする事は、大変重要です。
更に付け加えるとすれば、管理者には人間的な側面も重要です。災害対応を実施中、管理者はスタッフ作業の現場を廻り、状況把握に努めると共に、的確なアドバイスを行って、スタッフ職員の背中を押してやることが大切です。
以上
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳