2017/10/26

研究開発のマネジメントについて

1 はじめに
地方自治体・災害対策本部における意思決定不全の問題については、以前、このブログで取り上げたことがあります。地方自治体・災害対策本部に限らず、一般に意思決定者というものは、状況が時々刻々と変化する中で、「まだ見えない将来の状況変化を予測し、将来の行動方針を、今意思決定する」という事を大変苦手としています。その結果、多くの意思決定者は、状況の変化を最後まで見届けてしまう事になります。状況が行き詰り、災害が起きてしまってから、目の前の状況への対応を考えます。その段階では、生起した状況に適応する以外に選択肢はありません。そこには、本来の意味の「意思決定」は存在しないのです。このような傾向を見て、識者でさえも、「災対本部は意思決定機関ではなく、情報のハブ機関である。」と認識する人が少なくないのです。私は、このような見方には賛成できません。災対本部という危機対応組織をマネジメントする上で、「意思決定」は必須の機能であると固く信じています。一方、災害対策本部職員の、危機対応のための情報リテラシーや意思決定リテラシーが、所望のレベルにないことも事実です。私は、これらの能力不足を補う手段は、三つあると考えています。その一つ、右の柱は、「業務プロセスの標準化」であり、二つ目、左の柱は、「業務支援システムの研究・開発導入」です。二つの柱に支えられて上に載っているのが、「チームの業務習熟訓練」です。「業務プロセスの標準化」と「チームの業務習熟訓練」に関しては、私なりのイメージがありますが、研究開発の技術面については、全くの素人です。そこで、今回のブログでは、「業務支援システムの研究開発のマネジメント」をテーマに採り上げました。リスクマネジメント支援システムの研究開発は、NTTの研究所で、これまで取り組んできた課題です。私は、研究所が、これまでの研究開発の成果を集大成して、「標準化した業務プロセス」を踏まえた「意思決定支援システム」の完成を、心から期待しております。この支援システムの完成を目指し、衝にあたる人の研究開発マネジメントの役に立つことが、このブログの狙いです。

2 マネジメントの理論
我々の問題を考える前に、「マネジメントの父」と言われるドラッカーがマネジメントについて、どんな事を話しているかを調べてみました。彼は、自著「マネジメント」で次のようなことを述べています。少し長くなりますが、重要なポイントですので、引用します。

(1)企業の目的は、「顧客の創造」である。
※原文では、「create a customer」と、単数形で使われています。
一人の人間を自社の顧客に、丁寧に育て上げるという趣旨ではないかと思います。上記目的を達成するため、企業は、二つの(二つだけの)基本的な機能を持っている。それは、「マーケテイング」と「イノベーション」である。マーケテイングとイノベーションだけが、企業に成果をもたらすのである。

(2)マーケテイングとは、「顧客にとっての真の価値」とは何かを知ることである。
従来、マーケテイングは、自社製品を販売する市場を探すことであった。これに対し、真のマーケテイングは、顧客そのものからスタートする。先ず、「顧客は誰か」、「如何なる価値を求めているか」を問わなければならない。

(3)イノベーションとは、顧客にとっての「新しい価値を創り出す」ことである。
イノベーションの仕事とは、創造すべき新しい価値を見つけ、新しい価値創造の方法を探すことにある。イノベーションの評価は、「顧客が活動する外の世界へどれだけの影響を与える事が出来るか」に懸かっている。たとえば、優れた医薬品のメーカーは、医療そのものを変えるようなインパクトがある新薬を生み出すことを目指しているのである。一方、イノベーションは、「社会の変化をビジネスの機会として利用する」ための手段であるともいえる。組織が、優れたイノベーションを生み出すプロセスは、以下の通りである。

① 社会の変化にフォーカスし、社会で起きている重要な変化を知る。
② 変化の中に、顧客にとっての「新しい価値」を発見する。
③ 社会の変化を自社のビジネスの機会として利用することが出来るかを考える。
④ 変化に対応し、自社のリソースを活用して如何なる価値を生み出せるか考える。
⑤ 顧客との対話を通じて、自社の提供する価値と顧客にとっての価値を整合させる。
⑥ 新しい価値を生み出す方法を考える。


<引用元>
P.F.ドラッカー「マネジメント」、ダイヤモンド社
16~18ページ、266~267ページ
藤田勝利「ドラッカースクールで学んだ本当のマネジメント」、日本実業出版社
89・109・123~125・139~140ページ


3 我々の問題を「マネジメント」として考えるためのヒント
ドラッカーのマネジメント論を参考に、危機対応に関する研究開発事業のマネジメントを行う上での留意すべき事項を、以下のように考えてみました。

(1)危機対応の研究開発分野におけるNTTの企業目的の理解と目標の確立
「顧客を創造すること」が企業の目的であるとドラッカーは述べています。研究開発段階においても、「顧客」から眼を逸らさないことが大切です。我が国においては、自然災害等の脅威に対抗して「住民の生命・財産被害の未然防止」を目的に危機管理運用を行っている地方自治体が、ここで云う顧客の「予備軍」です。NTTは、危機事態における地方自治体の指揮運用そのものを抜本的に変えるようなインパクトがある「意思決定支援システム」の開発を目指さなくてはなりません。その上で、顧客になって欲しい地方自治体の首長に、NTTが提供するシステムの価値を理解して貰う事が、最も重要です。それ位の思いが、これから提供しようとするサービス(意思決定支援システム)に込められていなければ、NTTは地方自治体を顧客にすることは出来ないと思います。

(2)NTTが提供したい新しい価値の考察
イノベーションの機会を「意図的に」発見する事は、マネジメントの仕事です。マーケテイングの衝に当たる者は、顧客と対話する前に、相手の立場を理解した上で、これからNTTが提供しようとする「新しい価値」のコンセプトについて基本的な認識を持つことは、大変重要なことです。住民被害の「未然防止」、止むを得ない場合でも「拡大防止」が求められている地方自治体にとって、異常気象に起因する激甚災害が多発している昨今の厳しい状況下において、危機発生時における災害対策本部の指揮運用システムの改革は喫緊の課題と言えます。今、災害対策本部を取り巻く指揮運用の世界で起きている変化(既に起きている未来)は、「ICS化の波」であると私は認識しています。今は「さざ波」程度の波ですが、将来は、我が国の災害対策に関わる指揮運用を大きく変える「大波」に発展する可能性が十分あると考えています。ICS化は、戦略計画のプランニングプロセス、状況把握のためのインテリジェンスプロセス、意思決定プロセス、オペレーションの指揮調整プロセス等の業務改革(標準化)を促し、新しい業務を担う災対本部の組織改革の原動力になると思います。それらの改革プロセスを通じて、本部職員の意識改革を達成することが出来ます。それらの改革の効果は、住民被害の未然または拡大防止」を任務とする災害対策本部の「緊急時対応力の飛躍的向上」につながると確信しています。研究開発の衝に当たる者は、社会で起きている変化(ICS化に限らず)を見つけ出し、その変化を自社のビジネスチャンスとして利用できるかどうか、更に、自社のリソースを活用して如何なる価値を生み出せるか、について十分検討する必要があります。その上で、研究開発(イノベーション)の実施について意思決定しなければなりません。顧客と対話する前に、以上のことを予め状況判断しておくことが重要です。

(3)顧客との対話
研究開発に当たって、全ての地方自治体・企業を対象とすることは出来ませんが、コアとなる、いくつかの顧客予備軍と対話する事が重要です。対話によって、先ず、社会の変化についての認識を共有することが大切です。変化について共感を抱くことにより、それまで顧客自身が気付かなかった新しい価値(課題)を発見することが出来るようになります。その逆もあります。次に、「顧客にとっての真の価値」を知った上で、それを「自社が提供する価値」と整合させる作業を行います。右に振れるか、左に振れるか、は関係ありません。双方の認識が一致することが重要です。

(4)ICS化の波をビジネスチャンスとして利用する方法の確立
ここでは、イノベーションと戦略の融合を図ることが大切です。イノベーションは、変化(すでに起こっている未来)の中にチャンスを見出し、それを活かす方法を考えることです。一方戦略は、市場で発見したチャンスに自社の持てる資源を効果的に投入する方法を考えることです。イノベーションも戦略も、単なるひらめきではありません。新たな指揮支援システムの研究開発事業は、イノベーションと戦略を融合して、体系的に取り組むべき「仕事」として、組織の中に確立されなければなりません。新しいことに取り組む決定をしたなら、速やかにプロジェクトマネジャーを任命し、組織のミッションを決定し、いくつかの職能別部門から構成される組織を構築する必要があります。プロジェクトマネジャーは、イノベーションの原則を踏まえ、ミッションを達成する戦略を確立し、戦略実行の手順を体系化してロードマップとして具体化します。

4 おわりに
意思決定支援システムの研究開発は、重大なイノベーション事業です。組織として事業の方向性について意思決定する必要があると考えます。それだけの腹のすえ方が必要であると思います。このような大きな事業のマネジメントを進めていくためには、本社の研究企画、運用者ニーズの代弁者、運用の専門家、研究所の研究開発担当、試作担技術者等が集合して、プロジェクトを立ち上げ、議論を展開させ、一つの方向に関係者のコンセンサスを確立していく事が重要と考えます。「ICSの波」に乗り遅れることなく、NTTの中にイノベーションの動きが沸き起こることを心から願っております。

以上