2014/08/22
気象災害アナリストが必要ではないでしょうか?
1.はじめに(アナリストとは)
「アナリストは肉屋だ。」いやいや、「アナリストはパン屋だ。」という話を、ある本で 読んだ事があります。肉屋は、インテリジェンスを切り刻んで解剖し、何が起こって いるのか、知ろうとする。パン屋は分析をよく混ぜて、大きな絵(完成度の高いインテ リジェンス)を描こうとする。
アナリストは、ケースバイケースで、双方の役割を使い分けているのです。
前回のブログでお話ししたように、自治体の本部活動において、アナリストはインテリ ジェンスプロセスの「要」です。
今回は、自治体におけるアナリストの仕事について、考えてみたいと思います。
2.内閣情報調査室長大森義男氏の回顧
1993年から1997年の間、内閣情報調査室長であった大森義男氏の「国家と情 報」という本があります。その中に「アナリスト不在の恥」という話が載っていました。
アナリストの役割を考える上で示唆に富んでいる内容と思い、紹介します。
『カナダの情報局長官が来日して会談した時に、「貴官は、アナリストを何人持っている か」質問された。これがなぜ恥ずかしい体験かというのは、若干の説明が要る。(中略)カナダの長官が云うアナリストの意味は、日本の新聞社のデスクと称するポストが近い。一線の記者(新聞社では「ヘイタイ」と呼ぶそうだ)が集めてきた素材を肉付けして 最終記事にまとめる職能である。情報には2種類ある。現場情報と複合情報である。
私は、長年、「生の情報を土の付いたまま持ってきてくれ、判断と処理は俺に任せろ」という(現場情報重視の)スタイルでやってきた。自省を込めて振り返るなら個々の情報判断を行う前に、情報チェック機能を持つことが必要かなと思う。個別情報を複合し、付加価値をつけて完成度を高めてくれるアナリストを育成することが有効なのだと思う。
カナダの長官との対話を思い出すと、私は丸裸で全力疾走していた昔の姿が目に浮かんで恥ずかしくなるのである。』
大森室長は、肉屋の仕事に専念する余り、パン屋を育てることをしなかった事に自戒の 念を持ちつつ、読者に紹介したと受け止めました。実感が籠った、大変示唆に富むお話です。
3.アナリストの仕事とは
アナリストは、冒頭に申し上げた二つの役割を、どのように使い分けをしているのでしょうか? それを考える上で役に立ちそうなものがあります。
アナリストに求められる仕事です。アナリストの仕事は、大きく分けて二つがあります。「奇襲攻撃の回避」と「意志決定プロセスの支援」です。
○「奇襲攻撃の回避」は、肉屋の仕事です。鋭い切り込みが要求されます。
アナリストには、問題となる事象に眼を光らせ本部長が予想もしない災害の予兆を 発見し、警告を発するというミッションがあります。「予兆と警告」はアナリストの 最も重要な仕事です。災害対応の現場では、『いつか、ここで災害が起きるでしょう。
その日のために、予防対策をしっかり行うべきです。』という中長期的な、どちらかと いうと、甘いインテリジェンスは役に立ちません。数日後に発生するかもしれない 災害の時期・場所を予測するという「今のインテリジェンス」を厳しく求められます。
それだけ、厳密な分析が必要とされます。
○「意志決定プロセスの支援」は、パン屋の仕事に合っています。本部長は、特定の 課題に関する意志決定に必要なインテリジェンスを要求します。本部長が求める付加 価値の高いインテリジェンスとは、問題に関する背景、文脈、情報(予測を含む)、 警告、リスク、あり得べき結果のインパクト等 を含んだものです。
専門家が少ない地方自治体の災害対策本部で、付加価値の高いインテリジェンスを 創造し、意志決定プロセスを支援する事は、専任のアナリストしかできない重要な 仕事です。自衛隊では、情報幕僚が、この仕事を「情報見積」という定型の思考様式 で行います。当然、災害対応におけるアナリストの「意志決定プロセスの支援」にも 応用できます。こういった分野の軍隊のやり方は、過去の長い歴史の中で戦争という 試練に鍛え抜かれた信頼性が高い思考様式です。大いに参考にすべきと考えます。
4.分析のためのノウハウ
アナリストが、分析により上記仕事を行うために役立つ手法を二つ紹介します。
(1)分析的洞察
アナリストが、ある事柄について知りたいと思うことを、全て知るという贅沢は、 望めません。ほとんど何も分からない場合もあります。収集する情報は、常に部分 (パーツ)であり、知り得ることは、氷山の一角です。氷山の隠れた部分こそ、イン テリジェンスの世界です。アナリストは、情報のパーツを集め、見えない部分を想像 して氷山の全体像を描かなくてはなりません。
「自分の知り得ないことが背後で進行している」という事を知っているのと知らない のとでは、情報の読み方が大きく違ってきます。こうした視点で物事を見ることが、 インテリジェンスの技術を上達させます。
情報不足を補うための厳密な分析手法として「分析的洞察」という方法があります。 これは、可能性がある災害を仮説立てし、兆候と理論の両面から検証し、仮説が現実 の危機として生起する公算と重要性を考察します。見えない部分を推測し、将来を 予測する合理的な考察方法です。
(2)全体像の構図設計
アナリストは、知りたい情報は「創る」必要があります。情報を創造するプロセス はパン屋のやり方です。自分の感性で、完成度の高い大きな絵を描く事が必要です。そのためには、事前に描きたい絵の構図を創らなければなりません。
アナリストは、考えられる災害発生ケースを全て筋書きにして、一つ一つをパーツとして全体構図という地図上に載せていきます。一つ一つの筋書きが、前項で説明した「仮説」です。各仮説は、分析的洞察により検証されます。
想像で描いたストーリーに、「兆候」という実情報が挿入され、理論のチェックを受けて、筋書きが補強されていきます。このプロセスが、仮説の検証です。この過程で、筋書きの補強に関係のない素材(断片情報)は、躊躇なく捨てます。
アナリストの鋭い検証に生き残った仮説の総和が全体像です。
3.気象災害アナリストの必要性
わが国では、同じ大雨災害が、毎年決まった様に同じ地域を襲い、その都度、人の命 が失われています。詳細な気象情報が懇切丁寧に、お茶の間に流れてくる日本では、 住民や自治体が、情報に基づき適切な対応をとることにより、人的被害の大半は回避で きるのではないかと考えます。それが必ずしも上手くいかない原因は、情報の不足では なく、手元にある情報の活用体制が出来ていないことにあるのではないでしょうか。
大雨等の被害発生が予想される自治体では、誰か、責任ある立場の職員が、心配な場所の監視情報を収集・分析し、災害発生の予兆を見逃さず発見して、即座に警告を発しなくてはなりません。
また、本部長が避難指示等の発令を判断する場合、本部の責任ある立場の誰かが、大量の降水が引き起こす災害メカニズム、地域の災害脆弱性、過去の災害事例等を良く理解した上で、これまで降った雨の量が、地域の脆弱ポイントに及ぼしているかもしれない 影響度を観察すると共に、昨今の異常気象絡みで予想が難しくなった気象変化を正確に 読み取り、それらを総合的に分析し、災害発生の公算とインパクトを予測して、本部長に信頼性が高いインテリジェンスを適時に提供しなくてはなりません。
このような、肉屋とパン屋の役割を果たせるアナリスト的な人材が、現実の地方自治体、特に市町村等の基礎自治体職員の中には、中々見つけることはできません。いたとしても、大変珍しいケースと思います。
専門のアナリストがいなくても、一回だけは、空振り覚悟で、大甘の分析に基づき避難指示等の意志決定をすることは許されるでしょう。しかし、空振りが度重なると、住民は、狼少年を想像するようになり、自治体の情報を信用しなくなります。
これが最も危険な事です。
予想をはるかに超える異常な豪雨災害が繰り返される地域の自治体においては、必要な時期に専門的な能力を備えた気象災害アナリストを首長(災害対策本部長)の側に配置し、信頼性が高いインテリジェンスをタイムリーに提供するような体制を整備することが必要と考えます。
4.終わりに(気象災害アナリストの課題)
気象災害アナリストなる人材を育成し、災害対応の現場で活用するためには、いくつかの課題があるように思えます。
その一つが、人材育成についての国のリーダーシップです。関係省庁、特に、内閣府、気象庁、国土交通省が協同して、資格等に関する制度設計を行い、人材育成をリード する必要があると思います。
二つ目は、人材受け入れについての地方自治体の課題です。特に、気象災害の危険度が高い地方自治体側の理解が必要です。気象災害アナリストは、ある種、季節労働者的な性格があります。地方自治体にとって、その時期だけ、必要な気象災害アナリストの サービスが受けられる仕組みを工夫する必要があると考えます。
我田引水ですが、そこには、「ハレックス」のような防災に対する強い思いと積極進取の志があるが民間気象会社ならではの役割が存在すると思います。
三つ目は、アナリストの属地性の担保という課題です。アナリストは分析結果について、 自治体のベテラン職員を相手に渡り合わなければなりません。分析対象地域は、彼らの 土俵です。本部長は一般論を求めていません。特定時期に、特定地域で発生が予想され る特定災害に対するインテリジェンスを必要としています。核心を突いた分析をする ためには、現地の知識が必須です。現地の気象台や、現地に所在する国土交通省の 出先機関との意思疎通や情報交換も重要な仕事です。そういう事を考え併せると、気象 災害アナリストの属地性の担保は大変重要な課題と考えます。
以上
「アナリストは肉屋だ。」いやいや、「アナリストはパン屋だ。」という話を、ある本で 読んだ事があります。肉屋は、インテリジェンスを切り刻んで解剖し、何が起こって いるのか、知ろうとする。パン屋は分析をよく混ぜて、大きな絵(完成度の高いインテ リジェンス)を描こうとする。
アナリストは、ケースバイケースで、双方の役割を使い分けているのです。
前回のブログでお話ししたように、自治体の本部活動において、アナリストはインテリ ジェンスプロセスの「要」です。
今回は、自治体におけるアナリストの仕事について、考えてみたいと思います。
2.内閣情報調査室長大森義男氏の回顧
1993年から1997年の間、内閣情報調査室長であった大森義男氏の「国家と情 報」という本があります。その中に「アナリスト不在の恥」という話が載っていました。
アナリストの役割を考える上で示唆に富んでいる内容と思い、紹介します。
『カナダの情報局長官が来日して会談した時に、「貴官は、アナリストを何人持っている か」質問された。これがなぜ恥ずかしい体験かというのは、若干の説明が要る。(中略)カナダの長官が云うアナリストの意味は、日本の新聞社のデスクと称するポストが近い。一線の記者(新聞社では「ヘイタイ」と呼ぶそうだ)が集めてきた素材を肉付けして 最終記事にまとめる職能である。情報には2種類ある。現場情報と複合情報である。
私は、長年、「生の情報を土の付いたまま持ってきてくれ、判断と処理は俺に任せろ」という(現場情報重視の)スタイルでやってきた。自省を込めて振り返るなら個々の情報判断を行う前に、情報チェック機能を持つことが必要かなと思う。個別情報を複合し、付加価値をつけて完成度を高めてくれるアナリストを育成することが有効なのだと思う。
カナダの長官との対話を思い出すと、私は丸裸で全力疾走していた昔の姿が目に浮かんで恥ずかしくなるのである。』
大森室長は、肉屋の仕事に専念する余り、パン屋を育てることをしなかった事に自戒の 念を持ちつつ、読者に紹介したと受け止めました。実感が籠った、大変示唆に富むお話です。
3.アナリストの仕事とは
アナリストは、冒頭に申し上げた二つの役割を、どのように使い分けをしているのでしょうか? それを考える上で役に立ちそうなものがあります。
アナリストに求められる仕事です。アナリストの仕事は、大きく分けて二つがあります。「奇襲攻撃の回避」と「意志決定プロセスの支援」です。
○「奇襲攻撃の回避」は、肉屋の仕事です。鋭い切り込みが要求されます。
アナリストには、問題となる事象に眼を光らせ本部長が予想もしない災害の予兆を 発見し、警告を発するというミッションがあります。「予兆と警告」はアナリストの 最も重要な仕事です。災害対応の現場では、『いつか、ここで災害が起きるでしょう。
その日のために、予防対策をしっかり行うべきです。』という中長期的な、どちらかと いうと、甘いインテリジェンスは役に立ちません。数日後に発生するかもしれない 災害の時期・場所を予測するという「今のインテリジェンス」を厳しく求められます。
それだけ、厳密な分析が必要とされます。
○「意志決定プロセスの支援」は、パン屋の仕事に合っています。本部長は、特定の 課題に関する意志決定に必要なインテリジェンスを要求します。本部長が求める付加 価値の高いインテリジェンスとは、問題に関する背景、文脈、情報(予測を含む)、 警告、リスク、あり得べき結果のインパクト等 を含んだものです。
専門家が少ない地方自治体の災害対策本部で、付加価値の高いインテリジェンスを 創造し、意志決定プロセスを支援する事は、専任のアナリストしかできない重要な 仕事です。自衛隊では、情報幕僚が、この仕事を「情報見積」という定型の思考様式 で行います。当然、災害対応におけるアナリストの「意志決定プロセスの支援」にも 応用できます。こういった分野の軍隊のやり方は、過去の長い歴史の中で戦争という 試練に鍛え抜かれた信頼性が高い思考様式です。大いに参考にすべきと考えます。
4.分析のためのノウハウ
アナリストが、分析により上記仕事を行うために役立つ手法を二つ紹介します。
(1)分析的洞察
アナリストが、ある事柄について知りたいと思うことを、全て知るという贅沢は、 望めません。ほとんど何も分からない場合もあります。収集する情報は、常に部分 (パーツ)であり、知り得ることは、氷山の一角です。氷山の隠れた部分こそ、イン テリジェンスの世界です。アナリストは、情報のパーツを集め、見えない部分を想像 して氷山の全体像を描かなくてはなりません。
「自分の知り得ないことが背後で進行している」という事を知っているのと知らない のとでは、情報の読み方が大きく違ってきます。こうした視点で物事を見ることが、 インテリジェンスの技術を上達させます。
情報不足を補うための厳密な分析手法として「分析的洞察」という方法があります。 これは、可能性がある災害を仮説立てし、兆候と理論の両面から検証し、仮説が現実 の危機として生起する公算と重要性を考察します。見えない部分を推測し、将来を 予測する合理的な考察方法です。
(2)全体像の構図設計
アナリストは、知りたい情報は「創る」必要があります。情報を創造するプロセス はパン屋のやり方です。自分の感性で、完成度の高い大きな絵を描く事が必要です。そのためには、事前に描きたい絵の構図を創らなければなりません。
アナリストは、考えられる災害発生ケースを全て筋書きにして、一つ一つをパーツとして全体構図という地図上に載せていきます。一つ一つの筋書きが、前項で説明した「仮説」です。各仮説は、分析的洞察により検証されます。
想像で描いたストーリーに、「兆候」という実情報が挿入され、理論のチェックを受けて、筋書きが補強されていきます。このプロセスが、仮説の検証です。この過程で、筋書きの補強に関係のない素材(断片情報)は、躊躇なく捨てます。
アナリストの鋭い検証に生き残った仮説の総和が全体像です。
3.気象災害アナリストの必要性
わが国では、同じ大雨災害が、毎年決まった様に同じ地域を襲い、その都度、人の命 が失われています。詳細な気象情報が懇切丁寧に、お茶の間に流れてくる日本では、 住民や自治体が、情報に基づき適切な対応をとることにより、人的被害の大半は回避で きるのではないかと考えます。それが必ずしも上手くいかない原因は、情報の不足では なく、手元にある情報の活用体制が出来ていないことにあるのではないでしょうか。
大雨等の被害発生が予想される自治体では、誰か、責任ある立場の職員が、心配な場所の監視情報を収集・分析し、災害発生の予兆を見逃さず発見して、即座に警告を発しなくてはなりません。
また、本部長が避難指示等の発令を判断する場合、本部の責任ある立場の誰かが、大量の降水が引き起こす災害メカニズム、地域の災害脆弱性、過去の災害事例等を良く理解した上で、これまで降った雨の量が、地域の脆弱ポイントに及ぼしているかもしれない 影響度を観察すると共に、昨今の異常気象絡みで予想が難しくなった気象変化を正確に 読み取り、それらを総合的に分析し、災害発生の公算とインパクトを予測して、本部長に信頼性が高いインテリジェンスを適時に提供しなくてはなりません。
このような、肉屋とパン屋の役割を果たせるアナリスト的な人材が、現実の地方自治体、特に市町村等の基礎自治体職員の中には、中々見つけることはできません。いたとしても、大変珍しいケースと思います。
専門のアナリストがいなくても、一回だけは、空振り覚悟で、大甘の分析に基づき避難指示等の意志決定をすることは許されるでしょう。しかし、空振りが度重なると、住民は、狼少年を想像するようになり、自治体の情報を信用しなくなります。
これが最も危険な事です。
予想をはるかに超える異常な豪雨災害が繰り返される地域の自治体においては、必要な時期に専門的な能力を備えた気象災害アナリストを首長(災害対策本部長)の側に配置し、信頼性が高いインテリジェンスをタイムリーに提供するような体制を整備することが必要と考えます。
4.終わりに(気象災害アナリストの課題)
気象災害アナリストなる人材を育成し、災害対応の現場で活用するためには、いくつかの課題があるように思えます。
その一つが、人材育成についての国のリーダーシップです。関係省庁、特に、内閣府、気象庁、国土交通省が協同して、資格等に関する制度設計を行い、人材育成をリード する必要があると思います。
二つ目は、人材受け入れについての地方自治体の課題です。特に、気象災害の危険度が高い地方自治体側の理解が必要です。気象災害アナリストは、ある種、季節労働者的な性格があります。地方自治体にとって、その時期だけ、必要な気象災害アナリストの サービスが受けられる仕組みを工夫する必要があると考えます。
我田引水ですが、そこには、「ハレックス」のような防災に対する強い思いと積極進取の志があるが民間気象会社ならではの役割が存在すると思います。
三つ目は、アナリストの属地性の担保という課題です。アナリストは分析結果について、 自治体のベテラン職員を相手に渡り合わなければなりません。分析対象地域は、彼らの 土俵です。本部長は一般論を求めていません。特定時期に、特定地域で発生が予想され る特定災害に対するインテリジェンスを必要としています。核心を突いた分析をする ためには、現地の知識が必須です。現地の気象台や、現地に所在する国土交通省の 出先機関との意思疎通や情報交換も重要な仕事です。そういう事を考え併せると、気象 災害アナリストの属地性の担保は大変重要な課題と考えます。
以上
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳