2015/02/25
あびき
潮位の変化は通常1日2回の干満が見られ、この発現時刻は毎日約50分程度遅れてくる。この変動は太陽と月の動きに関連しているので、この潮位変化を天文潮と言い、気圧や風によって変動する気象潮と区別している。
台風や発達した低気圧が接近通過する際には、気圧降下による海面が高くなる「吸い上げ効果」と、海岸に向かう暴風が持続するため海面が上昇する「吸い寄せ効果」で「高潮」が起こることは良く知られているが、気象に起因する潮位変動には今回取り上げる「あびき」もある。
「あびき」とは、長崎湾で発生する副振動のことをいい、30~40分周期で海面が上下振動する現象である。副振動とは、干満の潮位変化を主振動として、それ以外の潮位の振動を副振動と名付けたものである。 あびきの語源は早い潮の流れのため魚網が流される「網引き」に由来すると言われている。現在は長崎に限らず、九州西方で発生する同様な現象に対して広く用いられるようになった。
あびきは東シナ海大陸棚上で発生した気象じょう乱による気圧の急変が原因とされている。この気圧急変によって発生した長い波長の波が海底地形などの影響を受けて増幅して長崎湾に向かってくる。湾内に入った長波は共鳴現象などの影響を受けてさらに増幅し、湾奥では数メートルの上下振動になることがある。
長崎地方気象台の調査によると潮位が1m以上の上下振動を起こした「あびき」の発生は冬から春に多く、特に3月が突出している。
1月20日に、福岡管区気象台と九州西岸を担当海域とする長崎地方気象台等から、『「あびき」にご注意ください。』とのお知らせが発表された。あまり馴染みのない特異な現象であるが、時には危険な状況となる恐れがあることから、毎年、あびきの発生が多くなる春を前に、呼びかけているものである。
また、長崎地方気象台のHPには、あびきを特集した次のページも用意されているので、この方面で海釣りなどを楽しむ方は是非、一読してこうした現象の発生が呼びかけられた場合は、慎重な行動をとっていただきたい。
長崎地方気象台:あびき
過去の事例の中で、最大級の「あびき」が発生したのは昭和54年(1979年)3月31日のもので、最大で3m近い海面の変動により、浦上川河口に近い旭町岸壁に係留されていた漁船の係留ロープが切断されて浦上川を上流に向けて遡上し稲佐橋の下をくぐる際にマスト、ブリッジなどが破壊され、さらに上流に流された後、10数分後には1m程度高くなった水面を反転し、下流に向かって急速に流れ下り、再度稲佐橋に激突し、甲板より上を全て破壊されるなどの被害が発生した。このほか、4隻の漁船の漂流があった。他に造船所のドック内での事故も発生した。この時はあびきが発生する旨を早めに情報発表したため、被害は最小限に留まった。
この事例での長崎港の潮位の変動を見ると31日12時頃から35分程度の周期の潮位の変動がみられる。左図の細線で示した大きなサインカーブが天文潮位を示している。右図は天文潮位の変動分を除いた天文潮位からの偏差を示した図である。満潮時刻9時過ぎには小さな副振動が見られるが、12時過ぎには大きな潮位変動が始まり、山から谷までの高さの変化は13時半頃から45分頃にかけて3m近い急変が見られた。この大きな変化は干潮に向かう時間帯に起こったため、満潮時を超えるように潮位は記録しなかったのが不幸中の幸いと言える。
もし、この事例と同規模の潮位変動が大潮の満潮時に発生するとこの時より1m以上高い潮位になる可能性がある。実はこのあびき現象も高潮や津波と同じ潮位の変動であることを忘れないで欲しい。
この現象が発現した時の地上天気図を見ると、発達した低気圧が日本海に進み、低気圧から南西に延びる前線が南下し、高気圧が張り出している頃である。長崎と五島列島の福江の気圧変化を見ると、11時半頃からわずか15分程度で3.5㍱の急激な気圧上昇が見られる。この気圧の急変動が約40分後に長崎でも観測された。潮位の変動もほぼ同時に発現していることがわかる。
ところで、先日2015年2月23日に長崎港で観測した潮位の変化を見ると、副振動(あびき)をとらえていた。下の右図の橙色線で示した天文潮位の緩やかな曲線に対して実際の潮位は3、40分程度の短周期の変動が見られた。主振動である天文潮からの偏差で副振動の様子を見ると右図のように、最大50㎝程度の上下変動があったことが判る。この日、小規模な「あびき」が発生したようだ。
この副振動(あびき)が発生した時の長崎と五島列島の福江の気圧変化を見ると、日変化とは異なる気圧の変動が見られる。こうした変化が長崎の西海上で波長の長い波を発生させたのであろう。今回の気圧変化は4㍱程度の大きさがあったが、変化が短時間で急変する形でなかったため、大きな波の発生にならなかったと考えられる。地上天気図を見ると、低気圧が日本海に進み、前線が東シナ海を南下した状況下で起こっている。これは1979年3月31日の事例と似た気圧配置と言える。
2月25日この原稿を書き終えて、改めて、長崎港の潮位変化を見ると、「あびき」が記録されているではないか。長崎地方気象台の気象情報を見ると、10時前に、「副振動(あびき)に関する長崎県潮位情報」が発表されていた。潮位の変動の最大幅は9時25分に約1mと比較的顕著なもので、これから満潮に向かう時間帯であつた。その後も40㎝を超える振幅が続いていた。潮位の上昇下降は湾内で早い潮の流れが起こり、これが浦上川河口付近で波高を高め遡上を繰り返すことになる。湾内だけでなく、河口周辺も含めて注意をしてほしい。また、最近の気圧配置は、東シナ海に低気圧や前線が現れやすい状況が続いているので、気象台の発表する情報にも留意して、潮位の変動に注目して頂きたい。
台風や発達した低気圧が接近通過する際には、気圧降下による海面が高くなる「吸い上げ効果」と、海岸に向かう暴風が持続するため海面が上昇する「吸い寄せ効果」で「高潮」が起こることは良く知られているが、気象に起因する潮位変動には今回取り上げる「あびき」もある。
「あびき」とは、長崎湾で発生する副振動のことをいい、30~40分周期で海面が上下振動する現象である。副振動とは、干満の潮位変化を主振動として、それ以外の潮位の振動を副振動と名付けたものである。 あびきの語源は早い潮の流れのため魚網が流される「網引き」に由来すると言われている。現在は長崎に限らず、九州西方で発生する同様な現象に対して広く用いられるようになった。
あびきは東シナ海大陸棚上で発生した気象じょう乱による気圧の急変が原因とされている。この気圧急変によって発生した長い波長の波が海底地形などの影響を受けて増幅して長崎湾に向かってくる。湾内に入った長波は共鳴現象などの影響を受けてさらに増幅し、湾奥では数メートルの上下振動になることがある。
長崎地方気象台の調査によると潮位が1m以上の上下振動を起こした「あびき」の発生は冬から春に多く、特に3月が突出している。
1月20日に、福岡管区気象台と九州西岸を担当海域とする長崎地方気象台等から、『「あびき」にご注意ください。』とのお知らせが発表された。あまり馴染みのない特異な現象であるが、時には危険な状況となる恐れがあることから、毎年、あびきの発生が多くなる春を前に、呼びかけているものである。
また、長崎地方気象台のHPには、あびきを特集した次のページも用意されているので、この方面で海釣りなどを楽しむ方は是非、一読してこうした現象の発生が呼びかけられた場合は、慎重な行動をとっていただきたい。
長崎地方気象台:あびき
過去の事例の中で、最大級の「あびき」が発生したのは昭和54年(1979年)3月31日のもので、最大で3m近い海面の変動により、浦上川河口に近い旭町岸壁に係留されていた漁船の係留ロープが切断されて浦上川を上流に向けて遡上し稲佐橋の下をくぐる際にマスト、ブリッジなどが破壊され、さらに上流に流された後、10数分後には1m程度高くなった水面を反転し、下流に向かって急速に流れ下り、再度稲佐橋に激突し、甲板より上を全て破壊されるなどの被害が発生した。このほか、4隻の漁船の漂流があった。他に造船所のドック内での事故も発生した。この時はあびきが発生する旨を早めに情報発表したため、被害は最小限に留まった。
この事例での長崎港の潮位の変動を見ると31日12時頃から35分程度の周期の潮位の変動がみられる。左図の細線で示した大きなサインカーブが天文潮位を示している。右図は天文潮位の変動分を除いた天文潮位からの偏差を示した図である。満潮時刻9時過ぎには小さな副振動が見られるが、12時過ぎには大きな潮位変動が始まり、山から谷までの高さの変化は13時半頃から45分頃にかけて3m近い急変が見られた。この大きな変化は干潮に向かう時間帯に起こったため、満潮時を超えるように潮位は記録しなかったのが不幸中の幸いと言える。
もし、この事例と同規模の潮位変動が大潮の満潮時に発生するとこの時より1m以上高い潮位になる可能性がある。実はこのあびき現象も高潮や津波と同じ潮位の変動であることを忘れないで欲しい。
この現象が発現した時の地上天気図を見ると、発達した低気圧が日本海に進み、低気圧から南西に延びる前線が南下し、高気圧が張り出している頃である。長崎と五島列島の福江の気圧変化を見ると、11時半頃からわずか15分程度で3.5㍱の急激な気圧上昇が見られる。この気圧の急変動が約40分後に長崎でも観測された。潮位の変動もほぼ同時に発現していることがわかる。
ところで、先日2015年2月23日に長崎港で観測した潮位の変化を見ると、副振動(あびき)をとらえていた。下の右図の橙色線で示した天文潮位の緩やかな曲線に対して実際の潮位は3、40分程度の短周期の変動が見られた。主振動である天文潮からの偏差で副振動の様子を見ると右図のように、最大50㎝程度の上下変動があったことが判る。この日、小規模な「あびき」が発生したようだ。
この副振動(あびき)が発生した時の長崎と五島列島の福江の気圧変化を見ると、日変化とは異なる気圧の変動が見られる。こうした変化が長崎の西海上で波長の長い波を発生させたのであろう。今回の気圧変化は4㍱程度の大きさがあったが、変化が短時間で急変する形でなかったため、大きな波の発生にならなかったと考えられる。地上天気図を見ると、低気圧が日本海に進み、前線が東シナ海を南下した状況下で起こっている。これは1979年3月31日の事例と似た気圧配置と言える。
2月25日この原稿を書き終えて、改めて、長崎港の潮位変化を見ると、「あびき」が記録されているではないか。長崎地方気象台の気象情報を見ると、10時前に、「副振動(あびき)に関する長崎県潮位情報」が発表されていた。潮位の変動の最大幅は9時25分に約1mと比較的顕著なもので、これから満潮に向かう時間帯であつた。その後も40㎝を超える振幅が続いていた。潮位の上昇下降は湾内で早い潮の流れが起こり、これが浦上川河口付近で波高を高め遡上を繰り返すことになる。湾内だけでなく、河口周辺も含めて注意をしてほしい。また、最近の気圧配置は、東シナ海に低気圧や前線が現れやすい状況が続いているので、気象台の発表する情報にも留意して、潮位の変動に注目して頂きたい。
執筆者
気象庁OB
市澤成介