2015/08/03

山岳気象情報提供の取り組み

弊社は自然に関する情報を扱っている気象情報会社という性格上、社内には山好きの社員が多く、唯一の会社公認のサークルが「ハレックス山の会」だったりもしている関係で、以前から登山者向けの気象情報提供には大いに関心を持ってきました。

実際、2010年から2012年にかけての3年間、長野県警山岳遭難救助隊様を介して、長野県内にある日本アルプスの山小屋数ヵ所に、衛星携帯電話とファクシミリを用いて天気図等の最新の気象情報を提供する実験サービスをボランティアで行わせていただきました。これは、携帯電話の通信可能エリアが極めて限定される山域では安定的に利用可能な通信媒体が衛星携帯電話に限られてしまうため、それまで日本近海を航行する内航船舶向けに実績のある気象情報提供サービスの仕組みを山岳気象向けに応用したものです。

登山医学会誌 図1


この仕組みはご利用いただいた方々からは好評を博したものの、衛星携帯電話や接続装置、ファクシミリ端末等の設備が大掛かりになることから(通常は船舶に固定設置する設備)、どうしても山小屋等に設置するしか方法がなく、また、ファクシミリという紙媒体を利用するため提供可能な情報が、①天気図(実況/予想)、②台風進路予想図、③週間予想天気図、④警報・注意報等の汎用的な情報に限定されるという大きな制限がありました。欲しい地点の天気を読み解くには量的にも質的にも情報内容が限定され、この点においては情報を提供する側においても、申し訳ない思いでした。

その後、携帯電話各社が山岳地帯にも携帯電話のアンテナを徐々に設置していって、携帯電話の通信可能エリアが広がったこともあり、このサービスは2012年をもって終了し、同時に弊社も携帯電話を用いた登山者向けの気象情報サービスを開始いたしました。

一番最初に登山者向け気象情報の提供を本格的に開始したのがNHKグローバルメディア様が提供しているモバイルニュース「NHKニュース&スポーツ」の『山の天気ナビ』です。

NHKニュース&スポーツ『山の天気ナビ』

このサービスは2009年7月16日の早朝から夕方にかけて北海道大雪山系トムラウシ山が悪天候に見舞われ、ツアーガイドを含む登山者9名が低体温症で死亡した夏山の山岳遭難事故としては近年まれにみる数の死者を出した惨事を受けて、NHKグローバルメディア様と弊社で企画・開発したサービスです。当初は日本百名山を対象にサービスを開始したのですが、年々対象となる山の数を増やし、現在は日本全国の1,000ヶ所を越える山頂付近の気象情報を提供しています。このサービスでは急変しやすい山の天気、特に山岳の雨やカミナリの発生を、気象庁が降雨レーダーの情報をもとに発表するナウキャスト情報(降水/雷)を活用して予測しています。

その後、同様のサービスを株式会社マピオン様のiOSアプリ『マピオン超ピンポイント天気』でも提供しています。

『マピオン超ピンポイント天気』

気象庁発行の「気象業務はいま2013」によると、気象庁から入手できる気象情報の総量は、1日あたり約12ギガバイト(2011年時点の情報量。新聞朝刊36ページ換算で36年分)、電文数で約4万5,000通に相当し、この量は年々増加してきています。特に、今年7月からは気象観測衛星『ひまわり8号』からの詳細な衛星画像データが加わり、情報量は飛躍的に増大しています。従って、テレビやラジオ、インターネットのHPで一般の皆さんがふだん目にすることの多い気象情報は、そのごくごくほんの一部にすぎません。

例えば、気象庁から発表される「メソモデル」と言われる日本とその近海に焦点を当てた気象情報の場合、水平格子間隔5km、垂直方向対流圏50層という細かさで、1日8回の数値予報データを公開しています。気象会社はこれらの情報を加工し、ご契約いただいたユーザー様向けに情報提供をしています。

弊社はNTTグループ唯一の気象情報会社として、近年めざましく進化したICT(情報通信&処理技術)によりこのような膨大な量の気象データ(ビッグデータ)を活用して、お客様の課題を解決するソリューションを提供できないかをテーマにこれまでいろいろと取り組んできました。そこで誕生したのが、オリジナル気象情報サービス「HalexDream!」です。

『HalexDream!』サービス説明

「HalexDream!」では、1㎞メッシュの細かさで提供される気象情報・予報に関するクラウドサービスのこと。①1日あたり48回・30 分ごとに行う鮮度の高い更新、②地点指定を緯度経度で扱いやすく改良した操作性…などが特長です。1㎞メッシュについては、データを単純に細かく分けただけではなく、地形の変化に合わせて、1㎞メッシュごとの標準高補正を行っています。鮮度については、アメダス観測データを使って1時間ごとの同化処理(実測補正)を行うほか、降水ナウキャストなどの実測レーダー観測データを元に30分ごとのデータ更新を行っています。

このところ弊社が提供するサービスは、この「HalexDream!」の使用を基本としており、NHKニュース&スポーツの『山の天気ナビ』も「HalexDream!」による詳細な1kmメッシュ気象予報情報を使用しています。

前述のように、携帯電話の通信可能エリアの拡大に伴い、山岳地帯でも携帯電話のほか、スマートフォンやタブレット端末が使用できるようになってきました。これにより、登山開始から下山までの行程(位置)において、それぞれの登山者が、自分の欲しい地点の可能な限りリアルタイムな気象情報(天気・気温・風・気圧等)を入手することが可能となりました。

さらには、従来のファクシミリ(紙媒体)による表現の制限が撤廃され、ITを活用した多様な情報の表現方法が可能になったことから、天気図を読み解く知識や経験に乏しい方々にとっても状態が把握しやすい様々な情報表現を実現できるようになってきました。弊社ハレックスの最新技術では、風の表現を、従来の矢羽による表現ではなくて、大気の流れとして表現(可視化)する技術を実用化しており、この技術についても、近い将来、登山者向けの気象情報提供にも応用していきたいと考えています。

これまで述べてきましたように、近年のICT(情報通信&処理技術)のめざましい発展により、個々の登山者がタイムリーな気象情報を入手可能な環境は徐々に整いつつあります。しかし、そのタイムリーな気象情報は安全登山のための1つの材料でしかありません。安全登山のための課題は気象以外にもまだまだいっぱいあります。

昨年の9月に発生した木曽御嶽山の噴火では、死者51人、行方不明13人という戦後最悪の登山者遭難事故が起きました。この時に大きな問題となったのが、登山者の把握と安否確認ということで、改めて登山届けの重要性が再認識されました。政府も今年の通常国会で成立した改正活火山法で、登山届けの提出を「登山者の努力義務」としたものの、残念ながら、全体の1割~3割程度しか提出されていないのが現状です。加えて、登山者の安否確認を行うためには、「下山届け」も本来必要なもので、「登山届け」と「下山届け」により、初めて、その時点で山に入山している登山者の実態を把握することができるわけです。

登山届けを簡単には提出できる仕組みに関しては、公益社団法人日本山岳ガイド協会様が、インターネットのWebサイトを用いた登山届けのシステム「山と自然ネットワーク コンパス」を開設して、登山届けの提出を習慣づけていただくことに今年から取り組んでおられますが、登山届けの提出率を上げる方策として、このたび弊社ハレックスと提携させていただきました。この提携により、スマートフォンの専用アプリなどからWebサイト「山と自然ネットワーク コンパス」に登山届けを提出すると、下山届けが提出されるまで、該当する山の天気予報が無償で提供される仕組み『てるぼうず』を実現し、7月25日(土)よりサービスを開始いたしました。ここでも、弊社の「HalexDream!」による詳細な1kmメッシュ気象予報情報を使用しています。

山と自然ネットワーク『コンパス』
てるぼうず地点気象予報  

登山医学会誌 図7


「山と自然ネットワーク コンパス」発表資料

登山は大自然と直接向き合うスポーツ、レジャーです。自然は人々に癒しや大きな感動を与えてくれますが、圧倒的破壊力を持つ“脅威”の側面を有しているということを忘れてはなりません。弊社は気象情報会社として、山を愛する方々に安全登山をご提供できるように、今後も最大限のご協力を続けていきたいと考えております。