2016/04/26
歴史から学ぶ防災インテリジェンス
熊本でマグニチュード7.3の大きな地震が発生した4月16日(土)、このような報道が流れていました。
気象庁「熊本地震は『前震』 今回が本震か」
気象庁の青木元地震津波監視課長は16日(土)午前3時半すぎに記者会見し、16日(土)午前1時25分頃に起きたマグニチュード7.3の地震は、14日(木)の夜に起きた熊本地震のマグニチュード6.5に比べ規模がはるかに大きいことなどから、「熊本地震がいわゆる“前震”で、今回の地震が“本震”だとみられる」と述べました。そのうえで、「今回の地震で揺れが強かった地域は14日の地震よりも広がっている。揺れの強かった地域では危険なところから離れ、身の安全を確保して欲しい。余震も多くなっていて今後1週間程度は最大で震度6弱程度の余震が起きるおそれがあり、十分注意して欲しい」と呼びかけました。
また、マグニチュード7.3の地震のあと、震源の北東側の阿蘇地方や大分県でも地震活動が活発になっていて、午前4時前には熊本県阿蘇地方で震度6強の揺れを観測する地震も起きています。青木課長は「阿蘇地方など、揺れの強かった所に住んでいる方は今後の活動に注意して欲しい。大分県など、地震活動が高まっているところでも今後の地震活動に備えて欲しい」と話しています。
(NHKニュース&スポーツ 4月16日 4時24分)
この“前震”と“本震”ですが、“余震”という言葉はよく耳にするけれど、“前震”という言葉は初めて聞いた‥‥とおっしゃられる方も多いのではないかと思われます。“前震”はなにも新しい言葉ではありません。地震の分野では以前から普通に使われている言葉です。“前震”、“本震”、“余震”、この言葉の意味を改めて整理したいと思います。
まずは“本震”と“余震”から。ある地域で地震が発生した場合、最初に起きた一番大きな地震のことを“本震”、その場所でそれに続いて起きた小さい地震のことを“余震”と呼びます。余震の回数は、本震の直後は多く、その後は時間とともに減少していく傾向にあって、規模についても本震よりもマグニチュードが1 程度以上小さいことが一般的です。ほとんどの地震の場合、最初にドカーン!と最大規模の地震がやって来て、その後徐々に規模が減衰していくという傾向が見られることから、通常の場合は地震の専門家であってもこのパターンでイメージしてしまいがちなところがあります。
次に“前震”ですが、“前震”とは、文字通り、本震が発生する前に、その震源域の付近で起きる地震のことをいいます。“前震”は“本震”の直前や数日前に起きることが多いのですが、1ヶ月以上前から発生することもあるといわれています。ただ、全ての大地震においてすべて“前震”があるということの断定はできていませんし、“前震”が発生してからさらに大きな規模の“本震”が発生し、後から「あぁ、あれがこの巨大地震の“前震”だったんだ」…と分かったという例が残念ながらほとんどなのです。すなわち、ある地震が“前震”か“本震”であるかは、一連の地震がすべて終息してからでなければ今の科学では分からない‥‥というのが悲しい現実なのです。
実際、5年前の東日本大震災の時にも3月11日14時46分に発生した巨大地震(本震)の前に実は“前震”があったんだ‥‥ということは後から判りました。その前震と言われている地震が起きたのは、本震の2日前の3月9日の午前11時45分に発生したマグニチュード7.2の地震で、宮城県の栗原市、登米市 、宮城美里町で最大震度5弱という強い揺れを観測しました。マグニチュード7.2というそれ自体でもかなり大きな規模の地震だったので、その地震が発生した時にはこれが“本震”だろうと専門家をはじめほとんどの人が思ったわけですが、その2日後にそれよりも遥かに規模の大きなマグニチュード9.0の超巨大地震『東北地方太平洋沖地震』が発生し、このマグニチュード7.2の地震がその超巨大地震の“前震”だったんだということが後から判ったわけです。
今回の『平成28年熊本地震』でも、最初の14日夜に最大震度7の地震が発生した直後に、気象庁は「今後、震度6弱程度の“余震”が1週間続く」と判断して、記者会見でもそのように言われたわけです。
現在、ネット上などでは、この会見を受けて「それならこれ以上規模の大きな地震は起きないだろう」と思って自宅に戻り、16日の未明に起きたマグニチュード7.3の“本震”の直撃によって自宅が押し潰されて犠牲になった人が何人もいたということが大きな問題になっているようですが、残念ながらこれが今の地震予知に関する科学技術の限界なのです。「いつ、どこで、どの程度の規模の地震が発生するのか」を正確に、そして責任をもって予知・予測することは、残念ながら今の科学技術では極めて困難であるというのが悲しい現実なのです。
今回の熊本地震では、14日(木)の夜から16日(土)の午後3時までの約2日間の間に、震度1以上の地震が287回も発生するなど余震が非常に多いこと、また震度6弱以上の地震も14日夜の最初の震度7の地震を含めて7回も記録するなど大きな地震が相次いでいることが大きな特徴で、私もこのことが非常に気になって、このブログ『おちゃめ日記』で4月15日(金)に緊急で書かせていただいた『九州・熊本で非常に大きな揺れの地震』の稿では、群発地震が発生しているのではないかという可能性と、震度7クラスの地震が再び起こる可能性がある‥‥ということを書かせていただきました。
『九州・熊本で非常に大きな揺れの地震』
私の予感など的中して欲しくはなかったのですが、図らずも、その通りになってしまいました。私は地震の専門家ではないので、なんら科学的な根拠もないままに、今から12年前の2004年に起きた『新潟県中越地震』の時のことを思い出し、同規模の地震が複数回起きた場合、どれが“本震”か判別しにくいケースがある‥ということを思い出して、あくまでも私の責任でこのようなことを書いたわけです。「オオカミ少年」になるかもしれないということを十分に覚悟した上で…。
このように、自然災害においては、科学的な根拠はなくても、もしかすると歴史的な知識が役に立つということが多々あります。続く4月18日に書いたブログ『別府-島原地溝帯』では慶長年間(1596年~1615年)に続発した巨大地震について書かせていただきました。たまたま出張で愛媛県松山市に滞在中だったこともあり、たった5日間の間にマグニチュード7以上と推定される3つの巨大地震が伊予(愛媛県)、豊後(大分県)、伏見(京阪神)という中央構造線の隣接地域で発生したという記録が残っていることを思い出したからです。特に愛媛県に住む方々に注意を促すためには、これが一番わかりやすいのではないかと思ったからです。
実際、両親をはじめとした松山市に住む方々と私との間には危機感に関するメチャメチャ大きなギャップがあって、こりゃあ問題だ‥と思ったからです。後で後悔しないように‥と思い、愛媛新聞社さんにご相談して、ブログとほぼ同じ内容の緊急寄稿コラム「震源の移動にはくれぐれもご注意を!」を、私が毎月コラム『晴れ時々ちょっと横道』を連載している愛媛新聞社が運営する会員制経済サイト『E4(いーよん)』に、18日(月)に掲載させていただきました。私の緊急寄稿コラムを読んで、耐震補強対策などの備えをしていただける方が1人でも多くいてくれたら‥‥の思いでした。(ちなみに、私のこのコラムとほぼ同じ内容の注意喚起を、現地調査に入った地震が専門の愛媛大学の准教授がインタビューに応えて述べた記事が、同じ日に載りました。彼も慶長年間に起きた3連動地震のことが気になったようです。)
『別府-島原地溝帯』
私はこの『おちゃめ日記』の場で、「世の中の最底辺のインフラは“地形”と“気象”である」ということを何度も何度も繰り返し書かせていただいております。地形と気象が変わらない以上、過去に一度でも起きた災害は必ずいつか繰り返されます。その土地で過去に起きた自然災害のことを知ることが、防災の第一歩だと私は思っています。
今回の『平成28年熊本地震』に関するテレビ報道を観ていますと、「熊本でこんな大きな地震が起きるとは、想像もしていなかった」という声を多く耳にしました。しかし、熊本県で発生した過去の主な地震被害の状況を調べてみると、必ずしもそうではなかったってことが見えてきます。
熊本県で発生した過去の主な地震とその被害については、以下の熊本県の防災情報HPに詳しく載っていますので、そちらを是非ご覧ください。
(熊本県防災情報HPより)
これによりますと、西暦1619年5月1日には肥後八代地方を震源として推定マグニチュード6.0の地震があり、また1625年7月21日には熊本地方を震源とした推定マグニチュード5~6の地震が発生して熊本城の火薬庫が爆発。天守閣付近の石壁の一部が崩れたという記録が残っています。
明治の時代に入って、1889年(明治22年)7月28日には熊本市付近を震源とした推定マグニチュード6.3の地震があり、飽田郡を中心に熊本県下で死者20名、負傷者52名、家屋の全壊228棟、半潰138棟、地裂880箇所、堤防の崩壊45箇所、橋梁の壊落22箇所、破損37箇所、道路損壊133箇所という大きな被害が出たという記録が残っています。1894年8月8日には熊本県北部を震源とした推定マグニチュード6.3、また1906年3月17日にも熊本付近を震源とした推定マグニチュード6.3の地震があり、多くの石垣の崩壊や家屋・土蔵の破損があったことが記録に残っています。
最近でも、1999年3月9日には阿蘇地方を震源としてマグニチュード4.5の地震が発生していますし、2000年6月8日には熊本地方を震源としてマグニチュード4.8、2001年1月10日には阿蘇地方を震源としてマグニチュード3.9の地震が発生しています。
このように、今回『平成28年熊本地震』が発生したのはこれまでにも大きな地震による揺れが頻繁に観測されていた地域であり、おおかたの人の想像に反して、実は今回のような大地震が発生する可能性はこれまでにも指摘されていた地域だったのだ‥ということです。せっかく熊本県の防災情報HPにこうした地元で起きた過去の地震の記録が掲載されているにも関わらず、多くの住民がこのことを知らずにいたということが、大きな問題なのではないか‥‥と私は考えます。油断があり、不意を突かれたってことですから。不意を突かれたら、どうしようもありませんから。
でも、仕方がないことでもあります。人は自分自身がこれまで経験してきたことの上でしか考えられないものですから。特に自然災害。大きな地震や津波、大雨による土砂災害、河川氾濫、ほとんどの人が経験することなく一生を終えます。避難訓練はいっくらでもしても、実際の(本番の)災害避難を経験する機会のある人ってほんの一握りの人に限られます。なので、「経験したことがない」というのは当たり前のことで、本来はそうでなくっちゃあいけないようなものなのです。
しかし、人の一生なんて短いもので、何億年という地球の歴史からするとほんの一瞬のことです。1,000年でもほとんど一瞬と言ってもいいくらいの時間です。「たまたま自分が生きている間に経験することがなくて、よかったよかった」と思うくらいがちょうどよく、同じ場所でも少し時間軸をズラせば、もしかすると経験したかもしれないことっていっぱいあります。自分がこれまで生きてきた時間軸の中だけで物事を考えてはいけないということです。地球の自然を考えるなら、せめて1,000年くらいの時間軸の中で物事を考える必要がある‥‥と私は思っています。
先ほど、人は自分自身がこれまで経験してきたことの上でしか考えられないということを書きましたが、他の人の経験してきたことを共有することで物事の見方を変えることもできます。それが本当の意味での“勉強”というものだと私は思っています。学校で習うことだけが“勉強”ではありません。学校で習うのは単に“勉強の仕方”に過ぎなく、他の人の経験してきたことを共有することで、いかに物事の見方を広げることができるかが、本当の意味での“勉強”だと私は思っています。ここで言う他の人には過去の人も含まれます。過去の人の経験してきたことを“歴史”と言います。歴史を勉強するということは、すなわち過去の人の経験を共有するということです。
自分が住んでいる場所で過去にどういう自然の脅威の来襲を受け、それでどういう被害が出たのか、そして人々はそれとどう向き合ったのか‥‥、地形と気象条件が変わらない以上、過去に一度でも起きた災害は必ずいつか繰り返されます。その土地で過去に起きた自然災害のことを知ることが、防災の第一歩だと私は思っています。
そこでは高い堤防を築いて地形を変えたから大丈夫‥‥なんて余計な考えを持ってはいけません。人が作った人工物は、圧倒的な破壊力を持つ自然の脅威の前では必ずしも絶対なものではない‥‥ということを、5年前の東日本大震災の時に私達は学んだではありませんか。犠牲になられた多くの方々の尊い生命のうえで‥‥。
また、家を頑丈な耐震構造にしたから大丈夫‥‥なんて考えも大きな片手落ちに過ぎません。それでは“財産”は守れるかもしれませんが、それで“生命”が守られるかどうかは保証の限りではありません。この先ずっと一生、一歩も外に出ずにその頑丈な家の中だけで暮らすなんてことは考えられませんから。
先ほど「地形が変わらない以上‥‥」ということを書きました。河川の付け替えや海岸線の埋め立て、都市開発‥‥等々により、もしかすると昔と地形が昔とは大きく変わっていることがあるかもしれません。その時に気をつけなくてはならないことは、その“人工的な地形の変形”により、その土地の自然災害に対する“脆弱性”は減ったのか、あるいは反対に増えたのかって評価です。襲ってくる自然の脅威は、地球上での緯度経度が変わらない限りほとんど同じようなものが繰り返し歴史やってくると思われますから、その“脆弱性”の増減が災害の程度に大きく影響しますから。先ほど東日本大震災の教訓の話を書きましたが、人工物って、圧倒的破壊力を持つ自然の脅威の前ではほとんど無力で、脆弱性が増す方向に働く‥くらいに思っておいたほうが無難です。しかも、日本列島に暮らす人の数は、100年前に比べて圧倒的に増えています。1000年前と比べると約50倍の人口です。しかも、最近は人口の大都市圏への集中が進み、反対に地方は過疎化と高齢化が急速に進んでいるという社会的な大きな変化が起きています。むしろ土地の脆弱性は増していると考えたほうが無難だと思っています。
冒頭で、今の科学技術では残念ながら地震の予知には限界がある‥‥ということを書かせていただきました。もちろん、気象庁さんをはじめ関係者の皆さんは人々の生命と財産を守ろうと一生懸命やっておられます。近いところで関係させていただいておりますので、それは誰よりもわかっているつもりですし、頭が下がる思いでもいます。ただ、自然の力はあまりにも偉大で、悲しいかな人間の頭脳ではまだまだ解明できていないことが多く残っているというわけです。
いつかはそれも解明されて、科学技術の力で地震の予知がかなり正確に行えるようになる時代が来ると私は思っているのですが、自然の脅威の来襲はそれまで待ってはくれません。明日突然なにかが襲ってくるかもしれません。科学技術による予知・予測はできなくても、歴史から学べる知識や活用できる知恵(intelligence)というものは幾らでもあります。今はその活用のほうにこそ力を入れるべきだと私は思っています。これなら初歩的なものなら今日からでもできますから。誤解のないように言っておきますと、これは決して科学技術の力を否定するものではありません。将来、十分に防災の両輪に成り得るものだと思っています。科学技術のほうは専門家と呼ばれる皆さんにどれこそ死ぬ気で頑張っていただいて、1日も早くより正確な予知や予測ができるようにしていただかないといけません。それを活かすためにも、歴史から学ぶ知識や知恵の整備と普及を私達民間気象情報会社も加わって、並行して進めていけたらと思っています。
ちなみに、現在、ITの分野では「ビッグデータ」の活用が大きな流れになっているようなところがありますが、「ビッグデータ」とはなにも0、1でディジタル化されたデータだけではないと私は思っています。歴史書などに残る様々なデータや情報も立派な「ビッグデータ」だと思っています。その活用は時代の最先端のトレンドであると私は捉えています。
『IT』のことを「Information Technology」の略だとする時代は終わって、これからは「Intelligence Technology」の略だとする時代に変わってきています。ですから、データの定義も変わらないといけません。「Intelligence」に資することが出来る情報、データこそが、真のデータと呼べる時代になりつつあると思っています。そういう時代に即せるように、私達民間気象情報会社も変わっていかないといけないな‥‥と、熊本からの報道映像を眺めながら思っています。
気象庁「熊本地震は『前震』 今回が本震か」
気象庁の青木元地震津波監視課長は16日(土)午前3時半すぎに記者会見し、16日(土)午前1時25分頃に起きたマグニチュード7.3の地震は、14日(木)の夜に起きた熊本地震のマグニチュード6.5に比べ規模がはるかに大きいことなどから、「熊本地震がいわゆる“前震”で、今回の地震が“本震”だとみられる」と述べました。そのうえで、「今回の地震で揺れが強かった地域は14日の地震よりも広がっている。揺れの強かった地域では危険なところから離れ、身の安全を確保して欲しい。余震も多くなっていて今後1週間程度は最大で震度6弱程度の余震が起きるおそれがあり、十分注意して欲しい」と呼びかけました。
また、マグニチュード7.3の地震のあと、震源の北東側の阿蘇地方や大分県でも地震活動が活発になっていて、午前4時前には熊本県阿蘇地方で震度6強の揺れを観測する地震も起きています。青木課長は「阿蘇地方など、揺れの強かった所に住んでいる方は今後の活動に注意して欲しい。大分県など、地震活動が高まっているところでも今後の地震活動に備えて欲しい」と話しています。
(NHKニュース&スポーツ 4月16日 4時24分)
この“前震”と“本震”ですが、“余震”という言葉はよく耳にするけれど、“前震”という言葉は初めて聞いた‥‥とおっしゃられる方も多いのではないかと思われます。“前震”はなにも新しい言葉ではありません。地震の分野では以前から普通に使われている言葉です。“前震”、“本震”、“余震”、この言葉の意味を改めて整理したいと思います。
まずは“本震”と“余震”から。ある地域で地震が発生した場合、最初に起きた一番大きな地震のことを“本震”、その場所でそれに続いて起きた小さい地震のことを“余震”と呼びます。余震の回数は、本震の直後は多く、その後は時間とともに減少していく傾向にあって、規模についても本震よりもマグニチュードが1 程度以上小さいことが一般的です。ほとんどの地震の場合、最初にドカーン!と最大規模の地震がやって来て、その後徐々に規模が減衰していくという傾向が見られることから、通常の場合は地震の専門家であってもこのパターンでイメージしてしまいがちなところがあります。
次に“前震”ですが、“前震”とは、文字通り、本震が発生する前に、その震源域の付近で起きる地震のことをいいます。“前震”は“本震”の直前や数日前に起きることが多いのですが、1ヶ月以上前から発生することもあるといわれています。ただ、全ての大地震においてすべて“前震”があるということの断定はできていませんし、“前震”が発生してからさらに大きな規模の“本震”が発生し、後から「あぁ、あれがこの巨大地震の“前震”だったんだ」…と分かったという例が残念ながらほとんどなのです。すなわち、ある地震が“前震”か“本震”であるかは、一連の地震がすべて終息してからでなければ今の科学では分からない‥‥というのが悲しい現実なのです。
実際、5年前の東日本大震災の時にも3月11日14時46分に発生した巨大地震(本震)の前に実は“前震”があったんだ‥‥ということは後から判りました。その前震と言われている地震が起きたのは、本震の2日前の3月9日の午前11時45分に発生したマグニチュード7.2の地震で、宮城県の栗原市、登米市 、宮城美里町で最大震度5弱という強い揺れを観測しました。マグニチュード7.2というそれ自体でもかなり大きな規模の地震だったので、その地震が発生した時にはこれが“本震”だろうと専門家をはじめほとんどの人が思ったわけですが、その2日後にそれよりも遥かに規模の大きなマグニチュード9.0の超巨大地震『東北地方太平洋沖地震』が発生し、このマグニチュード7.2の地震がその超巨大地震の“前震”だったんだということが後から判ったわけです。
今回の『平成28年熊本地震』でも、最初の14日夜に最大震度7の地震が発生した直後に、気象庁は「今後、震度6弱程度の“余震”が1週間続く」と判断して、記者会見でもそのように言われたわけです。
現在、ネット上などでは、この会見を受けて「それならこれ以上規模の大きな地震は起きないだろう」と思って自宅に戻り、16日の未明に起きたマグニチュード7.3の“本震”の直撃によって自宅が押し潰されて犠牲になった人が何人もいたということが大きな問題になっているようですが、残念ながらこれが今の地震予知に関する科学技術の限界なのです。「いつ、どこで、どの程度の規模の地震が発生するのか」を正確に、そして責任をもって予知・予測することは、残念ながら今の科学技術では極めて困難であるというのが悲しい現実なのです。
今回の熊本地震では、14日(木)の夜から16日(土)の午後3時までの約2日間の間に、震度1以上の地震が287回も発生するなど余震が非常に多いこと、また震度6弱以上の地震も14日夜の最初の震度7の地震を含めて7回も記録するなど大きな地震が相次いでいることが大きな特徴で、私もこのことが非常に気になって、このブログ『おちゃめ日記』で4月15日(金)に緊急で書かせていただいた『九州・熊本で非常に大きな揺れの地震』の稿では、群発地震が発生しているのではないかという可能性と、震度7クラスの地震が再び起こる可能性がある‥‥ということを書かせていただきました。
『九州・熊本で非常に大きな揺れの地震』
私の予感など的中して欲しくはなかったのですが、図らずも、その通りになってしまいました。私は地震の専門家ではないので、なんら科学的な根拠もないままに、今から12年前の2004年に起きた『新潟県中越地震』の時のことを思い出し、同規模の地震が複数回起きた場合、どれが“本震”か判別しにくいケースがある‥ということを思い出して、あくまでも私の責任でこのようなことを書いたわけです。「オオカミ少年」になるかもしれないということを十分に覚悟した上で…。
このように、自然災害においては、科学的な根拠はなくても、もしかすると歴史的な知識が役に立つということが多々あります。続く4月18日に書いたブログ『別府-島原地溝帯』では慶長年間(1596年~1615年)に続発した巨大地震について書かせていただきました。たまたま出張で愛媛県松山市に滞在中だったこともあり、たった5日間の間にマグニチュード7以上と推定される3つの巨大地震が伊予(愛媛県)、豊後(大分県)、伏見(京阪神)という中央構造線の隣接地域で発生したという記録が残っていることを思い出したからです。特に愛媛県に住む方々に注意を促すためには、これが一番わかりやすいのではないかと思ったからです。
実際、両親をはじめとした松山市に住む方々と私との間には危機感に関するメチャメチャ大きなギャップがあって、こりゃあ問題だ‥と思ったからです。後で後悔しないように‥と思い、愛媛新聞社さんにご相談して、ブログとほぼ同じ内容の緊急寄稿コラム「震源の移動にはくれぐれもご注意を!」を、私が毎月コラム『晴れ時々ちょっと横道』を連載している愛媛新聞社が運営する会員制経済サイト『E4(いーよん)』に、18日(月)に掲載させていただきました。私の緊急寄稿コラムを読んで、耐震補強対策などの備えをしていただける方が1人でも多くいてくれたら‥‥の思いでした。(ちなみに、私のこのコラムとほぼ同じ内容の注意喚起を、現地調査に入った地震が専門の愛媛大学の准教授がインタビューに応えて述べた記事が、同じ日に載りました。彼も慶長年間に起きた3連動地震のことが気になったようです。)
『別府-島原地溝帯』
私はこの『おちゃめ日記』の場で、「世の中の最底辺のインフラは“地形”と“気象”である」ということを何度も何度も繰り返し書かせていただいております。地形と気象が変わらない以上、過去に一度でも起きた災害は必ずいつか繰り返されます。その土地で過去に起きた自然災害のことを知ることが、防災の第一歩だと私は思っています。
今回の『平成28年熊本地震』に関するテレビ報道を観ていますと、「熊本でこんな大きな地震が起きるとは、想像もしていなかった」という声を多く耳にしました。しかし、熊本県で発生した過去の主な地震被害の状況を調べてみると、必ずしもそうではなかったってことが見えてきます。
熊本県で発生した過去の主な地震とその被害については、以下の熊本県の防災情報HPに詳しく載っていますので、そちらを是非ご覧ください。
(熊本県防災情報HPより)
これによりますと、西暦1619年5月1日には肥後八代地方を震源として推定マグニチュード6.0の地震があり、また1625年7月21日には熊本地方を震源とした推定マグニチュード5~6の地震が発生して熊本城の火薬庫が爆発。天守閣付近の石壁の一部が崩れたという記録が残っています。
明治の時代に入って、1889年(明治22年)7月28日には熊本市付近を震源とした推定マグニチュード6.3の地震があり、飽田郡を中心に熊本県下で死者20名、負傷者52名、家屋の全壊228棟、半潰138棟、地裂880箇所、堤防の崩壊45箇所、橋梁の壊落22箇所、破損37箇所、道路損壊133箇所という大きな被害が出たという記録が残っています。1894年8月8日には熊本県北部を震源とした推定マグニチュード6.3、また1906年3月17日にも熊本付近を震源とした推定マグニチュード6.3の地震があり、多くの石垣の崩壊や家屋・土蔵の破損があったことが記録に残っています。
最近でも、1999年3月9日には阿蘇地方を震源としてマグニチュード4.5の地震が発生していますし、2000年6月8日には熊本地方を震源としてマグニチュード4.8、2001年1月10日には阿蘇地方を震源としてマグニチュード3.9の地震が発生しています。
このように、今回『平成28年熊本地震』が発生したのはこれまでにも大きな地震による揺れが頻繁に観測されていた地域であり、おおかたの人の想像に反して、実は今回のような大地震が発生する可能性はこれまでにも指摘されていた地域だったのだ‥ということです。せっかく熊本県の防災情報HPにこうした地元で起きた過去の地震の記録が掲載されているにも関わらず、多くの住民がこのことを知らずにいたということが、大きな問題なのではないか‥‥と私は考えます。油断があり、不意を突かれたってことですから。不意を突かれたら、どうしようもありませんから。
でも、仕方がないことでもあります。人は自分自身がこれまで経験してきたことの上でしか考えられないものですから。特に自然災害。大きな地震や津波、大雨による土砂災害、河川氾濫、ほとんどの人が経験することなく一生を終えます。避難訓練はいっくらでもしても、実際の(本番の)災害避難を経験する機会のある人ってほんの一握りの人に限られます。なので、「経験したことがない」というのは当たり前のことで、本来はそうでなくっちゃあいけないようなものなのです。
しかし、人の一生なんて短いもので、何億年という地球の歴史からするとほんの一瞬のことです。1,000年でもほとんど一瞬と言ってもいいくらいの時間です。「たまたま自分が生きている間に経験することがなくて、よかったよかった」と思うくらいがちょうどよく、同じ場所でも少し時間軸をズラせば、もしかすると経験したかもしれないことっていっぱいあります。自分がこれまで生きてきた時間軸の中だけで物事を考えてはいけないということです。地球の自然を考えるなら、せめて1,000年くらいの時間軸の中で物事を考える必要がある‥‥と私は思っています。
先ほど、人は自分自身がこれまで経験してきたことの上でしか考えられないということを書きましたが、他の人の経験してきたことを共有することで物事の見方を変えることもできます。それが本当の意味での“勉強”というものだと私は思っています。学校で習うことだけが“勉強”ではありません。学校で習うのは単に“勉強の仕方”に過ぎなく、他の人の経験してきたことを共有することで、いかに物事の見方を広げることができるかが、本当の意味での“勉強”だと私は思っています。ここで言う他の人には過去の人も含まれます。過去の人の経験してきたことを“歴史”と言います。歴史を勉強するということは、すなわち過去の人の経験を共有するということです。
自分が住んでいる場所で過去にどういう自然の脅威の来襲を受け、それでどういう被害が出たのか、そして人々はそれとどう向き合ったのか‥‥、地形と気象条件が変わらない以上、過去に一度でも起きた災害は必ずいつか繰り返されます。その土地で過去に起きた自然災害のことを知ることが、防災の第一歩だと私は思っています。
そこでは高い堤防を築いて地形を変えたから大丈夫‥‥なんて余計な考えを持ってはいけません。人が作った人工物は、圧倒的な破壊力を持つ自然の脅威の前では必ずしも絶対なものではない‥‥ということを、5年前の東日本大震災の時に私達は学んだではありませんか。犠牲になられた多くの方々の尊い生命のうえで‥‥。
また、家を頑丈な耐震構造にしたから大丈夫‥‥なんて考えも大きな片手落ちに過ぎません。それでは“財産”は守れるかもしれませんが、それで“生命”が守られるかどうかは保証の限りではありません。この先ずっと一生、一歩も外に出ずにその頑丈な家の中だけで暮らすなんてことは考えられませんから。
先ほど「地形が変わらない以上‥‥」ということを書きました。河川の付け替えや海岸線の埋め立て、都市開発‥‥等々により、もしかすると昔と地形が昔とは大きく変わっていることがあるかもしれません。その時に気をつけなくてはならないことは、その“人工的な地形の変形”により、その土地の自然災害に対する“脆弱性”は減ったのか、あるいは反対に増えたのかって評価です。襲ってくる自然の脅威は、地球上での緯度経度が変わらない限りほとんど同じようなものが繰り返し歴史やってくると思われますから、その“脆弱性”の増減が災害の程度に大きく影響しますから。先ほど東日本大震災の教訓の話を書きましたが、人工物って、圧倒的破壊力を持つ自然の脅威の前ではほとんど無力で、脆弱性が増す方向に働く‥くらいに思っておいたほうが無難です。しかも、日本列島に暮らす人の数は、100年前に比べて圧倒的に増えています。1000年前と比べると約50倍の人口です。しかも、最近は人口の大都市圏への集中が進み、反対に地方は過疎化と高齢化が急速に進んでいるという社会的な大きな変化が起きています。むしろ土地の脆弱性は増していると考えたほうが無難だと思っています。
冒頭で、今の科学技術では残念ながら地震の予知には限界がある‥‥ということを書かせていただきました。もちろん、気象庁さんをはじめ関係者の皆さんは人々の生命と財産を守ろうと一生懸命やっておられます。近いところで関係させていただいておりますので、それは誰よりもわかっているつもりですし、頭が下がる思いでもいます。ただ、自然の力はあまりにも偉大で、悲しいかな人間の頭脳ではまだまだ解明できていないことが多く残っているというわけです。
いつかはそれも解明されて、科学技術の力で地震の予知がかなり正確に行えるようになる時代が来ると私は思っているのですが、自然の脅威の来襲はそれまで待ってはくれません。明日突然なにかが襲ってくるかもしれません。科学技術による予知・予測はできなくても、歴史から学べる知識や活用できる知恵(intelligence)というものは幾らでもあります。今はその活用のほうにこそ力を入れるべきだと私は思っています。これなら初歩的なものなら今日からでもできますから。誤解のないように言っておきますと、これは決して科学技術の力を否定するものではありません。将来、十分に防災の両輪に成り得るものだと思っています。科学技術のほうは専門家と呼ばれる皆さんにどれこそ死ぬ気で頑張っていただいて、1日も早くより正確な予知や予測ができるようにしていただかないといけません。それを活かすためにも、歴史から学ぶ知識や知恵の整備と普及を私達民間気象情報会社も加わって、並行して進めていけたらと思っています。
ちなみに、現在、ITの分野では「ビッグデータ」の活用が大きな流れになっているようなところがありますが、「ビッグデータ」とはなにも0、1でディジタル化されたデータだけではないと私は思っています。歴史書などに残る様々なデータや情報も立派な「ビッグデータ」だと思っています。その活用は時代の最先端のトレンドであると私は捉えています。
『IT』のことを「Information Technology」の略だとする時代は終わって、これからは「Intelligence Technology」の略だとする時代に変わってきています。ですから、データの定義も変わらないといけません。「Intelligence」に資することが出来る情報、データこそが、真のデータと呼べる時代になりつつあると思っています。そういう時代に即せるように、私達民間気象情報会社も変わっていかないといけないな‥‥と、熊本からの報道映像を眺めながら思っています。
執筆者
株式会社ハレックス
前代表取締役社長
越智正昭
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