2015/02/10
雨が降っていないのに。このエコーは何?
2月6日の午後のレーダー観測で、日本海西部から早い動きで南東方向に進んだエコー域が中国地方から四国地方を通過した。その時のレーダーエコーの動きを動画で見てほしい。14時~19時までの5時間の変化である。13時過ぎにレーダー探知範囲の北西端の日本海西部(朝鮮半島の東海上)に現れたエコーは次第に領域を広げながら南東に進み、15時半項には島根県西部にかかり始めた。その後、広島県に広がり、さらに南東方向に広がり四国を覆った。このエコーの動きは早く時速60km程度であった。
ところで、この地方ではこの時間帯に雨も雪も降っていなかった。降水粒子を捕えたものではないことは、他の観測資料と比較して見て確認できた。アメダスによると、降水を観測した地点はなく、日照も観測されていた。衛星画像でも雨雲がかかっている様子はなかった。15時の可視画像と赤外画像を並べてみると、中国地方には低い積雲が散在していたが、レーダーエコーに見られたような層状に広がる雲は見られず、朝鮮半島の東海上部分は前後の時間を見ても雲一つなく晴れていた。勿論、このエコーが上空を通過した、広島、松山、高知などの気象台でも降水は観測されていなかった。
今回の事例を考えると、エコーの動きと広がり方から見て、「チャフ」であると推定できる。チャフは、電波を反射する物体を空中に散布することで、レーダーによる探知を妨害するもので、アルミニウムやグラスファイバーなどで作られている。
では、このエコーは何を捉えていただろうか。気象レーダーでは降水エコーの観測を目的に行っているが、レーダーの電波が捕えるエコーは必ずしも降水エコーとは限らない。こうした非降水エコーにはいくつかの原因がある。電波の異常伝搬によって普段見えない部分に地形等が見えたら、渡り鳥の群れを捉えたりする。レーダーサイト近くの海上の波を捉えることもある。
気象庁HPに載っているレーダー・ナウキャスト(降水)は、地形の反射などの非降水エコーは除去している。これは、いつも同じ場所に同じ強度に現れるため、そのエコーだけを取り除く処理をしている。今回の事例は、移動しながら変化しており、除去することができないものである。
これは航空機と同質の素材であるため、レーダーでは、大量にバラまかれたことにより、チャフからの反射で航空機の探知を妨害することになる。最近はあまり見かけなかったのであるが、まだ、こうした行為が必要な状況にあるのかと気になった。
エコーの発生した時間帯の上空約5kmの気流は右図のように北西風で風速は20m/s程度であり、エコーの動きと同じであり、この高度付近に存在していたことがわかる。気象庁に確認したところ、レーダーで朝鮮半島の東海上でエコーを捕え始めたころは6km付近を中心に広がっていたが、中国地方に近づくに従って次第に高度が下がり、3km程度にまで広がったと述べており、気象庁のレーダー担当もチャフと判断していた。
軍事的な利用の詳細は知らないが、気象レーダーにとっては厄介なものである。現に、この日の解析雨量では弱い降水域が中国・四国地方に解析されてしまった。
これを初期値とする降水6時間予報にも四国地方に広がる降水域を表現していた。しかも、これが数時間続くことになった。
降水ナウキャストも同様にこのエコー域を降水として、移動させていた。
残念ながら、これを除去することはできないので、周囲に真の降水域が存在しなければ、その部分のレーダー観測資料を取り込まない処置を講ずるほかない。今回の事例では解析雨量でわかるように山陰から北陸の一部に実際の降水域があるため、このような対応も難しい場面である。
さて、もう少しこの現象を考えてみる。気象庁は上空の風の観測を行う「ウインドプロファイラ」の観測を行っている。ウインドプロファイラの観測は、気象レーダーの波長帯とは異なるが、電波を発射し、大気の揺らぎや降水粒子からの反射を捕え、それによって上空の風向・風速を算出するものである。降水粒子や雲粒がある状況では高高度まで、風を測定することができるが、乾燥した空気が覆っているときは、低高度しか観測されないといった観測特性がある。
このウインドプロファイラの観測点がこのエコー域の通過した島根県西部の浜田市に設置されている。この地点の観測資料を見ると右図のように、15時頃から17時過ぎにかけて、それまで、2.5km程度までの下層しか風を得られていなかったが、急に6.5km付近の風を得られるようになった。気象レーダーでエコーがかかり始めた時と一致しており、この観測でも金属片が上空に広かったために、その反射を捕えたもの考えれば説明できる。その後、次第に低い高度でも風と捉えられていることから、散布された金属片が次第に降下し広がったことを裏付けている。また、高いところに先に現れ、その後次第に下層でも見られるようになったのは、上空ほど空気の流れが速かったことで説明できる。
現在の気象観測はさまざまな観測装置を用いているが、その中には直接その場で観測したものではなく、離れた場所から電波等を用いて測定する方法によっているものがある。こうした観測では、この事例のように、偽物を捕えてしまうことがある。気象予測を行うものにとっては、こうした偽の情報を的確に除去して、真の情報のみを活用することが求められる重要な責務を負っているのである。
ところで、この地方ではこの時間帯に雨も雪も降っていなかった。降水粒子を捕えたものではないことは、他の観測資料と比較して見て確認できた。アメダスによると、降水を観測した地点はなく、日照も観測されていた。衛星画像でも雨雲がかかっている様子はなかった。15時の可視画像と赤外画像を並べてみると、中国地方には低い積雲が散在していたが、レーダーエコーに見られたような層状に広がる雲は見られず、朝鮮半島の東海上部分は前後の時間を見ても雲一つなく晴れていた。勿論、このエコーが上空を通過した、広島、松山、高知などの気象台でも降水は観測されていなかった。
今回の事例を考えると、エコーの動きと広がり方から見て、「チャフ」であると推定できる。チャフは、電波を反射する物体を空中に散布することで、レーダーによる探知を妨害するもので、アルミニウムやグラスファイバーなどで作られている。
では、このエコーは何を捉えていただろうか。気象レーダーでは降水エコーの観測を目的に行っているが、レーダーの電波が捕えるエコーは必ずしも降水エコーとは限らない。こうした非降水エコーにはいくつかの原因がある。電波の異常伝搬によって普段見えない部分に地形等が見えたら、渡り鳥の群れを捉えたりする。レーダーサイト近くの海上の波を捉えることもある。
気象庁HPに載っているレーダー・ナウキャスト(降水)は、地形の反射などの非降水エコーは除去している。これは、いつも同じ場所に同じ強度に現れるため、そのエコーだけを取り除く処理をしている。今回の事例は、移動しながら変化しており、除去することができないものである。
これは航空機と同質の素材であるため、レーダーでは、大量にバラまかれたことにより、チャフからの反射で航空機の探知を妨害することになる。最近はあまり見かけなかったのであるが、まだ、こうした行為が必要な状況にあるのかと気になった。
エコーの発生した時間帯の上空約5kmの気流は右図のように北西風で風速は20m/s程度であり、エコーの動きと同じであり、この高度付近に存在していたことがわかる。気象庁に確認したところ、レーダーで朝鮮半島の東海上でエコーを捕え始めたころは6km付近を中心に広がっていたが、中国地方に近づくに従って次第に高度が下がり、3km程度にまで広がったと述べており、気象庁のレーダー担当もチャフと判断していた。
軍事的な利用の詳細は知らないが、気象レーダーにとっては厄介なものである。現に、この日の解析雨量では弱い降水域が中国・四国地方に解析されてしまった。
これを初期値とする降水6時間予報にも四国地方に広がる降水域を表現していた。しかも、これが数時間続くことになった。
降水ナウキャストも同様にこのエコー域を降水として、移動させていた。
残念ながら、これを除去することはできないので、周囲に真の降水域が存在しなければ、その部分のレーダー観測資料を取り込まない処置を講ずるほかない。今回の事例では解析雨量でわかるように山陰から北陸の一部に実際の降水域があるため、このような対応も難しい場面である。
さて、もう少しこの現象を考えてみる。気象庁は上空の風の観測を行う「ウインドプロファイラ」の観測を行っている。ウインドプロファイラの観測は、気象レーダーの波長帯とは異なるが、電波を発射し、大気の揺らぎや降水粒子からの反射を捕え、それによって上空の風向・風速を算出するものである。降水粒子や雲粒がある状況では高高度まで、風を測定することができるが、乾燥した空気が覆っているときは、低高度しか観測されないといった観測特性がある。
このウインドプロファイラの観測点がこのエコー域の通過した島根県西部の浜田市に設置されている。この地点の観測資料を見ると右図のように、15時頃から17時過ぎにかけて、それまで、2.5km程度までの下層しか風を得られていなかったが、急に6.5km付近の風を得られるようになった。気象レーダーでエコーがかかり始めた時と一致しており、この観測でも金属片が上空に広かったために、その反射を捕えたもの考えれば説明できる。その後、次第に低い高度でも風と捉えられていることから、散布された金属片が次第に降下し広がったことを裏付けている。また、高いところに先に現れ、その後次第に下層でも見られるようになったのは、上空ほど空気の流れが速かったことで説明できる。
現在の気象観測はさまざまな観測装置を用いているが、その中には直接その場で観測したものではなく、離れた場所から電波等を用いて測定する方法によっているものがある。こうした観測では、この事例のように、偽物を捕えてしまうことがある。気象予測を行うものにとっては、こうした偽の情報を的確に除去して、真の情報のみを活用することが求められる重要な責務を負っているのである。
執筆者
気象庁OB
市澤成介