2015/03/24
春一番の発生なし
今年は関東地方には春一番が発生しなかった。
「春一番」とは、冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南寄りの強い風を言う。春一番の発表は地方単位で行っているが、関東地方の場合は、立春から春分の間で、日本海に低気圧があって、関東地方に強い南風が吹き昇温する時で、最初に現れたものを「春一番」とするので、条件が整えば立春に近い時期に現れることもあれば、春分に近い時期に現れることもある。
2000年(平成12年)以降の東京で春一番の吹いたとされる日は次の表(気象庁天気相談所調べ)の通りである。東京において春一番が吹いたとする条件は、南寄りの風で、最大風速が風力5(風速8.0m/s)以上となり、前日より気温が高くなった場合としている。この表には、その日に東京で観測された最大風速、最大瞬間風速及び当日の最高気温と前日の最高気温との差も合わせて示した。
今年も含め2000年と2012年には「春一番が発生せず」とあるが、これは春一番の発生条件を満たすような現象が現れなかっただけであって、春の訪れが異常であったのではない。
春一番の発生日を見ると、2月半ばに発生した年があれば、昨年のように春分の日に近い3月後半に発生した年がある。このように春一番は発生日のバラツキは大きいのである。これは、特定の条件になった場合にのみ発表されるためで、年によってはその条件を満たさない場合も出ることになる。冬から春に向かっての季節変化は毎年同じように推移せず、年によって大きく異なることを示している。加えて、春一番が早く吹いた年は春の訪れが早くなるとは限らないので、「春一番」を季節変化の指標として扱うことはできない。このため、春一番が吹いた日の平年は示されていない。
春一番の発生した日の朝9時の天気図を並べてみる。一般に、この時期の低気圧は一日に1000km程度移動するので、天気図によっては低気圧の位置が日本海から外れている場合もある。日本海北部を通った低気圧もあれば、山陰・北陸の沿岸近くを通った低気圧もある。ただ、関東地方から見ると北に発達した低気圧があり、南海上には高気圧が張り出しており、関東地方には暖かい南寄りの風が入りやすい等圧線の形状を示している。
最近では、2012年には関東地方は春一番が発生しなかった。しかし、この年3月17日には日本海を低気圧が東に進んで、西日本では「春一番が吹いた」と発表していた。日本海を進んだ低気圧があまり発達しなかったこともあって、関東地方では房総半島には暖かい南風が入ったが、東京をはじめ関東平野の大部分は朝からの雨で気温が低めに経過し、南風が入らなかった。
低気圧の発達度合や通過した経路、南海上に張り出す高気圧との位置関係などが複雑に関係して、暖かい南寄りの風が強まるか決まるため、微妙な場合も多くある。
今年も2月22日に北陸地方で「春一番が吹いた」と発表があり、天気図では日本海を低気圧が東進し条件は整っていたように見えたが、南岸の前線が顕在化して関東地方では南風が吹かなかった。
過去の発生日の東京(大手町)における最高気温と風の強さを見ると、発生条件にあるように最高気温は前日より平均して4℃程高くなっており、最大瞬間風速は20m/s以上とかなりの強風となった日が多く見られる。なお、表には示さなかったが、翌日の最高気温は平均で5℃近く下がっており、一時的な昇温であって、その後は寒さがぶり返していることを示していた。
「春一番」という響きの良い言葉に、春が来たと喜んではいられないのである。気象庁が春一番を発表するのは、被害が発生するほどの強風が吹き荒れる春の嵐になっていることを伝えていると思って欲しい。
さらに、天気図を見てお気づきと思うが、2003年、2005年、2008年、2011年等のように、日本海を進んだ低気圧の西側に目を向けると、中国大陸には優勢な高気圧が顔を出している場合が多い。低気圧の発達によって暖気を運び込むが、低気圧の通過後には、暖気の強さに比例するように強い寒気が流入して、冬に逆戻りすることが多いのである。
最初に示した表をもう一度見てほしい。南寄りの強風が記録されたときに「春一番」が発表されるが、2008年(平成20年)2月23日の最大風速も最大瞬間風速も北西の風で記録されている。これは、南風が強く吹いた後、寒冷前線の通過しその後に記録した最大風速が南風の時より強かったためにこうした記録が残ったものである。この事例について見ることにする。
この日の東京(大手町)の気温と風の時間変化をグラフで示す。2008年2月23日、日本海を低気圧が発達しながら北東進進んでおり、朝から南寄りの風が吹き、気温はどんどん上昇し13時6分には17℃を記録した(10分毎のグラフでは16℃を少し上回る程度で、この値は瞬間的なもの)。その頃から風は南西に変わって強まり、8m/s前後になった。しかし、14時過ぎには日本海の低気圧から延びる寒冷前線が通過すると一変して北西の風に変わって、最大風速13.6m/s、最大瞬間風速27.9m/sと風に向かって歩くことが困難なほどになった。気温は一気に下降し、14時40分から50分の10分間に4.9℃も下がった。最大風速の発現時刻は、この急激な気温が急降下した前線後面の寒気の先端が差し掛かった頃に現れている。
この前線通過時にはパラリと雨が降った程度で、乾燥した状態は解消せず、グランドや畑地からは砂塵が舞い上がり、視程がかなり悪くなった。強風による交通機関への影響も出るほどであった。
寒冷前線が関東地方に差し掛かる前の12時と、関東南部にまで南下した16時の可視画像を並べてみる。秋田沖から津軽海峡西海上に進んだ低気圧があり、その西側の日本海では、強い寒気の南下を示す筋状構造の雲がびっしりと覆っている。関東平野は12時には、この低気圧に向かって南西の風が吹き、全域が晴れており、前線は東北地方の内陸を通過中で、関東にはまだ到達していなかった。16時になると寒冷前線は三陸沖に進み、その南端部分が房総半島から関東南部に伸びている。この前線の通過により、一時的に雲が広がった程度で一部に降水があったが弱いものであった。関東南部まで南下した前線の北側に入った関東北部では既に晴れているところが多くなっていた。日本海は筋状の雲列がびっしりと覆い、強い寒気が南下している様子を示している。
話題としては、季節外れになったかも知れないが、これほど激しい現象の変化が現れることもあるのが「春一番」であることを知って欲しくて、過去の事例を紹介した。
「春一番」とは、冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南寄りの強い風を言う。春一番の発表は地方単位で行っているが、関東地方の場合は、立春から春分の間で、日本海に低気圧があって、関東地方に強い南風が吹き昇温する時で、最初に現れたものを「春一番」とするので、条件が整えば立春に近い時期に現れることもあれば、春分に近い時期に現れることもある。
2000年(平成12年)以降の東京で春一番の吹いたとされる日は次の表(気象庁天気相談所調べ)の通りである。東京において春一番が吹いたとする条件は、南寄りの風で、最大風速が風力5(風速8.0m/s)以上となり、前日より気温が高くなった場合としている。この表には、その日に東京で観測された最大風速、最大瞬間風速及び当日の最高気温と前日の最高気温との差も合わせて示した。
今年も含め2000年と2012年には「春一番が発生せず」とあるが、これは春一番の発生条件を満たすような現象が現れなかっただけであって、春の訪れが異常であったのではない。
春一番の発生日を見ると、2月半ばに発生した年があれば、昨年のように春分の日に近い3月後半に発生した年がある。このように春一番は発生日のバラツキは大きいのである。これは、特定の条件になった場合にのみ発表されるためで、年によってはその条件を満たさない場合も出ることになる。冬から春に向かっての季節変化は毎年同じように推移せず、年によって大きく異なることを示している。加えて、春一番が早く吹いた年は春の訪れが早くなるとは限らないので、「春一番」を季節変化の指標として扱うことはできない。このため、春一番が吹いた日の平年は示されていない。
春一番の発生した日の朝9時の天気図を並べてみる。一般に、この時期の低気圧は一日に1000km程度移動するので、天気図によっては低気圧の位置が日本海から外れている場合もある。日本海北部を通った低気圧もあれば、山陰・北陸の沿岸近くを通った低気圧もある。ただ、関東地方から見ると北に発達した低気圧があり、南海上には高気圧が張り出しており、関東地方には暖かい南寄りの風が入りやすい等圧線の形状を示している。
最近では、2012年には関東地方は春一番が発生しなかった。しかし、この年3月17日には日本海を低気圧が東に進んで、西日本では「春一番が吹いた」と発表していた。日本海を進んだ低気圧があまり発達しなかったこともあって、関東地方では房総半島には暖かい南風が入ったが、東京をはじめ関東平野の大部分は朝からの雨で気温が低めに経過し、南風が入らなかった。
低気圧の発達度合や通過した経路、南海上に張り出す高気圧との位置関係などが複雑に関係して、暖かい南寄りの風が強まるか決まるため、微妙な場合も多くある。
今年も2月22日に北陸地方で「春一番が吹いた」と発表があり、天気図では日本海を低気圧が東進し条件は整っていたように見えたが、南岸の前線が顕在化して関東地方では南風が吹かなかった。
過去の発生日の東京(大手町)における最高気温と風の強さを見ると、発生条件にあるように最高気温は前日より平均して4℃程高くなっており、最大瞬間風速は20m/s以上とかなりの強風となった日が多く見られる。なお、表には示さなかったが、翌日の最高気温は平均で5℃近く下がっており、一時的な昇温であって、その後は寒さがぶり返していることを示していた。
「春一番」という響きの良い言葉に、春が来たと喜んではいられないのである。気象庁が春一番を発表するのは、被害が発生するほどの強風が吹き荒れる春の嵐になっていることを伝えていると思って欲しい。
さらに、天気図を見てお気づきと思うが、2003年、2005年、2008年、2011年等のように、日本海を進んだ低気圧の西側に目を向けると、中国大陸には優勢な高気圧が顔を出している場合が多い。低気圧の発達によって暖気を運び込むが、低気圧の通過後には、暖気の強さに比例するように強い寒気が流入して、冬に逆戻りすることが多いのである。
最初に示した表をもう一度見てほしい。南寄りの強風が記録されたときに「春一番」が発表されるが、2008年(平成20年)2月23日の最大風速も最大瞬間風速も北西の風で記録されている。これは、南風が強く吹いた後、寒冷前線の通過しその後に記録した最大風速が南風の時より強かったためにこうした記録が残ったものである。この事例について見ることにする。
この日の東京(大手町)の気温と風の時間変化をグラフで示す。2008年2月23日、日本海を低気圧が発達しながら北東進進んでおり、朝から南寄りの風が吹き、気温はどんどん上昇し13時6分には17℃を記録した(10分毎のグラフでは16℃を少し上回る程度で、この値は瞬間的なもの)。その頃から風は南西に変わって強まり、8m/s前後になった。しかし、14時過ぎには日本海の低気圧から延びる寒冷前線が通過すると一変して北西の風に変わって、最大風速13.6m/s、最大瞬間風速27.9m/sと風に向かって歩くことが困難なほどになった。気温は一気に下降し、14時40分から50分の10分間に4.9℃も下がった。最大風速の発現時刻は、この急激な気温が急降下した前線後面の寒気の先端が差し掛かった頃に現れている。
この前線通過時にはパラリと雨が降った程度で、乾燥した状態は解消せず、グランドや畑地からは砂塵が舞い上がり、視程がかなり悪くなった。強風による交通機関への影響も出るほどであった。
寒冷前線が関東地方に差し掛かる前の12時と、関東南部にまで南下した16時の可視画像を並べてみる。秋田沖から津軽海峡西海上に進んだ低気圧があり、その西側の日本海では、強い寒気の南下を示す筋状構造の雲がびっしりと覆っている。関東平野は12時には、この低気圧に向かって南西の風が吹き、全域が晴れており、前線は東北地方の内陸を通過中で、関東にはまだ到達していなかった。16時になると寒冷前線は三陸沖に進み、その南端部分が房総半島から関東南部に伸びている。この前線の通過により、一時的に雲が広がった程度で一部に降水があったが弱いものであった。関東南部まで南下した前線の北側に入った関東北部では既に晴れているところが多くなっていた。日本海は筋状の雲列がびっしりと覆い、強い寒気が南下している様子を示している。
話題としては、季節外れになったかも知れないが、これほど激しい現象の変化が現れることもあるのが「春一番」であることを知って欲しくて、過去の事例を紹介した。
執筆者
気象庁OB
市澤成介