2014/07/25
災害対策本部のオペレーションについて
1.はじめに(東京都のオペレーション)
2年前の夏、東京都の宮崎危機管理監が、就任挨拶のため荒川区長を訪問されました。
宮崎氏は、東日本大震災の時、陸上自衛隊の第10師団長として宮城県で災害救助活動にご活躍された方です。その席に同席していた私は、危機管理監が、当時の体験を思い出すように、「災害対策にとって、オペレーションは、大変重要です。」「今、東京都には
オペレーションがない。」「東京都は必ずオペレーションを実行できるようにします。」と決意を述べられた姿に、颯爽とした爽やかな印象を感じました。今も、思い出します。
あれから2年経ちましたが、今、東京都は、首都直下地震を想定したオペレーションを準備中です。それは、国が実施する広域搬送活動と23区の各自治体が実施する治療搬送活動の間に入って、両者の活動を連結して大量発生する重症患者を現場から首都圏外の最終医療施設まで切れ目のない搬送の流れを創るオペレーションです。
東京都は、そのために都内23区を中心に、都が運営する搬送拠点を、約10箇所設置する予定と聞いております。
地元自治体は、病院で溢れた患者を最寄りの搬送拠点に運び込みます。
都は、自衛隊の大型ヘリで、都内の搬送拠点から首都圏周辺の航空基地等に設置された国の広域搬送拠点に重症患者をリレーします。
国は、そこから、自衛隊の輸送機を使用して、遠方都市の病院に患者を輸送します。
これにより、一連の患者リレーは、途切れることなく完遂され、これまで地元自治体が抱えていた首都圏周辺の航空基地まで患者を長距離搬送する問題が解決されました。
東京都の「大型ヘリによる重症患者のシャトル搬送」というオペレーションは、素晴らしい着想です。このようなミッションを考えついた方に敬意を表します。
現在、このミッションを空想で終わらせないため、東京都総合防災部が中心になって、福祉保健局や建設局等の他の部局が一体となり、自衛隊、東京消防庁、警視庁等の協力を得て、オペレーションを準備中です。この秋に行われる東京都の防災訓練において、その実力がお披露目される予定と聞いております。
2.オペレーションとは何か?
さて、冒頭で、東京都がチャレンジしているオペレーションを紹介しましたが、この用語を聞き慣れない方のために、「オペレーションとは何か?」という話から始めます。
そもそもの語源は軍事用語です。
堅苦しい表現を敢えてするなら、「オペレーションとは、戦略が示すミッション(目的・
目標・達成時期等)を達成するため、作戦計画の下に実行される戦闘行動である。」と
モノの本に書かれています。
オペレーションは、戦略を実行する手段です。戦略が要求するノウホワイ、ノウホ
ワットから、具体的な成果を生み出す行動がオペレーションです。
どんなに素晴らしい目的・目標(ミッション)であっても、それが実現しなけれ
ば、「絵に描いた餅」同然です。
オペレーションは、本部からミッションが示されるという点で、他の応急対策活動と
区分されます。ミッションは、組織や個人の使命感・モチベーションに大きな影響力を与えます。その結果、オペレーションは、精強な組織で実行されるなら、厳しい状況の中での実行力という点で、或いは、目標達成の確実度という点で、圧倒的に優れた手段となります。
一方、ミッションには、目的・目標だけでなく、その達成時期も示されます。
自治体が、災害対策活動全般の進捗を、スケジュール管理しようとするならば、ミッションで達成時期を明示されるオペレーションは、大変有効な作戦管理の手段となります。
災害対策の管理を近代化しようとする自治体にとって、オペレーション手法は、避けて通れない重要な課題です。
3.オペレーションは、自治体の災害対応の有効な手段になりうるか?
オペレーションを自治体防災に導入することに対し、顕在化することはありませんが、私は、二つの異なる意見があると感じています。
一方は積極的に推進しようとする意見であり、他方は、そのことに慎重な意見です。
大都市の巨大地震災害では、第1擊に連動して、あらゆる災害が、連鎖的に発生します。緊急事態は48時間以内に次々と起こり、被害を拡大させます。
48時間が経過すると、新しい災害の発生は減少し、次第に終息するといわれています。
積極推進派は、緊急事態対応は、「48時間、2昼夜が勝負」と考えます。
彼らは48時間の間に緊急事態を押さえ込むことができれば、災害の拡大を防ぎ、人命被害を最小限に抑えることが可能と考え、災害の拡大防止を最重要目標と捉えています。その一方で、「発災直後の48時間という短い時間で出来ることは、あまり多くない。」と現実を冷静に見つめ、この状況下で、この問題を解決するためには、「選択と集中という戦略的対応」と「強力な現場活動」の二つしか答えはない事に気付いています。
他方、慎重派は、現場に出て自然の猛威に立ちはだかり、これを押さえ込むことは、
自治体職員の仕事ではないと考えています。この考えは、自治体職員の「主流」です。
「二日もすれば、災害は自然終息する。無理してジタバタしても結果は変わらない。」
というのが、彼らの本音です。
オペレーションの核心部分は「現場行動」ですが、役所の中で、パソコンとにらめっこ
している職員の大半は、現場行動が苦手と思っています。
彼らに、現場に出て自主防災組織と同様の共助活動を実行することの重要性を説いても、
「そこまで求められていない。」「そこまでやらなくても良い」と答えます。
彼らの職業意識の中には、「自分たちがやるべき事」と「自分たちがやらなくて良い事」を分ける暗黙のラインが存在しているようです。
3.11の大津波災害の時、某県の災害対策本部で、災害対策の要にいる防災監が、壊滅的被害を受けた自治体に対する支援を命じたところ、職員から「これは県職員のやることではない、どうしてもやれというなら、やって良いという根拠を示して下さい。」と実行を拒否されたそうです。
巨大災害に対する初動対処は、自治体にとって、通常の行政のやり方では対処できない特異な仕事です。だから、わざわざ災害対策本部を組織して対応するのです。
災害対策本部は、被災者を救助するために、平時にないミッションを確立し、新しい組織を編成して、ダイナミックに災害対応することが可能です。
しかし、その中で活動する職員の意識には、平時の業務で培われた職業規律や価値観が色濃く残っているのが現状です。
積極推進派と慎重派の考え方の違いを生む原因をどう理解すべきでしょうか。
私は、新しい事態に直面して、問題の早期解決のため、新しいやり方を積極的に取り入
れようとする柔軟、かつ、積極進取の気風の差ではないかと思っています。
積極派にとって、もう一つ、厄介な問題があります。行動のための組織体制です。
発災後の2昼夜という時間は、自衛隊の来援もなく、地元の力のみで対処せざるを得ない時間帯です。自治体は、地元有数の事業所として、多く若い職員を抱えています。大方の職員には地域の共助活動に参加することが期待されています。
問題は、多くの自治体が、即応行動の意思、体制、計画を持たないことです。
自主防災組織の例でもわかるように、組織を編成し、相当の訓練を積まなければ、発災初期の厳しい現場活動で、モノの役に立ちません。
即応行動の意思、体制、計画は、一朝一夕には出来ませんが、これが出来れば、
自治体オペレーション発祥の原点になると信じます。
4.自治体の災害対応は、どこに向かうべきか?
私は、こう考えます。自治体の使命は「住民の生命財産の安全確保」です。
被害の拡大防止活動から、眼を逸らしてはいけないと考えます。この活動は、2昼夜が
勝負であるとするなら、この期間に、最も危険な場所に対処力を集中し被害の拡大を
防がなくてはなりません。それを指し示すのが戦略であり、それを実行するのが、オペレーションであると確信しています。自治体は、この現実に眼を逸らすことなく、積極的に取り組んでいくことが大切と考えます。
5.課題は何か
自治体の災害対応力強化の課題は二つあります。
一つは、ミッションを生み出す戦略的思考の風土醸成です。
もう一つは、ミッションの実行体制の整備です。戦略思考は考え方の問題です
から、転換は比較的容易です。要は、首長のリーダーシップの問題です。
手間がかかるのは、組織の編成と育成という課題です。
東京都が直面した課題も、真に、このことのようでした。危機管理監の話すところによれば、自衛隊、東京消防庁、警視庁、都庁の各部局に、オペレーションの意義を説明し、納得させ、オペレーションに引っ張り出すことが大変だったようです。納得した後は、各機関等が編成する組織にミッションを与え、それぞれの組織の行動が上手くシンクロするかどうか、検証しなくてはなりません。これが合格すれば組織を固定し、運用をパターン化して行く予定とのことでした。
東京都の編成方式をタスクフォース方式といいます。組織が大きくなると、オペレーションを誰に指揮させるかという人事も大きな問題になります。
区市町村は、組織編成の考え方が、東京都の例と異なります。
現場を抱えている区市町村は、ミッションは一つではありません。一つ終われば次のミッションが待っています。これしか出来ないというのではなく、色々なミッションを遂行できる組織をいくつも編成する必要があります。
この編成方式をタイプコマンド方式といいます。同じようなタイプの組織をいくつも編成しておくという意味です。これは、自主防災組織の編成理念と同じです。
ここで、敢えて申し上げれば、自治体職員による実働組織の編成は、荒唐無稽なことではありません。何故なら、自治体は、住民に対し自主防災組織の育成を推奨し、そのことに関わってきた長い歴史があるからです。 自分は出来ないという理屈は立たないでしょう。
戦略的思考の風土醸成とミッションの実行体制の整備を強力に進め、自治体災害対策本部が、初動期における自らの問題解決能力を、画期的に向上させることを心から願っております。
以上
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳