2014/08/08
インテリジェンスプロセス
1.はじめに(自治体アンケート調査に見る情報使用の問題)
明治大学危機管理研究センターが、2005年に、過去に危機を経験した自治体を
対象に実施したアンケート調査の結果が、同センターが編集した「危機発生後の72時間」という本に掲載されています。アンケートに回答した487自治体の中で、過去に危機を体験した事があると応えた自治体、120市町村(その中で大規模災害を経験した自治体は106市町村)が回答した内容(危機発生後72時間以内における問題点)は、以下の通りです。
私は、上記調査結果の中で、特に「情報の使われ方」についての問題に着目しました。
市民への情報提供の問題(不十分・遅れ)を選択した数(合計94)が異常に多い事に気付きます。一方で、本部の意志決定の遅れを問題視した回答数は、18件であり、それ程、多くはありませんでした。
この結果からは、「大半の自治体で本部の意志決定が上手くいった。」とは感じ取れません。
むしろ、大方の自治体は、収集した情報の使い方について、本来持つべき認識と違う認識を持っているのではないかという疑念が、直感的に浮かびました。
このような認識は、今回の調査対象者に限らず、自治体防災関係者の間に、広く浸透 しているようにも感じております。私は、市民への情報提供が無用とは、思いません。
しかし、誤解を恐れず申し上げるなら、本部の状況判断・意志決定を軽視する「情報 取扱い姿勢」が誤っていると考えております。
情報に対する本部自身の要求が、どういう訳か、希薄なのかもしれません。
結果として、このような「情報取扱い姿勢」が災対本部内に蔓延り、本部の任務遂行 を蔑にしているのではないかと、心配しているのです。
行動する人・組織にとり、情報は自己責任です。自分の責任で収集するのが原則です。 災害対策本部は、本来、自身の状況判断のために情報を収集し、使用する事を第一義 に考えるべきです。災害対策本部は市民の情報センターではありません。あくまで、 判断・指揮の中枢であるべきです。
2.原因と課題
何故、このような問題が発生するのでしょうか?
私は、意志決定者(ここでは、災害対策本部長とします。)の課題認識の希薄に原因が あると思っています。緊急事態発生時、本部長が「何のために、何をすべきか」という 明確な課題認識を持っていれば、情報活動は、その方向に直線的に指向されます。
即ち、課題解決のために如何なる意志決定が必要か、そのために如何なる情報が必要か、 情報組織に如何なるミッション(情報要求)を付与すべきか 等々、情報活動に必要な 文脈がたちどころに決定されます。課題認識が乏しい本部では、緊急事態が発生しても、 情報組織はノーミッションです。「今、何を知りたい」という情報収集の目的意識はなく、 外部からの報告を、無節操に受け入れるだけです。
この種の組織内部の問題は、首都直下地震のような大規模広域災害の際に、特に発生し 易いと思われます。局地的な災害・事故では、本部長の課題認識が明示されなくても、 本部職員の関心は、自ずと一点に集中されます。それに比べて、大規模広域災害では、 「何から」、「何処から」手をつけるべきか、課題の特定が難しいからです。
課題認識を持てない原因として、「大規模災害の初動期に、自治体が行動して達成できる ことは、限られている。」という或る種の無力感、その裏返しの意識として、自衛隊・ 消防・警察等の実力集団への依存心があると思います。これらの要因が重なって、現場を持つ基礎自治体の本部運営に、「状況判断・指揮運用」を自らの責任で行うという意識が希薄になっているのかもしれません。
本来あるべき行動スタイルを見失った基礎自治体が、国や広域自治体の本部運営を見聞して「情報共有中心の情報管理型本部運営」こそ、自分達が目指すスタイルであると勘違いしているのかもしれません。やたらと「情報共有」を強調する最近のICT業界の風潮が向かう先には、情報管理型の本部運営の姿があるのでしょうか?
行動を基本とすべき基礎自治体が、自己の本質を見失わない事を願って止みません。
行動によって本来の使命を果たすためには、本部長が明確な課題認識を持ち、課題解決 のために強固なリーダーシップを発揮する事が極めて重要です。
我々が目指す本部活動は、そこから始まります。
3.インテリジェンスプロセスの構築
ここから本題に入ります。「インテリジェンスプロセス」です。
この用語を初めて聞く人も多いかと思いますので、ここで使用するインテリジェンスと いう用語の意味から説明します。理解を容易にするためには、インフォメーションと 比較して考えると分かり易いと思います。
インフォメーションは、私達が知ることができる全ての情報を指します。
インテリジェンスは、本部長のニーズに応えるため、収集され処理され絞り込まれた インフォメーションです。従って、インテリジェンスは、インフォメーションという、 より広いカテゴリーの中の部分集合と位置づけると、分かり易いと思います。
課題認識を持つ本部長は、自己の課題解決のために、オーダーメイドのタイムリーな インテリジェンスを常に必要としています。
インテリジェンスプロセスという用語は、本部長が、情報の必要性を認識する段階から、 情報組織が、本部長のニーズに応えるべく良く分析したインテリジェンス成果物を提供 するまでの段階を指します。インテリジェンスを創造するプロセスは、「情報要求の決定」 「情報収集」「情報処理」「分析」「提供」の五段階に区分されます。
各段階の業務について詳しく述べるのは、別の機会に譲ります。ここで強調しておきたいことは、インテリジェンスプロセスを、単なる抽象概念の理解で終わらせるのではなく、本部スタッフの組織編成・業務基準の作成にまで落とし込むことの重要性です。
その事によって、インテリジェンスプロセスを実行する組織能力を育てることこそが、災害対策本部の情報活動を凛とさせ、時々の誘惑により間違った方向に流されることを防ぐ重要な防潮堤の役割を果たします。
4.3.11大災害時に垣間見た本部活動の現実
東日本大震災発生から1か月半後、荒川区と防災協定を締結している釜石市の状況を 視察したことがあります。その際、市の防災課長から自衛隊の派遣部隊に対する不満を 耳にし、驚いた記憶があります。
曰く、「自衛隊は、市がやって欲しいことはやらずに、 勝手なことばかりやっている。」その後、自衛隊の活動拠点を訪問し、指揮官に聞いたら、 「市側の調整窓口担当の所在が、いつ行っても分からない。市の具体的な要請内容が 分からない。だから、自ら情報収集しながら、やるべき事を判断している。」との回答が ありました。地元自治体と自衛隊との間の意志疎通の悪さを感じました。
視察の後、たまたま訪問した朝霞駐屯地で、その事を、当時の関口東部方面総監にお話 ししたら、「自治体と自衛隊が、うまく連携するためには、ニーズが大変重要です。被災 自治体は、自衛隊に自分のニーズをハッキリ伝えるべきです。」と明確な答えが返ってき ました。
良く似た話を、東京都の宮崎危機管理監から伺った事があります。宮崎師団長(当時)が、部隊を指揮して名古屋を出発してから、やっとの思いで宮城県南部の被災地に到着 し、直ちに災害対策本部に出頭して、師団の到着を告げ、「何からやりますか?」と 聞いたら、「分かりません。」という回答だったそうです。そのため部隊は、翌日1日を 情報収集活動に費やしたそうです。
この大事な時期に1日を棒に振ってしまったのです。
被災自治体は、応援する者に対し、被災地のニーズ(被災者のニーズではありません) をはっきりと訴えなければなりません。そのためには、本部長が持つ、漠とした課題を、 インテリジェンスプロセスを通して現実状況の中に定位させ、具体的な被災地ニーズを 確立することが肝要です。
応援者から、「何をして欲しいか位の事は、自分で判断して貰いたい。」などと、嫌みを 言われないで済みます。
5.終わりに(今後の課題)
基礎自治体の災害対策本部が、インテリジェンスプロセスを有効に働かせて、司令塔 らしい機能を発揮するために、為すべき課題は色々あります。
とりわけ、以下の課題に地道に取り組むことが大切と考えます。
(1) 戦略計画と情報計画を策定する。
戦略計画で課題を明確にし、情報計画で情報要求を明らかにします。
特に、首都直下地震のような大規模広域災害に対する戦略計画と情報計画の策定は 重要と考えます。
(2) インテリジェンスプロセス体制を確立して組織能力を強化する。
プロセスの基本機能(インテリジェンスの創造)を分析して一次機能、二次機能と、 分析を続け、基本機能がどのような機能で成り立っているか明らかにし、機能系統図を作成する必要があります。作成した機能系統図を基に、それぞれの機能業務の見える化・マニュアル化を行い、プロセスの各機能を担任する組織を編成します。
業務と組織の確立が、本部の情報訓練の基礎になり、組織能力の強化に繋がります。
(3) アナリストを育成確保する。
インテリジェンスプロセスの「要」はアナリストです。アナリストを欠いては、 インテリジェンスプロセスは機能しません。
アナリストは、高度の知識・経験が必要な仕事であり、人材の育成確保には長期的 な視点に立った計画が必要です。
何か、事が起きた時だけ組織する災害対策本部にとって、平素から、組織能力を 強化しておくことは、何よりも重要なことです。
災害対策本部の組織能力の中核は、「インテリジェンスプロセス」担任組織の実力です。
基礎自治体にとって、インテリジェンスプロセスの強化こそ、優先的に取り組むべき 課題であると確信します。
以上
明治大学危機管理研究センターが、2005年に、過去に危機を経験した自治体を
対象に実施したアンケート調査の結果が、同センターが編集した「危機発生後の72時間」という本に掲載されています。アンケートに回答した487自治体の中で、過去に危機を体験した事があると応えた自治体、120市町村(その中で大規模災害を経験した自治体は106市町村)が回答した内容(危機発生後72時間以内における問題点)は、以下の通りです。
私は、上記調査結果の中で、特に「情報の使われ方」についての問題に着目しました。
市民への情報提供の問題(不十分・遅れ)を選択した数(合計94)が異常に多い事に気付きます。一方で、本部の意志決定の遅れを問題視した回答数は、18件であり、それ程、多くはありませんでした。
この結果からは、「大半の自治体で本部の意志決定が上手くいった。」とは感じ取れません。
むしろ、大方の自治体は、収集した情報の使い方について、本来持つべき認識と違う認識を持っているのではないかという疑念が、直感的に浮かびました。
このような認識は、今回の調査対象者に限らず、自治体防災関係者の間に、広く浸透 しているようにも感じております。私は、市民への情報提供が無用とは、思いません。
しかし、誤解を恐れず申し上げるなら、本部の状況判断・意志決定を軽視する「情報 取扱い姿勢」が誤っていると考えております。
情報に対する本部自身の要求が、どういう訳か、希薄なのかもしれません。
結果として、このような「情報取扱い姿勢」が災対本部内に蔓延り、本部の任務遂行 を蔑にしているのではないかと、心配しているのです。
行動する人・組織にとり、情報は自己責任です。自分の責任で収集するのが原則です。 災害対策本部は、本来、自身の状況判断のために情報を収集し、使用する事を第一義 に考えるべきです。災害対策本部は市民の情報センターではありません。あくまで、 判断・指揮の中枢であるべきです。
2.原因と課題
何故、このような問題が発生するのでしょうか?
私は、意志決定者(ここでは、災害対策本部長とします。)の課題認識の希薄に原因が あると思っています。緊急事態発生時、本部長が「何のために、何をすべきか」という 明確な課題認識を持っていれば、情報活動は、その方向に直線的に指向されます。
即ち、課題解決のために如何なる意志決定が必要か、そのために如何なる情報が必要か、 情報組織に如何なるミッション(情報要求)を付与すべきか 等々、情報活動に必要な 文脈がたちどころに決定されます。課題認識が乏しい本部では、緊急事態が発生しても、 情報組織はノーミッションです。「今、何を知りたい」という情報収集の目的意識はなく、 外部からの報告を、無節操に受け入れるだけです。
この種の組織内部の問題は、首都直下地震のような大規模広域災害の際に、特に発生し 易いと思われます。局地的な災害・事故では、本部長の課題認識が明示されなくても、 本部職員の関心は、自ずと一点に集中されます。それに比べて、大規模広域災害では、 「何から」、「何処から」手をつけるべきか、課題の特定が難しいからです。
課題認識を持てない原因として、「大規模災害の初動期に、自治体が行動して達成できる ことは、限られている。」という或る種の無力感、その裏返しの意識として、自衛隊・ 消防・警察等の実力集団への依存心があると思います。これらの要因が重なって、現場を持つ基礎自治体の本部運営に、「状況判断・指揮運用」を自らの責任で行うという意識が希薄になっているのかもしれません。
本来あるべき行動スタイルを見失った基礎自治体が、国や広域自治体の本部運営を見聞して「情報共有中心の情報管理型本部運営」こそ、自分達が目指すスタイルであると勘違いしているのかもしれません。やたらと「情報共有」を強調する最近のICT業界の風潮が向かう先には、情報管理型の本部運営の姿があるのでしょうか?
行動を基本とすべき基礎自治体が、自己の本質を見失わない事を願って止みません。
行動によって本来の使命を果たすためには、本部長が明確な課題認識を持ち、課題解決 のために強固なリーダーシップを発揮する事が極めて重要です。
我々が目指す本部活動は、そこから始まります。
3.インテリジェンスプロセスの構築
ここから本題に入ります。「インテリジェンスプロセス」です。
この用語を初めて聞く人も多いかと思いますので、ここで使用するインテリジェンスと いう用語の意味から説明します。理解を容易にするためには、インフォメーションと 比較して考えると分かり易いと思います。
インフォメーションは、私達が知ることができる全ての情報を指します。
インテリジェンスは、本部長のニーズに応えるため、収集され処理され絞り込まれた インフォメーションです。従って、インテリジェンスは、インフォメーションという、 より広いカテゴリーの中の部分集合と位置づけると、分かり易いと思います。
課題認識を持つ本部長は、自己の課題解決のために、オーダーメイドのタイムリーな インテリジェンスを常に必要としています。
インテリジェンスプロセスという用語は、本部長が、情報の必要性を認識する段階から、 情報組織が、本部長のニーズに応えるべく良く分析したインテリジェンス成果物を提供 するまでの段階を指します。インテリジェンスを創造するプロセスは、「情報要求の決定」 「情報収集」「情報処理」「分析」「提供」の五段階に区分されます。
各段階の業務について詳しく述べるのは、別の機会に譲ります。ここで強調しておきたいことは、インテリジェンスプロセスを、単なる抽象概念の理解で終わらせるのではなく、本部スタッフの組織編成・業務基準の作成にまで落とし込むことの重要性です。
その事によって、インテリジェンスプロセスを実行する組織能力を育てることこそが、災害対策本部の情報活動を凛とさせ、時々の誘惑により間違った方向に流されることを防ぐ重要な防潮堤の役割を果たします。
4.3.11大災害時に垣間見た本部活動の現実
東日本大震災発生から1か月半後、荒川区と防災協定を締結している釜石市の状況を 視察したことがあります。その際、市の防災課長から自衛隊の派遣部隊に対する不満を 耳にし、驚いた記憶があります。
曰く、「自衛隊は、市がやって欲しいことはやらずに、 勝手なことばかりやっている。」その後、自衛隊の活動拠点を訪問し、指揮官に聞いたら、 「市側の調整窓口担当の所在が、いつ行っても分からない。市の具体的な要請内容が 分からない。だから、自ら情報収集しながら、やるべき事を判断している。」との回答が ありました。地元自治体と自衛隊との間の意志疎通の悪さを感じました。
視察の後、たまたま訪問した朝霞駐屯地で、その事を、当時の関口東部方面総監にお話 ししたら、「自治体と自衛隊が、うまく連携するためには、ニーズが大変重要です。被災 自治体は、自衛隊に自分のニーズをハッキリ伝えるべきです。」と明確な答えが返ってき ました。
良く似た話を、東京都の宮崎危機管理監から伺った事があります。宮崎師団長(当時)が、部隊を指揮して名古屋を出発してから、やっとの思いで宮城県南部の被災地に到着 し、直ちに災害対策本部に出頭して、師団の到着を告げ、「何からやりますか?」と 聞いたら、「分かりません。」という回答だったそうです。そのため部隊は、翌日1日を 情報収集活動に費やしたそうです。
この大事な時期に1日を棒に振ってしまったのです。
被災自治体は、応援する者に対し、被災地のニーズ(被災者のニーズではありません) をはっきりと訴えなければなりません。そのためには、本部長が持つ、漠とした課題を、 インテリジェンスプロセスを通して現実状況の中に定位させ、具体的な被災地ニーズを 確立することが肝要です。
応援者から、「何をして欲しいか位の事は、自分で判断して貰いたい。」などと、嫌みを 言われないで済みます。
5.終わりに(今後の課題)
基礎自治体の災害対策本部が、インテリジェンスプロセスを有効に働かせて、司令塔 らしい機能を発揮するために、為すべき課題は色々あります。
とりわけ、以下の課題に地道に取り組むことが大切と考えます。
(1) 戦略計画と情報計画を策定する。
戦略計画で課題を明確にし、情報計画で情報要求を明らかにします。
特に、首都直下地震のような大規模広域災害に対する戦略計画と情報計画の策定は 重要と考えます。
(2) インテリジェンスプロセス体制を確立して組織能力を強化する。
プロセスの基本機能(インテリジェンスの創造)を分析して一次機能、二次機能と、 分析を続け、基本機能がどのような機能で成り立っているか明らかにし、機能系統図を作成する必要があります。作成した機能系統図を基に、それぞれの機能業務の見える化・マニュアル化を行い、プロセスの各機能を担任する組織を編成します。
業務と組織の確立が、本部の情報訓練の基礎になり、組織能力の強化に繋がります。
(3) アナリストを育成確保する。
インテリジェンスプロセスの「要」はアナリストです。アナリストを欠いては、 インテリジェンスプロセスは機能しません。
アナリストは、高度の知識・経験が必要な仕事であり、人材の育成確保には長期的 な視点に立った計画が必要です。
何か、事が起きた時だけ組織する災害対策本部にとって、平素から、組織能力を 強化しておくことは、何よりも重要なことです。
災害対策本部の組織能力の中核は、「インテリジェンスプロセス」担任組織の実力です。
基礎自治体にとって、インテリジェンスプロセスの強化こそ、優先的に取り組むべき 課題であると確信します。
以上
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳