2014/11/14
気象防災士の災害予測能力向上のために
(はじめに)
これまで、自治体に派遣される気象災害アナリストの話を、ブログで、何度か書いた事があります。気象防災士(アナリスト)の養成を本格的に進める時期が来ていると考えます。
今、私は、気象防災士(アナリスト)に期待される最も重要な能力は、「情報を分析して災害発生の可能性を予測する能力」であると確信しております。
今回は、気象防災士が派遣先で直面する「災害の予測」について、思い付くままに話したいと思います。
1 災害予測の「WHY」
以前のブログで、地方自治体に派遣されたアナリストの仕事は、「奇襲攻撃の回避」と「意志決定プロセスの支援」と申し上げた事があります。
アナリストは、地域社会を不意に襲うかもしれない危険の前兆を感知したら、意志決定者に、速やかに「警告」を発し、そこに住む住民が無防備のまま災難に巻き込まれないように、危機回避に努めなくてはなりません。これは、「気が付きませんでした。」という弁解は、決して許されない、アナリストとして、最も重要な仕事です。
一方、意志決定者が、将来における危機の顕在化(災害の発生)を予期し、災害に対する事前対応行動について意志決定を行う場合、アナリストは、意志決定者から求められた情報(分析結果)を、タイムリーに提供して、意志決定プロセスを支援します。これが アナリストの、二つ目の仕事です。
前者は、アナリストが主体性を発揮して、あらゆることに優先して実施する仕事です。
アナリストは、その結果に全責任を負っています。
後者は、意志決定者の求める情報を提供して、状況判断をサポートする仕事です。
この仕事は、意志決定者のリーダーシップの下に実施されます。
双方の仕事の性質は異なりますが、共通する事は、「災害予測」という思考活動です。
2 災害予測の「WHAT」
意志決定者の状況判断に資する災害予測とは、如何なる内容を考察のアウトプットとして提供しなくてはならないでしょうか。これには、二つの要素が欠かせないと思います。
一つ目の要素は、ある期間、ある地域に発生する恐れがある災害の種類と発生の公算です。
自治体の防災責任者は、災害発生を「漠然」と心配しているわけではありません。
特定の時空間における災害発生の可能性について、強い関心を持っています。
アナリストは、この関心に応えなければなりません。
災害発生の公算をどのように表現したら良いかについては、気象の専門家の皆さんには、色々ご意見があると思います。情報屋の感覚では、数値を使った定量的な表現は、余り、馴染めません。こういう場面では、定性的な表現の方が、自治体の防災責任者にとっても呑み込み易く、説得力もあると思います。
例えば、こんな表現です。両極端とも100%確実は、ありません。
災害は、
①殆ど確実に発生する(100%ではない)
②恐らく発生する
③発生するか、しないかは、五分五分
④恐らく発生しない
⑤殆ど発生しない(100%ではない)
二つ目の要素は、災害が発生した場合の行政・地域社会に及ぼすインパクトです。
災害が、いつ、何処で発生し、どのような規模・範囲で拡大するか、どれ位の人的被害が発生するか、ライフライン、道路、鉄道、通信等のインフラの被害はどれ位予想されるか等、災害の様相を具体的にイメージし、それが、自治体の使命や地域社会の生活に及ぼす影響を考察して、アウトプットとして報告します。
3 災害予測の「WHEN」
気象庁は、気象予報を毎日定時に、或いは、象変動が予想される時に発表し、メディアを通じて全国に放送されます。
民間気象会社はというと、通常、気象庁提供の気象データから、狙っている気象変動情報を読み取り、クライアントのニーズに合った情報に加工して、気象変動が予想されるタイミングに、間に合うように提供しています。
カスタマイズした情報を提供する民間気象会社は、情報提供のタイミングについて、受け手のユーザー事情に差異がある事に注意しなければなりません。
例えば、鉄道会社は、運営する路線の安全運行を守るため、気象災害による奇襲攻撃を回避しなくてはなりません。警告を受信したら、直ちに危機回避行動が出来るように、社内のSOP(作戦規定)が出来ています。営業上、出来るだけ余分なウオーニングタイムを取らず、「意志決定」プロセスに時間をかけずに、直ちに行動ができるようにしています。
情報提供する側は、現場の災害回避行動が、災害が発生する前に安全確実に実施できるように、「前兆現象の発見」、「分析予測」、「警告」を最小時間で行わなければなりません。
予測タイミングという観点からは、これは「目前予測」の範疇になります。当然、予測の精度・確度は高いものが求められます。
一方、地方自治体の場合は、鉄道事業者の様な、危機回避のための「待受け態勢」が出来てはいません。意志決定してから、職員・救助部隊等が集めて指示を行い、彼等が現場に駆け付けて、危機回避行動を完了するまでは、相当な時間がかかります。夜間・悪天候下では、所要時間は更に増加すると予想されます。従って、危機回避行動を起こすには、十分なウオーニングタイムが必要です。ウオーニングタイムを確保できない遅過ぎる警告は、奇襲回避には役に立ちません。
ウオーニングタイムに間に合わせるという事は、情報の中身よりも遥かに重要なのです。
ウオーニングタイムに間に合わせるという事は、状況が煮詰まる前に、或いは、気象庁が警報を発表する前に、不確かな手元情報を分析して、将来の危機の到来(気象災害の発生)を予測しなくてはならないと云う事です。当然、予測の困難性、不確実性という問題が生じます。クライアントが、何らかの事情で、ウオーニングタイムを明示しない場合があります。そういう場合であっても、気象会社は、自治体の事情を見極め、必要な猶予時間を確保できるようなタイミングで予測結果を提出しなくてはなりません。
「確実性が見えてからでなければ予測しない。」というのは、気象庁発表の警報と同じです。いくら内容をカスタマイズしても、ユーザーの眼には、その情報は、One of themとしか映りません。わざわざ、お金を払って手に入れなくても、同じような情報が、無料で、手に入ると考えるのです。
不確かな情報に基づく「近未来予測」は、クライアントに有償で情報提供する民間気象会社として、他の会社と差別化を図るため、考えなくてはならない重要なポイントです。
4 災害予測の「WHERE」
災害発生の様相は、その地域の地勢、人口、産業、生活環境、災害脆弱性等の特性に大きく関わってきます。集中豪雨が発生した場合、何処で、どのような災害が起きるかは、
地域固有の問題です。各地方自治体は、上記地域特性を分析して、過去の災害とも照らし合わせて、自然災害による被害を予測し、災害の発生地点、被害の拡大範囲、避難情報等を地図化したハザードマップを作成しています。勿論、自然が相手ですから、発生地点や発生規模等が特定出来ないケースもあります。予測を超える災害発生もあると認識しておく必要もあります。ハザードマップ情報を硬直的に信頼すると、災害発生地点・拡大範囲の予測に問題が発生する場合があると云う事を承知した上で、利用する必要があります。 アナリストが、自信を持って災害発生場所等を予測するためには、担任地域に関する深い知識が必要です。
その土地を知り尽くしている本部長は、分析結果について、一般論を求めていません。
「何処で発生するか、何処まで拡大するか」という情報に重大な関心を抱いています。
核心を突いた分析で、本部長のニーズに応えるためには、ハザードマップ作成の背景になった現地の知識の習得が必須です。現地の気象台や、現地に所在する国土交通省の出先機関との意思疎通や情報交換も重要です。そういう事を考え併せると、アナリストの属地性は、重要な条件と考えます。
5 災害予測の「HOW‐TO」
状況が煮詰まる前に予測する事が、最も難しいのは集中豪雨災害だろうと思います。
今年の「8.20広島土砂災害」で人的被害を防げなかった要因の一つは、広島市として必要な猶予時間が確保されている段階で、集中豪雨の発生を適切に予測出来なかった事にあると思います。
19日から20日の夜間、予想される悪天候と暗闇の中の住民避難を避けるためには、ウオーニングタイムは、19日夕刻まで前倒しすべきと考えますが、約8時間前に集中豪雨の発生を予測する事が、果たして出来たのでしょうか。
私が調べた資料に、「集中豪雨の直前に、積乱雲のバックビルデイング現象が発生する。」という記事がありました。この現象が、猛烈な豪雨を発生させる要因になっているのだそうです。「バックビルデイング現象の発生が予測できれば、集中豪雨の発生の時期場所を予測できるだろう。」という話は、気象素人の私でも理解できます。
しかし、この資料には「この現象は、いつ、何処で発生するか、予測できない。」という気象庁予報官のコメントが記載されていました。
この見解は、一体、何を意味しているのか、良く分析しなくてはなりません。
予報官が出来ないという予測は、「72時間前には出来ない」と云うのか、「24時間前には出来ない」と云うのか、「12時間前には出来ない」と云うのか、「6時間前にも出来ない」と云うのか、「直前まで出来ない」と云うのか、その意味を正確に把握する必要があります。予測には、当然、精度と確度がありますが、予報官のコメントの趣旨は、「精度確度の高い予測は、直前にしかできない」、但し、「これ位の、ゆるい精度・確度なら、12時間前でもできる。」という意味が含まれているのか、気象庁予報官が「バックビルデイング現象が、いつ、何処で発生するのか、予測できない。」というコメントの意味をハッキリと理解しなくてはならないと思いました。
勿論、気象専門家の皆さんは、「そんな事は分かっている。」と云われると思います。
それがプロフェッショナルであると、私は思います。
そうであるなら、どのようなタイミングで、どのような情報を収集し、どのような方法で分析したら、この程度の精度・確度の予測が出来ると云う事を、是非とも「見える化」して頂きたいと願っております。
気象のプロには当たり前の事と思いますが、予測情報のニーズ元関係者は、皆、素人です。此処を、「見える化」しておくことが予測に対するニーズ元の信頼を得る第1歩です。
私は、自衛官としての現役時代の演習で、僅かな情報で、将来の敵の行動を予測しなければならないと云う場面に、何度も遭遇した事があります。敵情が十分掴めない場面で、その行動を予測する時に情報幕僚が利用するのは、敵部隊の展開モデルです。現地の地形に合わせて展開したモデルを作成し、これに、僅かに入手した断片情報をジグソーパズルのように当て嵌め、照合し、氷山の一角を発見して、そこから見えない部分を想像します。勿論、このようなモデルは、自衛隊が保有する専門機関の力で、情報を収集し、研究成果を重ねて出来たものです。
当然のことながら、敵との間合いが狭まり、情報量が増えれば氷山の見える範囲が広がって、全体像の想像に確実性が増します。 私は、自分流の予測法が、集中豪雨の予測に有効であると簡単に云うつもりはありませんが、その地で起こった過去の集中豪雨事例を研究し、その時のプロセスをモデル化する。再び、その地で、集中豪雨の環境条件が生じた時は、収集した情報からパターン認識をするなど、モデル予測法が役に立つかもしれないと思っています。
勿論、それなりのデータ収集や事例研究は必須ですが。
気象専門家の皆さんは「言葉では簡単に言うけれど、実行は難しい。」と云われるかもしれません。私は、それなりに関係者が納得できる予測ストリーが構築できれば、「良し」とすべしと考えています。予測が当たるか、当たらないかに、重きを置き過ぎてはいけないと考えています。予測の方法に、関係者が納得できれば、今はそれで良いと思います。
6 災害予測の「WHO」
自治体において、災害予測が、将来の行動を意志決定するために必須であると云う事を、本当に理解しているのは一部の職員しかいません。
そのためのインテリジェンスプロセスに関わる情報業務は、本来、自治体職員が実施すべき事ですが、日本中の地方自治体の何処を探しても、情報業務と気象に関する専門的知識を併せ持って情報分析ができる職員を見つける事は出来ないと思います。
気象と情報のプロアナリストがいない組織では、本部長は、ウオーニングタイムに合わせた意志決定を断行するだけの自信が湧いてきません。緊急場面における状況判断・指揮にリーダーシップを発揮できず、無作為のままズルズルと時間が経過し、気象庁の土砂災害警戒情報の発表で、ようやく背中を押されて避難勧告を出す、或いは、それさえも躊躇するという情景が目に浮かびます。
このような災害対策本部から出される避難勧告を、住民は、特別の情報とは受け取らず、メディアを含めた数ある情報の中の一つとしか受け止めていません。
気象災害が切迫する災害対策本部において、適時適切な災害予測の下に本部長の意志決定が行われ、多くの住民が、「本部から出される避難勧告は、命を守る特別の情報」として信頼されるようにならなければなりません。
それを実現できるのは、気象防災士をおいて、他にはいないと確信しています。
(終わりに)
私は、自分が、気象業界という異次元の世界に飛び込んだドンキホーテになった気がしています。
門外漢が、ドンキホーテよろしく、災害予測について、長々と、申し上げましたが、
「そんな心配は、いらないよ。」と云ってくれるプロのお言葉を待っています。
以上
これまで、自治体に派遣される気象災害アナリストの話を、ブログで、何度か書いた事があります。気象防災士(アナリスト)の養成を本格的に進める時期が来ていると考えます。
今、私は、気象防災士(アナリスト)に期待される最も重要な能力は、「情報を分析して災害発生の可能性を予測する能力」であると確信しております。
今回は、気象防災士が派遣先で直面する「災害の予測」について、思い付くままに話したいと思います。
1 災害予測の「WHY」
以前のブログで、地方自治体に派遣されたアナリストの仕事は、「奇襲攻撃の回避」と「意志決定プロセスの支援」と申し上げた事があります。
アナリストは、地域社会を不意に襲うかもしれない危険の前兆を感知したら、意志決定者に、速やかに「警告」を発し、そこに住む住民が無防備のまま災難に巻き込まれないように、危機回避に努めなくてはなりません。これは、「気が付きませんでした。」という弁解は、決して許されない、アナリストとして、最も重要な仕事です。
一方、意志決定者が、将来における危機の顕在化(災害の発生)を予期し、災害に対する事前対応行動について意志決定を行う場合、アナリストは、意志決定者から求められた情報(分析結果)を、タイムリーに提供して、意志決定プロセスを支援します。これが アナリストの、二つ目の仕事です。
前者は、アナリストが主体性を発揮して、あらゆることに優先して実施する仕事です。
アナリストは、その結果に全責任を負っています。
後者は、意志決定者の求める情報を提供して、状況判断をサポートする仕事です。
この仕事は、意志決定者のリーダーシップの下に実施されます。
双方の仕事の性質は異なりますが、共通する事は、「災害予測」という思考活動です。
2 災害予測の「WHAT」
意志決定者の状況判断に資する災害予測とは、如何なる内容を考察のアウトプットとして提供しなくてはならないでしょうか。これには、二つの要素が欠かせないと思います。
一つ目の要素は、ある期間、ある地域に発生する恐れがある災害の種類と発生の公算です。
自治体の防災責任者は、災害発生を「漠然」と心配しているわけではありません。
特定の時空間における災害発生の可能性について、強い関心を持っています。
アナリストは、この関心に応えなければなりません。
災害発生の公算をどのように表現したら良いかについては、気象の専門家の皆さんには、色々ご意見があると思います。情報屋の感覚では、数値を使った定量的な表現は、余り、馴染めません。こういう場面では、定性的な表現の方が、自治体の防災責任者にとっても呑み込み易く、説得力もあると思います。
例えば、こんな表現です。両極端とも100%確実は、ありません。
災害は、
①殆ど確実に発生する(100%ではない)
②恐らく発生する
③発生するか、しないかは、五分五分
④恐らく発生しない
⑤殆ど発生しない(100%ではない)
二つ目の要素は、災害が発生した場合の行政・地域社会に及ぼすインパクトです。
災害が、いつ、何処で発生し、どのような規模・範囲で拡大するか、どれ位の人的被害が発生するか、ライフライン、道路、鉄道、通信等のインフラの被害はどれ位予想されるか等、災害の様相を具体的にイメージし、それが、自治体の使命や地域社会の生活に及ぼす影響を考察して、アウトプットとして報告します。
3 災害予測の「WHEN」
気象庁は、気象予報を毎日定時に、或いは、象変動が予想される時に発表し、メディアを通じて全国に放送されます。
民間気象会社はというと、通常、気象庁提供の気象データから、狙っている気象変動情報を読み取り、クライアントのニーズに合った情報に加工して、気象変動が予想されるタイミングに、間に合うように提供しています。
カスタマイズした情報を提供する民間気象会社は、情報提供のタイミングについて、受け手のユーザー事情に差異がある事に注意しなければなりません。
例えば、鉄道会社は、運営する路線の安全運行を守るため、気象災害による奇襲攻撃を回避しなくてはなりません。警告を受信したら、直ちに危機回避行動が出来るように、社内のSOP(作戦規定)が出来ています。営業上、出来るだけ余分なウオーニングタイムを取らず、「意志決定」プロセスに時間をかけずに、直ちに行動ができるようにしています。
情報提供する側は、現場の災害回避行動が、災害が発生する前に安全確実に実施できるように、「前兆現象の発見」、「分析予測」、「警告」を最小時間で行わなければなりません。
予測タイミングという観点からは、これは「目前予測」の範疇になります。当然、予測の精度・確度は高いものが求められます。
一方、地方自治体の場合は、鉄道事業者の様な、危機回避のための「待受け態勢」が出来てはいません。意志決定してから、職員・救助部隊等が集めて指示を行い、彼等が現場に駆け付けて、危機回避行動を完了するまでは、相当な時間がかかります。夜間・悪天候下では、所要時間は更に増加すると予想されます。従って、危機回避行動を起こすには、十分なウオーニングタイムが必要です。ウオーニングタイムを確保できない遅過ぎる警告は、奇襲回避には役に立ちません。
ウオーニングタイムに間に合わせるという事は、情報の中身よりも遥かに重要なのです。
ウオーニングタイムに間に合わせるという事は、状況が煮詰まる前に、或いは、気象庁が警報を発表する前に、不確かな手元情報を分析して、将来の危機の到来(気象災害の発生)を予測しなくてはならないと云う事です。当然、予測の困難性、不確実性という問題が生じます。クライアントが、何らかの事情で、ウオーニングタイムを明示しない場合があります。そういう場合であっても、気象会社は、自治体の事情を見極め、必要な猶予時間を確保できるようなタイミングで予測結果を提出しなくてはなりません。
「確実性が見えてからでなければ予測しない。」というのは、気象庁発表の警報と同じです。いくら内容をカスタマイズしても、ユーザーの眼には、その情報は、One of themとしか映りません。わざわざ、お金を払って手に入れなくても、同じような情報が、無料で、手に入ると考えるのです。
不確かな情報に基づく「近未来予測」は、クライアントに有償で情報提供する民間気象会社として、他の会社と差別化を図るため、考えなくてはならない重要なポイントです。
4 災害予測の「WHERE」
災害発生の様相は、その地域の地勢、人口、産業、生活環境、災害脆弱性等の特性に大きく関わってきます。集中豪雨が発生した場合、何処で、どのような災害が起きるかは、
地域固有の問題です。各地方自治体は、上記地域特性を分析して、過去の災害とも照らし合わせて、自然災害による被害を予測し、災害の発生地点、被害の拡大範囲、避難情報等を地図化したハザードマップを作成しています。勿論、自然が相手ですから、発生地点や発生規模等が特定出来ないケースもあります。予測を超える災害発生もあると認識しておく必要もあります。ハザードマップ情報を硬直的に信頼すると、災害発生地点・拡大範囲の予測に問題が発生する場合があると云う事を承知した上で、利用する必要があります。 アナリストが、自信を持って災害発生場所等を予測するためには、担任地域に関する深い知識が必要です。
その土地を知り尽くしている本部長は、分析結果について、一般論を求めていません。
「何処で発生するか、何処まで拡大するか」という情報に重大な関心を抱いています。
核心を突いた分析で、本部長のニーズに応えるためには、ハザードマップ作成の背景になった現地の知識の習得が必須です。現地の気象台や、現地に所在する国土交通省の出先機関との意思疎通や情報交換も重要です。そういう事を考え併せると、アナリストの属地性は、重要な条件と考えます。
5 災害予測の「HOW‐TO」
状況が煮詰まる前に予測する事が、最も難しいのは集中豪雨災害だろうと思います。
今年の「8.20広島土砂災害」で人的被害を防げなかった要因の一つは、広島市として必要な猶予時間が確保されている段階で、集中豪雨の発生を適切に予測出来なかった事にあると思います。
19日から20日の夜間、予想される悪天候と暗闇の中の住民避難を避けるためには、ウオーニングタイムは、19日夕刻まで前倒しすべきと考えますが、約8時間前に集中豪雨の発生を予測する事が、果たして出来たのでしょうか。
私が調べた資料に、「集中豪雨の直前に、積乱雲のバックビルデイング現象が発生する。」という記事がありました。この現象が、猛烈な豪雨を発生させる要因になっているのだそうです。「バックビルデイング現象の発生が予測できれば、集中豪雨の発生の時期場所を予測できるだろう。」という話は、気象素人の私でも理解できます。
しかし、この資料には「この現象は、いつ、何処で発生するか、予測できない。」という気象庁予報官のコメントが記載されていました。
この見解は、一体、何を意味しているのか、良く分析しなくてはなりません。
予報官が出来ないという予測は、「72時間前には出来ない」と云うのか、「24時間前には出来ない」と云うのか、「12時間前には出来ない」と云うのか、「6時間前にも出来ない」と云うのか、「直前まで出来ない」と云うのか、その意味を正確に把握する必要があります。予測には、当然、精度と確度がありますが、予報官のコメントの趣旨は、「精度確度の高い予測は、直前にしかできない」、但し、「これ位の、ゆるい精度・確度なら、12時間前でもできる。」という意味が含まれているのか、気象庁予報官が「バックビルデイング現象が、いつ、何処で発生するのか、予測できない。」というコメントの意味をハッキリと理解しなくてはならないと思いました。
勿論、気象専門家の皆さんは、「そんな事は分かっている。」と云われると思います。
それがプロフェッショナルであると、私は思います。
そうであるなら、どのようなタイミングで、どのような情報を収集し、どのような方法で分析したら、この程度の精度・確度の予測が出来ると云う事を、是非とも「見える化」して頂きたいと願っております。
気象のプロには当たり前の事と思いますが、予測情報のニーズ元関係者は、皆、素人です。此処を、「見える化」しておくことが予測に対するニーズ元の信頼を得る第1歩です。
私は、自衛官としての現役時代の演習で、僅かな情報で、将来の敵の行動を予測しなければならないと云う場面に、何度も遭遇した事があります。敵情が十分掴めない場面で、その行動を予測する時に情報幕僚が利用するのは、敵部隊の展開モデルです。現地の地形に合わせて展開したモデルを作成し、これに、僅かに入手した断片情報をジグソーパズルのように当て嵌め、照合し、氷山の一角を発見して、そこから見えない部分を想像します。勿論、このようなモデルは、自衛隊が保有する専門機関の力で、情報を収集し、研究成果を重ねて出来たものです。
当然のことながら、敵との間合いが狭まり、情報量が増えれば氷山の見える範囲が広がって、全体像の想像に確実性が増します。 私は、自分流の予測法が、集中豪雨の予測に有効であると簡単に云うつもりはありませんが、その地で起こった過去の集中豪雨事例を研究し、その時のプロセスをモデル化する。再び、その地で、集中豪雨の環境条件が生じた時は、収集した情報からパターン認識をするなど、モデル予測法が役に立つかもしれないと思っています。
勿論、それなりのデータ収集や事例研究は必須ですが。
気象専門家の皆さんは「言葉では簡単に言うけれど、実行は難しい。」と云われるかもしれません。私は、それなりに関係者が納得できる予測ストリーが構築できれば、「良し」とすべしと考えています。予測が当たるか、当たらないかに、重きを置き過ぎてはいけないと考えています。予測の方法に、関係者が納得できれば、今はそれで良いと思います。
6 災害予測の「WHO」
自治体において、災害予測が、将来の行動を意志決定するために必須であると云う事を、本当に理解しているのは一部の職員しかいません。
そのためのインテリジェンスプロセスに関わる情報業務は、本来、自治体職員が実施すべき事ですが、日本中の地方自治体の何処を探しても、情報業務と気象に関する専門的知識を併せ持って情報分析ができる職員を見つける事は出来ないと思います。
気象と情報のプロアナリストがいない組織では、本部長は、ウオーニングタイムに合わせた意志決定を断行するだけの自信が湧いてきません。緊急場面における状況判断・指揮にリーダーシップを発揮できず、無作為のままズルズルと時間が経過し、気象庁の土砂災害警戒情報の発表で、ようやく背中を押されて避難勧告を出す、或いは、それさえも躊躇するという情景が目に浮かびます。
このような災害対策本部から出される避難勧告を、住民は、特別の情報とは受け取らず、メディアを含めた数ある情報の中の一つとしか受け止めていません。
気象災害が切迫する災害対策本部において、適時適切な災害予測の下に本部長の意志決定が行われ、多くの住民が、「本部から出される避難勧告は、命を守る特別の情報」として信頼されるようにならなければなりません。
それを実現できるのは、気象防災士をおいて、他にはいないと確信しています。
(終わりに)
私は、自分が、気象業界という異次元の世界に飛び込んだドンキホーテになった気がしています。
門外漢が、ドンキホーテよろしく、災害予測について、長々と、申し上げましたが、
「そんな心配は、いらないよ。」と云ってくれるプロのお言葉を待っています。
以上
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳