2015/03/16

作戦指揮の循環(その1)

1 はじめに
災害対策本部内の作戦指揮活動の実相は、中々見え難いものです。当事者ですら、 余程気をつけていないと、「今何をやっているのか?」「それは何のために?」という様な事が分からなくなってしまう事が、しばしばあります。
そういう時に、災害対策本部の管理者(事務局長とか参謀長のような立場の人)は、少し立ち止まって、自分がやっている事、やるべき事を良く考えてみる事が大切です。そのためには、本部の業務を大局的に観る目が必要です。本部業務の基本的な流れを大局的に観察するためには、作戦指揮活動の循環プロセスを認識しておく事が大切と思います。
そこで、私は、ブログ読者のお役に立てるように、作戦指揮の循環プロセスの「見える化」に挑戦して見ました。

作戦指揮の循環図


今回のブログは、この図を使いながら、作戦指揮が循環するプロセスについて概観して行きたいと思います。 作戦指揮の循環は、大きく3つのパーツに区分出来ます。
一つは、「オペレーションの実行プロセス」であり、二つ目は、「フィードバック ループ」です。この二つの要素で、循環の基本パターンが構成されます。
しかしながら、現実の作戦が基本パターン通りに進展する事は殆どありません。
特に、危機においては、状況は目まぐるしく変化します。我々は、常に想定外の状況に直面する事を覚悟しておく必要があります。
実行中のオペレーションは、その途中で、作戦の前提条件に抵触するような状況の 変化に、しばしば直面します。
それだけ、人間の予測能力には限界があると云う事です。
それならば、その事を前提にした対応の流れを予め作っておきましょう。そのような事態が生起したら、作戦の終了を待たずに、状況の変化に対応していくプロセスに 移行しましょう。作戦の途中で、新しい状況に対応するプロセス、それが、三つ目の要素である「フィードホワードループ」です。
現実の作戦は、これらの3つのプロセスが相互に関連し合いながら循環します。
以下、其々のプロセスについて説明します。

2 オペレーションの実行プロセス
このプロセスは、「大目標の設定」「オペレーションの選択」「活動態勢の再構築」「オペレーションの実行」「進捗管理」「結果報告」へと続きます。
作戦結果を確認し、目標が達成されていれば、作戦終了となります。
目標が達成されていない場合は、フィードバックループへと循環します。
                                               
以下、実行プロセスについて、順に説明します。
先ずは、「大目標の確立」です。目標は、目的から目標連鎖の形で演繹されます。
被災状況下で、「市民の幸福実現」という行政目的達成のため、「被災住民の生命財産の安全確保」という災害対応目的を選択することとします。
その目的を達成するために、被災地の災害状況に応じて
○災害の拡大防止
○身体の危険に晒されている全生存者の救出救助
○生活基盤を失った被災者の保護
等の緊急課題が予想されます。現在直面している重要問題を分析して、それを有効に解決するための課題を選択し、問題解決のための優先目標に設定します。何を優先目標に設定するかは、災害状況によって異なります。
ここでは、私達の状況認識を統一するために「生存者全員の救助」を大目標に設定することとします。
これを「大目標」とすることの意味は、大規模災害の被災地を観察すると、 被災現場では「生存者全員の救助」と云う目標を達成するためには、解決すべき数多くの具体的課題(小目標)が予想されるからです。
それらの課題の一つ一つがオペレーションの具体的目標に設定されます。
複数のオペレーション目標を束ねる目標を「大目標」と表現しました。
この大目標が、「生存者全員の救助」と云う大仕事が「何処まで達成できたか」、「残っている問題は何か」、「今後どのような対策が必要か」、ということを 評価する基準になります。ここでは、目標による管理が機能します。

次は、「オペレーションの選択」です。「オペレーション計画の策定」ではなく 「オペレーションの選択」です。作戦指揮を状況の変化に適応させて円滑に進めるためには、平素から、作戦の選択肢を準備しておく必要があります。選択肢とは、予想される問題に対応するオペレーションのことです。考え付く問題の数だけ用意しておく必要があります。「その時になってからどうしよう」では手遅れになります。
被害想定に基づき、災害様相を事前研究し「ある種の危機事態には、こう云う目標を設定し、このようなオペレーションで対応する。その実行は、誰々に担任させ、この程度の期間で解決を目指す。」というようなオペレーション構想を、考え付く全ての危機事態に対応できるように事前に用意しておくことが重要です。
勿論、実行担任に指名された関係組織は実行計画を作成し、作戦の準備を行います。
巨大広域災害では、様々な誘因が活発に働き、緊急事態が、諸所で発生します。 
災害対策本部は、災害が起きたら、現実の状況を観察してオペレーションを決定し、機を失する事なく実行を命ずる必要があります。
その際、オペレーションが事前に準備されていたら、本部長のリーダーシップは格段に高まり、活発化し、本部の指揮活動が軽快に実行されるようになります。
オペレーションの事前準備の重要性を認識して頂くために、もう一度、逐語的に強調しておきます。
現場における行動(ex遭難者の救助)のチャンスは、いつまでも長続きしません。
○チャンスを掴んだら、直ちに行動を起こす必要があります。
○良い結果を得るためには、全ての行動においてタイミングが重要です。
○タイミング良く行動するためには準備が必要です。
○準備の核心は、オペレーションの準備です。
○準備していない者からは、チャンスは直ぐに逃げ去ります。
○作戦において、準備がないという事は、何もできないという事と同じ意味です。
オペレーションの準備の必要性を深く認識して頂きたいと思います。

次に「活動態勢の再構築」について説明します。
災害対策本部のオペレーションは、限りある資源を何回も「使い回し」しなければ、所定の時期までに目的を達成出来ません。
それを実行するために担当者は、対処資源の需給関係の推移に配慮し、全体状況に眼を配り、片隅で眠っている資源を見落とすことなく、作戦が終了したばかりの組織をのんびり休ませることもなく、次のオペレーションの実行組織編成のために、使える資源をかき集めなくてはなりません。数多くのオペレーションを次々と実行していくためには、資源を提供してくるそうな組織を回って、粘り強く調整し、新たなオペレーションを実行するための組織編成を確立し、全体の活動態勢を再構築する必要があります。ここの担当者は、作戦に実行の可能性を吹き込むキーマンです。
「活動態勢の再構築」の考え方で、地方自治体の災害対策本部の組織・業務を観察 すると、殆どの自治体に共通する、ある問題の存在に気付きます。
自治体の各部は、「タスクフォース編成」を執っています。災害対策本部の其々の部・課は、地域防災計画で担任業務を予め付与されているのです。
勿論、タスクフォース編成の利点はあります。各部は、平素から自己の担任業務を 理解し、マニュアル作成やそれに基づく訓練が実施できます。
問題は、「事前に指示された業務の実施しか考えない。」と云う意識が本部全体に 蔓延している事です。大規模災害においては、そのような贅沢な部隊運用は、とても出来ません。職員がそのような意識を持つ事は、「限りある資源を何回も使い回し」するという「活動態勢の再構築」の考え方と衝突します。
そこに、本部長の統率と職員意識の間に摩擦が生じる原因となります。
大規模災害における部隊運用場面では、「各部は、必要な事は何でもやる」と云う 心構えが必要です。自治体は、タスクフォースの利点を生かしながら、「活動態勢の再構築」の考え方にも矛盾しない組織体制の在り方を検討しなくてはなりません。

次に、「作戦地域のモジュール化」についてお話します。
巨大災害は、多くの場合、点ではなく面で発生し拡大します。発生する災害の種類と地域の災害特性とに応じ、被害様相に濃淡が生じます。複数の災害が同時発生すると、領域内は、色彩的に表現するならば、様々な色合いの濃淡が重なります。
自治体領域内に数多くの組織が参入し、諸所で様々なオペレーションが同時並行で 実施される場合は、作戦活動全体をコントロールする手法が必要になります。
そのための有効手段の一つが、自治体の活動領域を、いくつかの地区(モジュール)に区分し、各モジュールに責任者・責任組織を配置する事により、オペレーションの調整・実行・進捗管理を地区単位で行う事です。
それにより、指揮系統が簡素化され本部長のリーダーシップ発揮が容易になります。
本部長は、自己の権限を出来るだけ、現場に近い人間に、どうしたら委任出来るかを、常日頃から考える必要があります。その実現により、本部長は細事から解放され、 大局観に立った作戦指揮が可能になります。
私は、これが、経験的に、大変有効な手法であると確信しています。

次に、「オペレーションの終了と成果報告」について説明します。 オペレーションは、際限なくダラダラ続けるものではありません。作戦開始時には終了予定時期が決まっています。地区内で人命救助に関する複数のオペレーションが並行実施される場合、地区責任者は地区内の人命救助関連のオペレーションの終了予定時期を統制し、その時期の各オペレーションの作戦結果を総合して本部長に報告します。決められた時期までにオペレーション目標を完遂することは基本です。
様々な事情により、その時までに目標が達成していない場合であっても、一旦、けじめをつけ、その時点における結果報告を欠かさず行う事が大切です。
指揮を受けると云う事はそういう事をキチンと実行する事です。
目標が達成できていない場合は、どのオペレーションが、どれだけ達成できていないかを明確にし、その原因と対策をリコメンドします。
オペレーションが、循環するプロセスについては、次回のブログでお話しします。

(その2に続く)