2015/05/11

気象災害アナリストの養成教育について

1 はじめに

前のブログで取上げた気象災害アナリストの派遣事業を具体化する時期が、差し迫っています。この事業を実現するために、これからやらなければならない事は沢山あります。
なかでも重要な事は人材の育成です。アナリストの育成は、簡単な仕事ではありません。学んで欲しい事は沢山ありますが、教えられる事には限りがあります。
そこで、今回は、アナリストの養成教育はどうあるべきかについて考えて見ます。


2 アナリストを受入れる自治体側の事情

我が国の基礎自治体の場合、災害発生時の初動対応は、昔も今も、恐らく将来も、最大の弱点と云って良いと思います。その主たる原因は人材不足です。自治体は、災害対応のための人材の育成確保という点で、大きな問題を抱えています。
自治体職員の定数は、財政的に厳しく管理され、長期的に削減傾向にあります。
このような状況下では、いつ起こるか分からない災害に対応する職員を、平素から、組織の中で確保しておく余裕はありません。
何かの本で、こんな話を読んだことがあります。
『平素は、防災とは縁のない仕事をしている職員が、災害発生時に、火事場のように混乱した現場で、驚くような活躍をしました。』 これは、あり得る話だと思います。
特別な訓練を受けていなくても、リーダーシップが自然と身に着いている人はいます。
現場のリーダーは、「強い使命観と大きな声を持っていれば、大抵の場合は通用する。」という事を、私は、良く承知しています。
しかし、スタッフの仕事は現場リーダーの仕事と性質が全く異なります。スタッフ、特にアナリストは、意志決定者の状況判断のために必要なインテリジェンスをタイムリーに提供しなくてはなりません。そのためには、職務に関わる広く深い知識とその知識を応用して自己のミッションを実現する資質(観察力・洞察力・推理力)が必要です。
アナリストは、自然には育ちません。組織が、ある目的を持って育て上げるものです。
私が地方自治体で危機管理の仕事をしていた8年の間に、どこかの地方自治体で、自前の情報分析の専門家を育てていると云う話を耳にしたことはありません。
育成以前の話として、アナリストの必要性を感じている自治体が世の中にどれ程あるか、その事の方が、私は気になります。


3 アナリストの活動場面とユーザーニーズ

アナリストが派遣された自治体で、気象災害が切迫している場面を想像して下さい。
本部長が頼れる専門的能力を持った人材は、恐らくアナリスト以外には、居ないでしょう。
本部長はアナリストに対し、以下のような質問を矢継ぎ早に発するでしょう。
「市内の某危険地区には、今後、雨はどれ位降ると予想されるか?」
「市内で土砂災害発生の可能性は、どれ位あるか?」
「住民や地域社会への影響は、どれ位あるか?」
「危険な地区は何処か? 逆に、安全な地区は何処か?」
「災害は、いつ頃、起きるか?」
「災害の回避・阻止・減災のために、何が出来るか?」
「どのような対策が効果的か?」
「今優先すべきは、何か?」

アナリストのアウトソーシングを決断した本部長です。責任感が強く、この場面で、何を、
どのように決断すべきか、真剣に考えていると思います。
その本部長が判断できないから、アナリストに聴くのです。
経験豊富な本部長(危機管理監)の場合、アナリストとの遣り取りをしながら腹を固めていきます。ここは、本部長とアナリストの真剣勝負の場面です。
そのような場面で、「今の段階では、将来の災害予測は無理です。」と答えても、許してもらえないでしょう。私が危機管理監として本部長の決断を補佐する立場であるとするなら、「今が判断のタイムリミットだ。後からでは遅すぎる。」「確率100%の予測を聴いているのではない。」「今の時点の蓋然性を聴いているのだ。」「脳漿を絞って考えろ。」と、アナリストに詰め寄るでしょう。アナリストは、住民の命に直接関わる仕事をしています。
その場から尻尾を巻いて逃げる事は許されません。
「大事な時に役に立たない人間は要らない。」と云われないようにしたいものです。
そこでは、アナリストとそのサポートシステムの能力が問われます。
4月末の某日、ハレックス社員2名と一緒に、東京都の就任間もない田邊危機管理監を表敬訪問しました。その折り、折角のチャンスと思い、ハレックスのアナリスト派遣構想を説明し、反応を窺いました。
危機管理監からは、二つの点について質問がありました。
一つは、危機管理監の状況判断に必要なインテリジェンス、例えば、気象災害の発生予測、その際のリスク評価等を、アナリストからタイムリーに提供してもらえるのか? 
もう一つは、アナリストの単独プレイではなく、派遣元会社としてアナリストをサポートするシステムはあるのか?
言い換えると、「アナリストは、ユーザーニーズに、的確に応えてくれるのか?」
「アナリストの信頼性は、組織として担保されているのか?」 という質問です。
この企画の重要ポイントを瞬時に突いてきました。
流石は、東京都の危機管理監になるだけの人物であると思いました。
「心配ご無用」とお答えしましたが、心の中では、「その言葉にウソはなかった。」と云って貰えるように、これからの努力が重要と決意を固めた次第です。
東京都の危機管理対応の責任者の率直な意見は、重く受け止める必要があります。


4 アナリストに求められる資質

私は、これまでの色々な考察を総合して、自治体に派遣されるアナリストの資質について、次のような究極イメージを持っています。
短期間の教育では、このような資質を身につける事は不可能です。アナリスト自身の自学研鑽が必要と思います。
① 地域の災害脆弱性、風水害の発生メカニズム、風水害予防手段等についての幅広い知識
② 対象地域の災害事例を良く研究し、気象災害発生モデルを創造する能力
③ 気象災害発生モデルに沿って、危機発生の兆候を正しく認識する能力
④ 気象災害の発生を予測する論理的思考力及びそのリスクを評価する分析能力
⑤ 本部長の「次の状況判断」を推測し、必要な情報収集を先行的に実行する能力
⑥ 本部内の情報業務の実務処理能力
⑦ 会議等の場で、自己の洞察結果を適切に表現し、参加者を説得する能力


5 アナリストの養成教育

(1)養成教育で目指すことは、基礎的な能力の養成
短期間のアナリスト養成教育の目的は、「気象災害分野の分析専門員の卵」の養成です。
教育では余り多くを望む事は出来ません。上記各項目についての基礎的な知識・能力の付与を教育の目標とし、応用能力は、アナリスト自身が実務体験の中から学び取るやり方が妥当ではないかと考えます。
勿論、アナリストの仕事は、現場のアナリストと情報センターアナリストの共同作業になると考えています。
(2)教育を開始する前に準備する事が山ほどある
教育準備は、結構大きな仕事です。教育の企画準備専任の責任者を指名し、ガバナンス体制を強化して準備を推進する必要があります。以下、準備事項を挙げて、注意事項を述べます。

●受講者の選考
 教育の効率性を考慮するなら、最小限20名程度の被教育者を集める必要があります。
 その際、アナリストの属地性を担保することは重要です。このためには、今後の派遣先について可能性を検討し、会社として、内々の計画(腹案)を持っておく必要があると思います。
その腹案に基づき、やる気のある人材を選考する事が重要です。
受講者は、気象予報士と防災士の資格を持っていること、或いは、気象庁OBを含め、それと同等の実務経験を持っていることを条件にする必要があります。
ハレックス職員から所要の受講者数を賄えない場合は、一般公募してでも適任者を確保すべきと思います。
派遣期間が長期になる可能性もあります。地域のことを肌感覚で理解し、地域に生活の基盤を根ざした人材が、この派遣事業には必須であると思います。
受講者の選考は大事なステップです。要員の属地性という原則は堅持して選考に臨むべきと考えます。

●教育の期間、教育実施場所の決定
 集合教育の期間は1週間から10日程度、場所は東京が良いと思います。
教育期間が短い代わり、受講者資格や現任教養を重視すると共に、事前研修課題を指示し、素養をある程度の水準に高めておく必要があります。

●教育課目表の作成
アナリスト養成教育は、来年度、気象庁事業として実施されることになります。
その事を考慮すると、気象庁が納得できる課目標を作成する事が重要になります。

●講師適任者の選定と教育の委託
 その分野で優れた知見を有する教授陣を揃える事が大切です。
 この事は、外向けに、ハレックスの養成教育の信頼性を勝ち取るためのものです。
 実は、教育準備の中で、適任講師の確保が最も難しいと思います。
 早期に課目表を決定し、あらゆる伝手を求め、適任講師を確保しなくてはなりません。

●カリキュラムの作成
 被教育者の素養を考慮し、所定の教育期間内で教育効果を最大限に挙げられるように、
教育の順序・配当時間を決定して、教育計画を編成します。

●教育教授計画の作成
 講師陣にお願いして、レッスンプランを作成してもらい、教育本部(仮称)に教育資料として保管しておくことが大切です。


6 おわりに

派遣人材は、事業推進のための「弾薬」です。弾の用意がなくては話になりません。
今に至っては、悠長に構える暇はありません。予算の目途が立ったら、すぐ動くことが出来るように、出来ることから、どんどん進めていくことが大切です。
中でも、教育課目標の作成、適任の講師選びは、早期に着手する必要があると思います。

以上