2016/02/26
我々が目指すタイムラインについて(続き)
(三位一体型タイムラインのマネージメント)
1 マネージメントのイメージ
戦略は、目標を達成する方法を具体化するために使われる。
自治体が採るべき事前防災の戦略は、「予測‐判断‐オペレーション」という伝統的で、簡明な管理手法を基本とする事が望ましい。
前回のブログ「我々が目指すタイムライン」では、伝統的手法を踏襲して、三位一体型のタイムラインを提案した。
三位一体型タイムラインとは、「予測、判断、オペレーション」の三者が一体となった戦略型事前防災行動の仕組みである。
三位一体型タイムラインとその戦略的用法についての理解を深めるために、以下、比喩を交えながら、その概要を説明する。
先ず、「積雪寒冷地の厳しい気象環境と険しい難路を克服しつつ、家族が待つ暖かい家に向かって疾走するトロイカの機動」をイメージして頂きたい。そのような場面で、戦略がどのように使用されるかについて、現実と比喩を行ったり来たりしながら説明する。
此処で云うトロイカとは、「予測」、「判断」、「行動」という3頭の馬に引かれた戦略機動ヴィークル、即ち、気象防災の世界で事前防災を実現するタイムラインの「三位一体型フレームワーク(乗り物)」である。
この乗り物に、御者と乗客が乗り込む。
御者は戦略の企画管理者(災対本部長)であり、地域住民が乗客になる。
トロイカの行く先には、気象変化による様々な障害(環境変化)が想定される。
トロイカの御者(戦略マネージャー)は、行く先の障害(気象の悪化や難路)を予測し、それをどのように克服するかを判断し、最良の機動計画(事前防災タイムライン)を策定することにより、トロイカに「戦略の風」をインスパイヤーするのである。
だが、例え優れた戦略計画であっても、常に、現実社会の環境変化に対応できるとは限らない。
計画を作ることと、それを実現させることは別の話である。
現実の世界は、我々の予測能力を越えた複雑さを持っているのである。
良い御者(戦略マネージャー)は、出発前の予測に基づき策定した明確な目標を有する計画を実行しつつ、同時に、当初予測できなかった環境変化に敏感に反応し、現実課題に素早く対応することが出来る。現実への対応は、計画を策定するのと同じくらい重要な意味を持つ。計画の策定実行と新たな現実への対応を同時に行う御者は、良い戦略を体現しているのである。
2 地域特有の災害発生パターンの分析
(1)災害発生パターンの役割
自治体がタイムラインを導入するためには、その地域特有の蓋然性ある災害パターンを見つけ出し、パターンに適合する戦略を搭載した「予測‐判断‐オペレーション」というトロイカが良く機能するかを確認する必要がある。
地域特有の災害発生パターンを見つけ出すことは、三位一体型タイムラインを現実世界に定位させると共に、地域固有のタイムラインの有効性を評価する重要な役割を果たす。
(2) 災害発生のパターン化
災害発生の基本パターンを、予測の難易という視点から概念的に考えると、下図に示すように、「台風の接近とともに、発生する災害の種類と予想発生場所が徐々に絞り込まれ、台風がもたらす影響度が徐々に高まっていく予測容易な発生パターン」と、昨年8月の広島の土砂災害のように、「ゲリラ的な集中豪雨により、災害が狭い地区で急激に発生する予測困難なパターン」が、両極に位置し、その中間位置に、今年9月に栃木・茨城両県で発生した台風18号による豪雨災害のように、「長時間・大量の帯状豪雨により、広いエリアの諸所で災害が連続して発生する、マクロ予測の容易性とミクロ予測の困難性が同居した災害発生パターン」の存在があるように思われる。
上記基本パターンを基礎に、地域の災害特性を分析し、その地域の代表的な災害発生パターンを明らかにする必要がある。
3 ミッションの決定と目標の確立
組織のミッションを定義することから始まるが、防災に関わる自治体ミッションの決定権者は、首長、唯一人である。
首長(本部長)は、自ら定めた自治体ミッションに基づいて、状況判断及び指揮活動を遂行する。しかし、殆どの自治体に共通の問題がある。 自治体の地域防災計画には、ミッションの記述はない。
「ミッションが何処からもたらされるか」の記述も無い。
従って、首長は、多くの職員が共感するミッションステートメントを、最終的には自分の価値観を反映させて、自ら決定しなくてはならない。
次に、ミッションから作戦目標を導き出す考察段階がある。ここで確立された作戦目標は、自治体ミッションを活動の現場に結び付ける重要な働きをする。
ミッションを分析して、具体化された作戦目標は、次項で述べる「地域の災害発生パターン」に対応する一連のタイムラインオペレーションの目標に置き換えていくのである。
現実の災害対応場面から推察すると、自治体が行う事前の防災行動は、住民に対して、「身を守る行動」をリコメンドすることに力点が置かれ、実力を伴う行動は、災害発生後の救助活動に委ねられているように見える。
タイムラインの目標設定レベルは、以下のようなものが考えられる。実行の可能性を考慮し、何が妥当であるかについて、良く検討する必要がある。
●全住民を完全避難させる。
●災害弱者全員を避難させる。
●避難勧告を発令し、避難行動は住民の判断にゆだねる。
4 戦略オプションの創案と選択
戦略は、こうして確立されたタイムラインの作戦目標を達成する方策を具体化することにより実現する。そのためにやるべき事は、作戦目標の達成が可能な戦略オプションを複数創案し、その中から、最も効果的な選択肢を選ぶ事である。
戦略ヴィークルの御者(本部長)にとって、「戦略オプションをどのように考え出すか」という現実的な問題が存在する。いくら考えても、「これが、本当に最善の戦略的オプションだろうか?」という疑問が常に付きまとう。これは、科学的理論で解決できる問題ではない。知識経験に基づいた知恵や発想力がものを云う世界である。
専門家の知識経験を活用する仕組みの構築が、この問題の有効な解決策と考える。
次に、その地域固有の災害発生パターンを時系列で展開したものと戦略オプションの特性を具体化した活動を時系列で展開し、両者を組み合わせて分析する。
この考察を行う事により、戦略オプションの具体的要領を明らかにする。(シナリオ化)
5 戦略管理の実行
最良の戦略オプションを選択するためには、その評価基準となる将来の環境予測が必要になる。未来がどのような姿になるかを判断した後で、未来像の中で、各オプションの効果を考察する。そこで最も高い効果を有するオプションが、最良の戦略になる。
ミッションを前提とし、最大限の効果を基準にオプションを選択したら、後は実行あるのみである。実行のために本部長は、オプションを実行するオペレーションの方策と実行担任を決定し、実行組織にミッションを付与して実行を命じなくてはならない。
しかし、この段階でも、本部長にとって、いくつかの現実的問題がある。
その一つが、「予測の困難性」である。本部長は、考え出した戦略オプションの判断基準になる「最も起こりそうな未来」を予測しなければならない。
未来には、かなりの数の不確定要素があり、正確に予想する事は不可能だと云う事が、問題の原因である。
しかし、世の中には予測を専門職とする人々がいる。
彼等は、「何が起こるかを予測する事」において他の人々より優れている。
彼らの将来予測の全てが正確という事ではないが、予測について、彼等が他の人々より優れているという事が、「予測を正当化」する前提となっている。気象情報の世界ではこの差は歴然としている。気象専門家の意見に耳を傾ける事は、本部長が誤った判断をしないために必須の条件である。
二つ目は、オペレーションの実行主体の問題である。防災現場の現地活動は、様々な小規模行動の集合体である。
従来の災害現場では、多くの組織が入り込み、其々の活動を、思い思いのやり方で、テンデンバラバラに行動するのが当たり前の姿だ。
自治体は、現場活動に首を突っ込む事を避けたがる傾向がある。だから、ミッションの達成が容易なように現場活動組織を統合する必要性も感じない。
しかし、ミッションを明確に掲げ、目標を迅速・効果的に達成するためには、各組織の現場活動を有機的に結合する必要がある。そのため現場活動を担任する小規模組織を束ねて、其々の活動を調整する現地ヘッドクォーターの役割が重要になる。災害が、複数の地区で予想される場合は、其々の地区ごとに現地ヘッドクォーターが必要になる。
現地ヘッドクォーターを担任する組織は、自衛隊の派遣部隊のような、指揮運用能力と現場活動能力を兼ね備えた組織でなくてはならない。本部長の指揮運用は、地方自治体版の地区単位のJTF(統合任務部隊)を組織し、地区JTFにミッションを付与し、進捗状況を把握する等して、その行動を監督指導する事により実施される。
6 おわりに
此処で考察した三位一体型のマネージメント手法は、今後、自治体における事前災害対応の現場や図上訓練の場で、その有効性を検証する必要がある。
また、気象災害のみならず、例えば、大規模地震を原因とする、津波災害、地震火災等の環境変化パターンを研究し、対応の幅を広げて行くことが必要である。
更に、この危機管理マネージメント手法を、自治体のみならず、民間企業にも水平展開する事も将来の課題である。
戦略は、目標を達成する方法を具体化するために使われる。
自治体が採るべき事前防災の戦略は、「予測‐判断‐オペレーション」という伝統的で、簡明な管理手法を基本とする事が望ましい。
前回のブログ「我々が目指すタイムライン」では、伝統的手法を踏襲して、三位一体型のタイムラインを提案した。
三位一体型タイムラインとは、「予測、判断、オペレーション」の三者が一体となった戦略型事前防災行動の仕組みである。
三位一体型タイムラインとその戦略的用法についての理解を深めるために、以下、比喩を交えながら、その概要を説明する。
先ず、「積雪寒冷地の厳しい気象環境と険しい難路を克服しつつ、家族が待つ暖かい家に向かって疾走するトロイカの機動」をイメージして頂きたい。そのような場面で、戦略がどのように使用されるかについて、現実と比喩を行ったり来たりしながら説明する。
此処で云うトロイカとは、「予測」、「判断」、「行動」という3頭の馬に引かれた戦略機動ヴィークル、即ち、気象防災の世界で事前防災を実現するタイムラインの「三位一体型フレームワーク(乗り物)」である。
この乗り物に、御者と乗客が乗り込む。
御者は戦略の企画管理者(災対本部長)であり、地域住民が乗客になる。
トロイカの行く先には、気象変化による様々な障害(環境変化)が想定される。
トロイカの御者(戦略マネージャー)は、行く先の障害(気象の悪化や難路)を予測し、それをどのように克服するかを判断し、最良の機動計画(事前防災タイムライン)を策定することにより、トロイカに「戦略の風」をインスパイヤーするのである。
だが、例え優れた戦略計画であっても、常に、現実社会の環境変化に対応できるとは限らない。
計画を作ることと、それを実現させることは別の話である。
現実の世界は、我々の予測能力を越えた複雑さを持っているのである。
良い御者(戦略マネージャー)は、出発前の予測に基づき策定した明確な目標を有する計画を実行しつつ、同時に、当初予測できなかった環境変化に敏感に反応し、現実課題に素早く対応することが出来る。現実への対応は、計画を策定するのと同じくらい重要な意味を持つ。計画の策定実行と新たな現実への対応を同時に行う御者は、良い戦略を体現しているのである。
2 地域特有の災害発生パターンの分析
(1)災害発生パターンの役割
自治体がタイムラインを導入するためには、その地域特有の蓋然性ある災害パターンを見つけ出し、パターンに適合する戦略を搭載した「予測‐判断‐オペレーション」というトロイカが良く機能するかを確認する必要がある。
地域特有の災害発生パターンを見つけ出すことは、三位一体型タイムラインを現実世界に定位させると共に、地域固有のタイムラインの有効性を評価する重要な役割を果たす。
(2) 災害発生のパターン化
災害発生の基本パターンを、予測の難易という視点から概念的に考えると、下図に示すように、「台風の接近とともに、発生する災害の種類と予想発生場所が徐々に絞り込まれ、台風がもたらす影響度が徐々に高まっていく予測容易な発生パターン」と、昨年8月の広島の土砂災害のように、「ゲリラ的な集中豪雨により、災害が狭い地区で急激に発生する予測困難なパターン」が、両極に位置し、その中間位置に、今年9月に栃木・茨城両県で発生した台風18号による豪雨災害のように、「長時間・大量の帯状豪雨により、広いエリアの諸所で災害が連続して発生する、マクロ予測の容易性とミクロ予測の困難性が同居した災害発生パターン」の存在があるように思われる。
上記基本パターンを基礎に、地域の災害特性を分析し、その地域の代表的な災害発生パターンを明らかにする必要がある。
3 ミッションの決定と目標の確立
組織のミッションを定義することから始まるが、防災に関わる自治体ミッションの決定権者は、首長、唯一人である。
首長(本部長)は、自ら定めた自治体ミッションに基づいて、状況判断及び指揮活動を遂行する。しかし、殆どの自治体に共通の問題がある。 自治体の地域防災計画には、ミッションの記述はない。
「ミッションが何処からもたらされるか」の記述も無い。
従って、首長は、多くの職員が共感するミッションステートメントを、最終的には自分の価値観を反映させて、自ら決定しなくてはならない。
次に、ミッションから作戦目標を導き出す考察段階がある。ここで確立された作戦目標は、自治体ミッションを活動の現場に結び付ける重要な働きをする。
ミッションを分析して、具体化された作戦目標は、次項で述べる「地域の災害発生パターン」に対応する一連のタイムラインオペレーションの目標に置き換えていくのである。
現実の災害対応場面から推察すると、自治体が行う事前の防災行動は、住民に対して、「身を守る行動」をリコメンドすることに力点が置かれ、実力を伴う行動は、災害発生後の救助活動に委ねられているように見える。
タイムラインの目標設定レベルは、以下のようなものが考えられる。実行の可能性を考慮し、何が妥当であるかについて、良く検討する必要がある。
●全住民を完全避難させる。
●災害弱者全員を避難させる。
●避難勧告を発令し、避難行動は住民の判断にゆだねる。
4 戦略オプションの創案と選択
戦略は、こうして確立されたタイムラインの作戦目標を達成する方策を具体化することにより実現する。そのためにやるべき事は、作戦目標の達成が可能な戦略オプションを複数創案し、その中から、最も効果的な選択肢を選ぶ事である。
戦略ヴィークルの御者(本部長)にとって、「戦略オプションをどのように考え出すか」という現実的な問題が存在する。いくら考えても、「これが、本当に最善の戦略的オプションだろうか?」という疑問が常に付きまとう。これは、科学的理論で解決できる問題ではない。知識経験に基づいた知恵や発想力がものを云う世界である。
専門家の知識経験を活用する仕組みの構築が、この問題の有効な解決策と考える。
次に、その地域固有の災害発生パターンを時系列で展開したものと戦略オプションの特性を具体化した活動を時系列で展開し、両者を組み合わせて分析する。
この考察を行う事により、戦略オプションの具体的要領を明らかにする。(シナリオ化)
5 戦略管理の実行
最良の戦略オプションを選択するためには、その評価基準となる将来の環境予測が必要になる。未来がどのような姿になるかを判断した後で、未来像の中で、各オプションの効果を考察する。そこで最も高い効果を有するオプションが、最良の戦略になる。
ミッションを前提とし、最大限の効果を基準にオプションを選択したら、後は実行あるのみである。実行のために本部長は、オプションを実行するオペレーションの方策と実行担任を決定し、実行組織にミッションを付与して実行を命じなくてはならない。
しかし、この段階でも、本部長にとって、いくつかの現実的問題がある。
その一つが、「予測の困難性」である。本部長は、考え出した戦略オプションの判断基準になる「最も起こりそうな未来」を予測しなければならない。
未来には、かなりの数の不確定要素があり、正確に予想する事は不可能だと云う事が、問題の原因である。
しかし、世の中には予測を専門職とする人々がいる。
彼等は、「何が起こるかを予測する事」において他の人々より優れている。
彼らの将来予測の全てが正確という事ではないが、予測について、彼等が他の人々より優れているという事が、「予測を正当化」する前提となっている。気象情報の世界ではこの差は歴然としている。気象専門家の意見に耳を傾ける事は、本部長が誤った判断をしないために必須の条件である。
二つ目は、オペレーションの実行主体の問題である。防災現場の現地活動は、様々な小規模行動の集合体である。
従来の災害現場では、多くの組織が入り込み、其々の活動を、思い思いのやり方で、テンデンバラバラに行動するのが当たり前の姿だ。
自治体は、現場活動に首を突っ込む事を避けたがる傾向がある。だから、ミッションの達成が容易なように現場活動組織を統合する必要性も感じない。
しかし、ミッションを明確に掲げ、目標を迅速・効果的に達成するためには、各組織の現場活動を有機的に結合する必要がある。そのため現場活動を担任する小規模組織を束ねて、其々の活動を調整する現地ヘッドクォーターの役割が重要になる。災害が、複数の地区で予想される場合は、其々の地区ごとに現地ヘッドクォーターが必要になる。
現地ヘッドクォーターを担任する組織は、自衛隊の派遣部隊のような、指揮運用能力と現場活動能力を兼ね備えた組織でなくてはならない。本部長の指揮運用は、地方自治体版の地区単位のJTF(統合任務部隊)を組織し、地区JTFにミッションを付与し、進捗状況を把握する等して、その行動を監督指導する事により実施される。
6 おわりに
此処で考察した三位一体型のマネージメント手法は、今後、自治体における事前災害対応の現場や図上訓練の場で、その有効性を検証する必要がある。
また、気象災害のみならず、例えば、大規模地震を原因とする、津波災害、地震火災等の環境変化パターンを研究し、対応の幅を広げて行くことが必要である。
更に、この危機管理マネージメント手法を、自治体のみならず、民間企業にも水平展開する事も将来の課題である。
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳