2016/03/16
自治体の災害対応マネジメント実務の参考②
前回の続きから。
【Ⅰ】戦略の設定プロセス
1 全般
このステージのプロセスは、以下の通りです。
先ず、自治体の「ミッション=社会的使命」から、災害対応という事業の「ミッションステイトメント」を考察します。
次に、災害対応ミッション達成の基本となる「災害対応の原則」を考察します。 更に、災害対応ミッションを出発点として、今回のテーマである風水害事態対処のための「組織目標」を確立します。
最後に、組織目標を効果的に達成するため、風水害対応事業領域を細分化し、具体的な事業を確立します。以下、各プロセスを、順を追って説明します。
2 災害対応ミッションの確定
自治体ミッションには、二つの要素があります。 「社会的使命」と「事業領域」です。
この二つの要素を整合させたものがミッションとなります。
多くの自治体は、災害対策関連の条例等で、「災害対策」と云う事業領域において、「住民の安全安心な暮らしを守る」と云う趣旨の目的を社会的使命として定めています。
ここでは、「災害対応マネジメント」の出発点として、災害対応事業領域のミッションを「住民の安全安心な暮らしを守る」ことに仮置きし、次の展開を進めて行きます。
3 自治体の「災害対応原則」の確立
限られた時間と資源の中で、ミッション達成のための「方途」を判断するためには、災害対応の原則を確立し、状況の変化に応じて、総合的に運用する必要があります。
災害対応の基本理念は、「地域社会全体で災害を克服する事」にあると考えます。
原則の考察に当たっては、過去の事例を研究し、災害の誘因と素因を分析し、その地域で使用可能な災害対応リソースを分析して、その地域が災害を克服するための原則を抽出することが重要です。
「過去事例の研究」では、過去、様々な自治体が経験した資料を分析して、被災地域・自治体が、「災害を如何に克服したか」についての教訓を拾い集める努力をする必要があります。特に、「成功パターン」や「成功のために役立ったこと」等について、良く考察することが重要です。
「災害の誘因・素因の分析」においては、台風災害を引き起こす、洪水、土砂災害、高潮・高波等の「誘因」と地域社会が持つ「素因」(災害拡大要因と災害抑制要因)を組み合わせて、地域で発生する災害の特性を考察します。
「災害対処能力の分析」においては、時間の推移に応じた、対処力の需要に対する供給可能な対処力の変化を明らかにします。
以下、災害克服成功パターンに着目した戦略の一般的原則の一例を提示します。
災害対応のあらゆる判断に「ミッション達成度」という基準がなければなりません。
「ミッション達成度」が低い行動は、後回しにすべきです。
すべての行動は、「ミッションをどの程度達成したか」で評価されなければなりません。
ミッションの追求は、妥協が許されない最高の原則です。
風水害は、予想可能な脅威です。災害に有効に対応するためのプランニングや組織能力強化と云った事前準備を周到に実施する事は極めて重要です。
台風の様に、危機が徐々に顕在化する災害の場合、事前対策は重要性を増します。
危機の様相が顔を見せ始める僅かな時間をも逃さずに実施されるべきです。
そうすることにより、現実のリスクに対し、有効な対策を実施することが出来ます。
事前対策は、風水害対応を成功に導く重要な原則です。
台風を原因とする、洪水、土砂災害、高潮等が、地域社会にどのよう災害をもたらすか、
そのメカニズムを良く理解する必要があります。台風災害の早期認知のために、決定的重要性を持つ情報は気象情報です。そのため自治体は、気象庁から送られてくる情報を読み解く能力を持った人材を育成確保しておくことが肝要です。
一方、地域社会が持つ災害拡大要因と災害抑制要因並びに使用可能な災害対応資源の状況を良く知っておくことが大切です。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。」は、孫子の格言です。
災害対応は、自然と人間社会のある種の戦いです。「敵を知り、己を知ること」は、
この戦いで、人間が自然の猛威に負けないための重要な原則です。
危機は、そっと人間社会に忍び寄り、突然、姿を現して害をもたらします。
幸いにして危機が近づいていることに気付いた自治体であっても、危機に対応する態勢を整え、危機を回避する行動を実行するには、相当の時間がかかります。
だから、危機を認知した後の遅疑逡巡は、最も戒めるべき事なのです。
特に、危機対応を、「全庁・全住民対応」に拡大させる、「組織動員」や「住民避難」の意思決定には躊躇しがちです。遅疑逡巡を戒め、自分がボールを持つ時間を極力短くすることは、緊急事態における意思決定プロセスの鉄則です。
マネジメントが機能するためには、現実を見つめ、トレードオフを受け入れなくてはなりません。トレードオフとは、道路で云えば分岐点に当たる戦略です。
危機を回避するため、ある道を進もうと決めた時、同時に別の道を進むことは出来ないということです。正しい目標を選定し、トレードオフを実行しなくてはなりません。
危機に対応して、限られた時間と資源をもって、ミッション達成するためにはトレードオフの実行は、大変重要な原則です。患者の症状を診て、誰を優先的に治療し、誰を治療しないかを決める「トリアージ」も、これに当たります。トレードオフの考え方は、「行政の公平性」という価値観で育てられた自治体職員が、最も苦手とするものですが、災害対応の場面では、重点を定め、そこに資源を集中するという組織体質を養う事は大変重要です。
災害対応活動は、多数の組織・人員が参加する協働作戦です。
共通の目標を目指して共同行動を行う組織・個人が、統一ある行動を実施するために状況認識を統一することは極めて重要です。関係者間で、情報を共有し、状況認識を統一するための手段・方法を工夫することが大切です。
4 風水害対応目標の確立
仮置きした「災害対応ミッション」に基づき、風水害対応事業領域で達成すべき目標を確立します。ここでは、「風水害対応目標」として、風水害から守るべき具体的対象と、そのための重点施策を、併せて表現しました。
「風水害対応目標」の一例は、以下の通りです。
5 事業領域の設定
事業ドメインを設定する理由の一つは、災害対応活動の事業分野を規定することで事業展開の方向性を指示し、ミッション達成に関係が無い活動を抑制する等、限られた資源を一定方向へ集中させることにあります。
台風リスクが顕在化する過程に合わせて、「風水害対応」事業を細分化し、「事前準備」、「風水害の警戒防御」、「住民避難」、「緊急事態対処」、「応急復旧」の5つの事業領域を設定し、自治体が行う風水害対応事業分野を規定します。
事業領域の設定に当たっては、事業目標、事業期間、事業推進態勢、使用可能資源等を明確にしておくことが必要です。
危機の顕在化過程に対応して事業領域を設定するもう一つの理由は、意思決定を容易にすることにあります。
あらゆる物事は現在進行形で変化します。予想もしない災害が起きることも多々あります。意思決定と実行の間には実に様々な事が起こり、「一旦、下した決定を再検討し、変更しなければならないケースが多い」というのが現実です。
どのみち決定を後で修正せざるを得ないなら、「その時が来るまで何も決定しない」という考え方があります。小規模で、経験豊富なリーダーに率いられた組織が、予測可能な事態に対応する場合は、このようなやり方でも十分対応できると思います。
地方自治体という大集団が、多くの関係機関等と共同して気象災害に対応する場合、このようなやり方では、有効なマネジメントはできません。
事業領域を細分化するという事は、意思決定事項を小分けにして、時間を掛けて、段階的に行うという事です。
意志決定をいくつかのステップに小分けし、次のステップに進む前に、その都度、現実と照らし合わせて方針を検討するやり方です。これにより、状況変化に、なだらかに対応する意思決定と行動が可能になります。
【Ⅱ】平時におけるプランニングプロセス
1 全般
意思決定の小分けは有効な方法ですが、それだけでは、「状況変化に、プランニングが間に合わない」という心配が残ります。その問題を解決するために、計画を事前に作成しておく方法があります。平時、時間の余裕があるときに、起こりうる状況を想定しプランニングを行ないます。これをやる事により、理論的には、プランニング時間は不要になります。平時のプランニングは、あくまで想定状況に基づいて実施するプランニングですから、現実に起きる事象にそのまま適用はできません。しかし、それをやることによって、色々メリットがあります。平素から、専門家の協力を得ながら、地域の災害事象の研究を重ねることにより、現実に近い災害を想定することが可能になります。このような想定に基づいて作成した計画は、部分的修正により、現実状況に適用することが可能になります。そのような計画が手元にあるという事はマネジャーにとって安心要因です。また、計画担当者は、計画作成プロセスを経験しておくことにより、想定状況と現実状況のギャップとこれに対応する計画修正ポイントを素早く認識できるようになります。要するに、簡単な修正は、短時間で実施できるようになるという事です。以下、平時に行う計画策定プロセスについて簡単に説明します。
2 リスクアセスメント(リスクの優先順位付け)
(1)事業領域のリスクの洗い出しと被害想定の作成
事業ごと、ミッション達成に影響を及ぼす可能性があるリスクを洩れなく洗い出す必要があります。
洗い出したリスクは、災害を引き起こす原因や可能性、災害が発生する時期・場所、災害発生パターン、発生する被害やその影響等をできるだけ詳しく考察してリスクを特定するとともに、事後の考察に活用するため、リスクごとに被害想定を作成します。特定したリスクは、事業別に一覧表を作成しておきます。
(2)各リスクの分析(発生確率と影響度の推定) このプロセスでは、特定したリスクの分析を行います。分析の狙いは、次の2点です。
(3)各リスクの評価(リスクの重大性の判定)
リスク評価は、リスクアセスメントの最終プロセスであり、対応策の意思決定と密接な関係があります。リスク評価の目的は、問題事象が持つリスクの重大性を評価し、対応すべきリスクの優先順位を確定することです。
評価結果に基づいてリスクマップを作成すると全体像の把握が容易にできるようになります。
3 リスク対処計画の策定
(1)対処のための戦略構想の決定
戦略は、組織(ここでは地方自治体)の存在意義に関わるような重大な危難に対して立てられるものであり、論理的な構造を有しています。即ち、戦略は、組織が重大な危難に立ち向かうための「診断」、「基本方針」及び「行動指針」の集合体であると考えたらよいと思います。
戦略策定の肝は、以下のように要約できます。
戦略は、細かい実行手順までは不要ですが、「何をなすべきか」をはっきり示す必要があります。
〈直面する状況の診断〉
台風の接近という状況下で想定される代表的な台風危機は、「住民の生命財産被害」です。
原因としては、①台風の直撃 ②河川氾濫・斜面崩壊・高潮 ③危険地域に存在する住民の生活基盤等があります。どれも台風危機の直接原因となりうる事象です。
第1番目の「台風の直撃」は、常識的には危機の基本的原因ですが、現在の科学技術の力では回避することは不可能です。2番目の「河川の氾濫等」は、災害をもたらす重要な原因です。対処は可能ですが、莫大な経費と長い年月が掛かります。
3番目の「危険地域の生活基盤」は、災害が発生する直接的な原因です。
住民の意思次第で、人的被害の未然防止は可能です。
台風接近中という現実状況の中で、実行可能で効果的な戦略に結び付く原因を見極める必要があります。時計を数十年前に戻して治水事業をやり直すことは不可能です。時計を進めて、未来の科学技術で台風の進路を変更することも不可能です。
この状況における根本的な原因を、「危険地域に住民の生活基盤が存在すること」と判定することに十分な合理性があります。
〈基本方針の検討〉
診断の結果、危機を回避するための死活的要素は、「危険地域からの住民避難」であることが明らかになりました。
以下の検討を進め、基本方針を具体化します。
〈行動指針の検討〉
ア)リスク対策行動(オペレーション)の検討
ここでは、リスク対策のためのオペレーションを検討します。
一つの問題(リスク)に、一つの行動(オペレーション)しかないということはありません。ある問題を解決するために、複数のオペレーションを同時または順序を決めて実施する場合がよくあります。
リスクの原因を明らかにし、原因がミッションに及ぼす影響度を分析し、特定した原因を解決するための実行性があるオペレーションを選定します。選定したオペレーションは、「何を」「どの程度」「何処で」「いつ」「何のため」にやるのかを検討し、オペレーションの目標を確立します。
イ)各オペレーションの優先順位の検討
各オペレーションには優先順位を付け、オペレーションを実行する順序、資源配分の重点等を決定する根拠とします。優先順位には、時期的優先順位とミッション達成の度合で決める優先順位があります。工程管理上、オペレーションの順序が決定しているものは、その順序通りに実施します。
同一時期に実施するオペレーションが複数ある場合は、ミッション達成効果が大きいオペレーションを優先します。 平時の被害想定で、リスク原因の影響度を判定できない場合は、優先順位を決定する条件を明確にしておきます。
ウ)部隊運用構想の検討
事業領域ごとに使用可能な部隊の運用構想を決定します。
地元に所在する対処部隊と遠方から応援に駆けつける広域応援部隊に区分し、応援部隊については、地域で行動開始可能な時期を見積ります。
各実働部隊は、現場で災害対処活動に従事する部隊、現場活動を支援する部隊、後方支援部隊に区分して、各現場のニーズを勘案して、各オペレーションにどれだけの現場活動部隊、現場活動支援部隊を配分・運用するかについて大綱を決定します。
また、事業領域単位で後方支援ニーズを見積り、後方支援のための施設配置や後方支援部隊の運用を決定します。
(2)各部隊のミッションの検討
部隊運用構想の決定を受けて、各部隊の代表が参集し、各部隊が担任するミッションの調整を行います。
調整担当者は、ミッション調整を円滑に進めるため、各部隊の組織編成、能力を把握すると共に、広域応援部隊にあっては、応援要請してから現地活動開始までの所要時間・日数を承知しておくことが重要です。
調整結果に基づき、細部事業領域ごとに、各部隊の「予定ミッション」を決定します。
4 実行部隊の計画策定支援
この段階は、各組織の代表者を招集し、自治体が策定した実行計画を説明し、各組織の予定ミッションを示し、ミッション達成のための計画策定を要請します。
各組織の計画策定に当たっては、作成した計画の報告時期を明示し、計画作成のための文書様式等を統一・徹底します。
また、上下一貫し、左右の連携が取れた計画を策定するため、各組織の計画担当者を招集して、計画作成調整会議を開催し、状況認識や対策思想の統一を図りながら計画策定を進めることが大切です。そのプロセスを通じ、各組織の計画担当者は、自治体作戦の全体構想と自己組織の地位役割を理解することができます。
続きます。
【Ⅰ】戦略の設定プロセス
1 全般
このステージのプロセスは、以下の通りです。
先ず、自治体の「ミッション=社会的使命」から、災害対応という事業の「ミッションステイトメント」を考察します。
次に、災害対応ミッション達成の基本となる「災害対応の原則」を考察します。 更に、災害対応ミッションを出発点として、今回のテーマである風水害事態対処のための「組織目標」を確立します。
最後に、組織目標を効果的に達成するため、風水害対応事業領域を細分化し、具体的な事業を確立します。以下、各プロセスを、順を追って説明します。
2 災害対応ミッションの確定
自治体ミッションには、二つの要素があります。 「社会的使命」と「事業領域」です。
この二つの要素を整合させたものがミッションとなります。
多くの自治体は、災害対策関連の条例等で、「災害対策」と云う事業領域において、「住民の安全安心な暮らしを守る」と云う趣旨の目的を社会的使命として定めています。
ここでは、「災害対応マネジメント」の出発点として、災害対応事業領域のミッションを「住民の安全安心な暮らしを守る」ことに仮置きし、次の展開を進めて行きます。
3 自治体の「災害対応原則」の確立
限られた時間と資源の中で、ミッション達成のための「方途」を判断するためには、災害対応の原則を確立し、状況の変化に応じて、総合的に運用する必要があります。
災害対応の基本理念は、「地域社会全体で災害を克服する事」にあると考えます。
原則の考察に当たっては、過去の事例を研究し、災害の誘因と素因を分析し、その地域で使用可能な災害対応リソースを分析して、その地域が災害を克服するための原則を抽出することが重要です。
「過去事例の研究」では、過去、様々な自治体が経験した資料を分析して、被災地域・自治体が、「災害を如何に克服したか」についての教訓を拾い集める努力をする必要があります。特に、「成功パターン」や「成功のために役立ったこと」等について、良く考察することが重要です。
「災害の誘因・素因の分析」においては、台風災害を引き起こす、洪水、土砂災害、高潮・高波等の「誘因」と地域社会が持つ「素因」(災害拡大要因と災害抑制要因)を組み合わせて、地域で発生する災害の特性を考察します。
「災害対処能力の分析」においては、時間の推移に応じた、対処力の需要に対する供給可能な対処力の変化を明らかにします。
以下、災害克服成功パターンに着目した戦略の一般的原則の一例を提示します。
災害対応のあらゆる判断に「ミッション達成度」という基準がなければなりません。
「ミッション達成度」が低い行動は、後回しにすべきです。
すべての行動は、「ミッションをどの程度達成したか」で評価されなければなりません。
ミッションの追求は、妥協が許されない最高の原則です。
風水害は、予想可能な脅威です。災害に有効に対応するためのプランニングや組織能力強化と云った事前準備を周到に実施する事は極めて重要です。
台風の様に、危機が徐々に顕在化する災害の場合、事前対策は重要性を増します。
危機の様相が顔を見せ始める僅かな時間をも逃さずに実施されるべきです。
そうすることにより、現実のリスクに対し、有効な対策を実施することが出来ます。
事前対策は、風水害対応を成功に導く重要な原則です。
台風を原因とする、洪水、土砂災害、高潮等が、地域社会にどのよう災害をもたらすか、
そのメカニズムを良く理解する必要があります。台風災害の早期認知のために、決定的重要性を持つ情報は気象情報です。そのため自治体は、気象庁から送られてくる情報を読み解く能力を持った人材を育成確保しておくことが肝要です。
一方、地域社会が持つ災害拡大要因と災害抑制要因並びに使用可能な災害対応資源の状況を良く知っておくことが大切です。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。」は、孫子の格言です。
災害対応は、自然と人間社会のある種の戦いです。「敵を知り、己を知ること」は、
この戦いで、人間が自然の猛威に負けないための重要な原則です。
危機は、そっと人間社会に忍び寄り、突然、姿を現して害をもたらします。
幸いにして危機が近づいていることに気付いた自治体であっても、危機に対応する態勢を整え、危機を回避する行動を実行するには、相当の時間がかかります。
だから、危機を認知した後の遅疑逡巡は、最も戒めるべき事なのです。
特に、危機対応を、「全庁・全住民対応」に拡大させる、「組織動員」や「住民避難」の意思決定には躊躇しがちです。遅疑逡巡を戒め、自分がボールを持つ時間を極力短くすることは、緊急事態における意思決定プロセスの鉄則です。
マネジメントが機能するためには、現実を見つめ、トレードオフを受け入れなくてはなりません。トレードオフとは、道路で云えば分岐点に当たる戦略です。
危機を回避するため、ある道を進もうと決めた時、同時に別の道を進むことは出来ないということです。正しい目標を選定し、トレードオフを実行しなくてはなりません。
危機に対応して、限られた時間と資源をもって、ミッション達成するためにはトレードオフの実行は、大変重要な原則です。患者の症状を診て、誰を優先的に治療し、誰を治療しないかを決める「トリアージ」も、これに当たります。トレードオフの考え方は、「行政の公平性」という価値観で育てられた自治体職員が、最も苦手とするものですが、災害対応の場面では、重点を定め、そこに資源を集中するという組織体質を養う事は大変重要です。
災害対応活動は、多数の組織・人員が参加する協働作戦です。
共通の目標を目指して共同行動を行う組織・個人が、統一ある行動を実施するために状況認識を統一することは極めて重要です。関係者間で、情報を共有し、状況認識を統一するための手段・方法を工夫することが大切です。
4 風水害対応目標の確立
仮置きした「災害対応ミッション」に基づき、風水害対応事業領域で達成すべき目標を確立します。ここでは、「風水害対応目標」として、風水害から守るべき具体的対象と、そのための重点施策を、併せて表現しました。
「風水害対応目標」の一例は、以下の通りです。
5 事業領域の設定
事業ドメインを設定する理由の一つは、災害対応活動の事業分野を規定することで事業展開の方向性を指示し、ミッション達成に関係が無い活動を抑制する等、限られた資源を一定方向へ集中させることにあります。
台風リスクが顕在化する過程に合わせて、「風水害対応」事業を細分化し、「事前準備」、「風水害の警戒防御」、「住民避難」、「緊急事態対処」、「応急復旧」の5つの事業領域を設定し、自治体が行う風水害対応事業分野を規定します。
事業領域の設定に当たっては、事業目標、事業期間、事業推進態勢、使用可能資源等を明確にしておくことが必要です。
危機の顕在化過程に対応して事業領域を設定するもう一つの理由は、意思決定を容易にすることにあります。
あらゆる物事は現在進行形で変化します。予想もしない災害が起きることも多々あります。意思決定と実行の間には実に様々な事が起こり、「一旦、下した決定を再検討し、変更しなければならないケースが多い」というのが現実です。
どのみち決定を後で修正せざるを得ないなら、「その時が来るまで何も決定しない」という考え方があります。小規模で、経験豊富なリーダーに率いられた組織が、予測可能な事態に対応する場合は、このようなやり方でも十分対応できると思います。
地方自治体という大集団が、多くの関係機関等と共同して気象災害に対応する場合、このようなやり方では、有効なマネジメントはできません。
事業領域を細分化するという事は、意思決定事項を小分けにして、時間を掛けて、段階的に行うという事です。
意志決定をいくつかのステップに小分けし、次のステップに進む前に、その都度、現実と照らし合わせて方針を検討するやり方です。これにより、状況変化に、なだらかに対応する意思決定と行動が可能になります。
【Ⅱ】平時におけるプランニングプロセス
1 全般
意思決定の小分けは有効な方法ですが、それだけでは、「状況変化に、プランニングが間に合わない」という心配が残ります。その問題を解決するために、計画を事前に作成しておく方法があります。平時、時間の余裕があるときに、起こりうる状況を想定しプランニングを行ないます。これをやる事により、理論的には、プランニング時間は不要になります。平時のプランニングは、あくまで想定状況に基づいて実施するプランニングですから、現実に起きる事象にそのまま適用はできません。しかし、それをやることによって、色々メリットがあります。平素から、専門家の協力を得ながら、地域の災害事象の研究を重ねることにより、現実に近い災害を想定することが可能になります。このような想定に基づいて作成した計画は、部分的修正により、現実状況に適用することが可能になります。そのような計画が手元にあるという事はマネジャーにとって安心要因です。また、計画担当者は、計画作成プロセスを経験しておくことにより、想定状況と現実状況のギャップとこれに対応する計画修正ポイントを素早く認識できるようになります。要するに、簡単な修正は、短時間で実施できるようになるという事です。以下、平時に行う計画策定プロセスについて簡単に説明します。
2 リスクアセスメント(リスクの優先順位付け)
(1)事業領域のリスクの洗い出しと被害想定の作成
事業ごと、ミッション達成に影響を及ぼす可能性があるリスクを洩れなく洗い出す必要があります。
洗い出したリスクは、災害を引き起こす原因や可能性、災害が発生する時期・場所、災害発生パターン、発生する被害やその影響等をできるだけ詳しく考察してリスクを特定するとともに、事後の考察に活用するため、リスクごとに被害想定を作成します。特定したリスクは、事業別に一覧表を作成しておきます。
(2)各リスクの分析(発生確率と影響度の推定) このプロセスでは、特定したリスクの分析を行います。分析の狙いは、次の2点です。
(3)各リスクの評価(リスクの重大性の判定)
リスク評価は、リスクアセスメントの最終プロセスであり、対応策の意思決定と密接な関係があります。リスク評価の目的は、問題事象が持つリスクの重大性を評価し、対応すべきリスクの優先順位を確定することです。
評価結果に基づいてリスクマップを作成すると全体像の把握が容易にできるようになります。
3 リスク対処計画の策定
(1)対処のための戦略構想の決定
戦略は、組織(ここでは地方自治体)の存在意義に関わるような重大な危難に対して立てられるものであり、論理的な構造を有しています。即ち、戦略は、組織が重大な危難に立ち向かうための「診断」、「基本方針」及び「行動指針」の集合体であると考えたらよいと思います。
戦略策定の肝は、以下のように要約できます。
戦略は、細かい実行手順までは不要ですが、「何をなすべきか」をはっきり示す必要があります。
〈直面する状況の診断〉
台風の接近という状況下で想定される代表的な台風危機は、「住民の生命財産被害」です。
原因としては、①台風の直撃 ②河川氾濫・斜面崩壊・高潮 ③危険地域に存在する住民の生活基盤等があります。どれも台風危機の直接原因となりうる事象です。
第1番目の「台風の直撃」は、常識的には危機の基本的原因ですが、現在の科学技術の力では回避することは不可能です。2番目の「河川の氾濫等」は、災害をもたらす重要な原因です。対処は可能ですが、莫大な経費と長い年月が掛かります。
3番目の「危険地域の生活基盤」は、災害が発生する直接的な原因です。
住民の意思次第で、人的被害の未然防止は可能です。
台風接近中という現実状況の中で、実行可能で効果的な戦略に結び付く原因を見極める必要があります。時計を数十年前に戻して治水事業をやり直すことは不可能です。時計を進めて、未来の科学技術で台風の進路を変更することも不可能です。
この状況における根本的な原因を、「危険地域に住民の生活基盤が存在すること」と判定することに十分な合理性があります。
〈基本方針の検討〉
診断の結果、危機を回避するための死活的要素は、「危険地域からの住民避難」であることが明らかになりました。
以下の検討を進め、基本方針を具体化します。
〈行動指針の検討〉
ア)リスク対策行動(オペレーション)の検討
ここでは、リスク対策のためのオペレーションを検討します。
一つの問題(リスク)に、一つの行動(オペレーション)しかないということはありません。ある問題を解決するために、複数のオペレーションを同時または順序を決めて実施する場合がよくあります。
リスクの原因を明らかにし、原因がミッションに及ぼす影響度を分析し、特定した原因を解決するための実行性があるオペレーションを選定します。選定したオペレーションは、「何を」「どの程度」「何処で」「いつ」「何のため」にやるのかを検討し、オペレーションの目標を確立します。
イ)各オペレーションの優先順位の検討
各オペレーションには優先順位を付け、オペレーションを実行する順序、資源配分の重点等を決定する根拠とします。優先順位には、時期的優先順位とミッション達成の度合で決める優先順位があります。工程管理上、オペレーションの順序が決定しているものは、その順序通りに実施します。
同一時期に実施するオペレーションが複数ある場合は、ミッション達成効果が大きいオペレーションを優先します。 平時の被害想定で、リスク原因の影響度を判定できない場合は、優先順位を決定する条件を明確にしておきます。
ウ)部隊運用構想の検討
事業領域ごとに使用可能な部隊の運用構想を決定します。
地元に所在する対処部隊と遠方から応援に駆けつける広域応援部隊に区分し、応援部隊については、地域で行動開始可能な時期を見積ります。
各実働部隊は、現場で災害対処活動に従事する部隊、現場活動を支援する部隊、後方支援部隊に区分して、各現場のニーズを勘案して、各オペレーションにどれだけの現場活動部隊、現場活動支援部隊を配分・運用するかについて大綱を決定します。
また、事業領域単位で後方支援ニーズを見積り、後方支援のための施設配置や後方支援部隊の運用を決定します。
(2)各部隊のミッションの検討
部隊運用構想の決定を受けて、各部隊の代表が参集し、各部隊が担任するミッションの調整を行います。
調整担当者は、ミッション調整を円滑に進めるため、各部隊の組織編成、能力を把握すると共に、広域応援部隊にあっては、応援要請してから現地活動開始までの所要時間・日数を承知しておくことが重要です。
調整結果に基づき、細部事業領域ごとに、各部隊の「予定ミッション」を決定します。
4 実行部隊の計画策定支援
この段階は、各組織の代表者を招集し、自治体が策定した実行計画を説明し、各組織の予定ミッションを示し、ミッション達成のための計画策定を要請します。
各組織の計画策定に当たっては、作成した計画の報告時期を明示し、計画作成のための文書様式等を統一・徹底します。
また、上下一貫し、左右の連携が取れた計画を策定するため、各組織の計画担当者を招集して、計画作成調整会議を開催し、状況認識や対策思想の統一を図りながら計画策定を進めることが大切です。そのプロセスを通じ、各組織の計画担当者は、自治体作戦の全体構想と自己組織の地位役割を理解することができます。
続きます。
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳