2016/05/23
災害対策本部の「意思決定不全問題」について
1 はじめに
災害対策本部は「意思決定機関」ではなく情報を収集伝達する「情報センター」であると言い切る識者がいます。
それは、意思決定をしない現状に対し、否定的な意味を込めて言い表した意見か、現状を肯定的に観た意見か、私には、良く分かりません。
前者の意見であれば、私も賛同です。私は、災害対策本部の現状に、やるべき事が為されていないという意味で、意思決定の不全状態を感じています。
今回は、災害対策本部の意思決定の不全状態について、感じていることをお話します。
2 陸上自衛隊が行っている「意思決定」を参考例として紹介します。
陸上自衛隊の最高レベルの教範「野外令」に、「状況判断」と「決心」について、以下のような記述があります。
① 状況判断は、指揮官が任務達成のため、最良の行動方針を決定するために行うものであり、決心は、状況判断に基づく最良の行動方針を実行に移す指揮官意志の決定である。指揮官は、継続的に状況判断を行い、適時適切に決心しなければならない。
② 状況判断は、任務を基礎とし、「何を」「いつ」決定すべきかを至当に判断する事は状況判断の基本的要件である。状況判断は、不断に変化し、かつ、推移する状況に即応するように継続的に行わなければならない。このため作戦の進展に伴い必要な事項を適時に判断し、或いは、すでに結論を得た事項についても、その結論に影響した要因の変化に応じて所要の修正を加えることが必要である。
③ 状況判断は、以下の手順で考察する。
●任務分析を行い、具体的に達成すべき目標とその目的を明らかにする。
地域の特性、敵情及び我が状況、相対戦闘力、敵の可能行動(将来、敵が行う可能性がある行動)を把握する。
●任務達成のため、実行可能な我が行動方針(行動のための選択肢)を列挙する。
●敵の可能行動と我が行動方針を組み合わせて、各行動方針を分析し、行動方針の特性、問題点、実行の可能度、処置すべき事項を明らかにする。分析を通じて、行動方針を比較するための要因を抽出する。
●行動方針の比較に当たっては、比較のための要因の選定評価を適切に実施すると共に、比較の結果を総合的に判断して、最良の行動方針を選定する。
●結論は、比較により選定した行動方針に基づき完成する。
この際、5W1Hのうち、必要事項を決定する。
④ 決心は、戦機に投じた決断をもって決定すべきものである。状況不明等の理由により、決心を躊躇ってはならない。決心は、堅確で、常に強固な意志をもってこれを遂行しなければならない。
指揮官の決心が動揺すれば、指揮は自ずから乱れ、部隊は混乱するに至る。
決心はその前提要因に重大な変化が生じない限り、妄りに変更してはならない。
しかしながら戦場においては、予測できない状況の変化が生起することも少なくない。
予測不能の状況変化に対応する融通性と決心の堅確性との調和について考慮しなくてはならない。 (以上)
ここでは、状況判断と決心は、まったく別の「意思決定」であることを、はっきりと解説しています。
状況判断は、将来行う行動についての最良の選択肢を選択することであり、
決心は、選択した行動コースを実行に移すタイミングを決定することです。
状況判断は、不確実性に満ちた将来時点の行動を決定するため、微かな兆候を見逃さず、まだ、顕在化していない将来の状況変化を予測し、問題事象を先取りする事が重要です。決心は、状況判断で決定した行動を実行に移す決断をするため、当面の状況変化を観察し、好機をとらえることが重要です。
一つの行動に対し、2段階の決定があるという事、そして、夫々の決定には、「将来の状況予測」と「当面の状況観察」が根拠になっているという事を、良く理解する必要があります。
地方自治体・災害対策本部が行う災害・危機対応行動に関する意思決定にも、陸自と同じように、二つの意味があります。最良の選択肢を選択する「状況判断という名の意思決定」と実行のタイミングを決断する「決心という名の意思決定」です。
3 災害対策本部の指揮活動にとって、「状況判断」が、特に重要です。
多くの災害対策本部において「状況判断」は、あまり行われていない様に見受けられます。
冒頭で、識者が「災害対策本部は意思決定機関ではない」と言い切った理由は、此処にあると思います。我々が、将来の問題事象を予測し、災害対応を戦略的に実行しようと考えるならば、「状況判断」の文脈とか、その知識ノウハウを良く理解しなければなりません。
状況判断は、「行為に先立って行う選択」、「行為に導く選択のプロセス」です。
「選択(choice)とは、それが合理的である限りにおいて、いくつかの選択肢の中から、一つの選択肢を選び出すこと(selection)を意味しています。
状況判断とは、「行動のコース」に関する「選択肢」の中から、最良の選択肢を選択することです。「選択肢のなかからの選び出し」という意思決定概念には、二つの要素が含まれています。即ち、「選択肢」と「選び出し」です。
「選択肢」、即ち、選び出すことのできる「行動コース」の考察には、経験的知識が必要ですが、常に、経験的に分かり切っている問題ばかりであるとは限りません。
初めて経験する問題の場合には,創意工夫して、それを解決するための「行動コース」を創出しなければなりません。また、過去に経験した種類の問題であっても、過去と異なる環境条件から、現在検討中の選択肢(行動コース)がもたらす諸結果を、予め正確に予測する事はできません。
このため、意思決定においては、「選択肢」の「選び出し」という局面だけを扱うのでは不十分です。意思決定は、単なる選択肢の選択ではなく、トータルとしての「問題解決行動」であると認識する必要があります。
問題の察知と察知した問題の定型化(何が問題か、なぜ問題か、どのように問題か)を行い、問題解決のための選択肢の創造、選択肢の評価と比較を経て、最終的な「選び出し」へと至る一連の段階的なプロセスとして考察されなくてはなりません。
一方、人間個人とか、チームには、認知したり、理解したり、予測したり、創造したりする能力に限界があるという意味において、組織の意思決定に完璧な合理性を求める事は不可能であるという事を認識する必要があります。そこにあるのは、「制約された範囲の合理性」です。
また、選択肢の探索や情報収集活動には時間が掛かるだけではなくて、殆ど全ての決定にはタイム・リミットがあります。制約された時間の中で実施した活動に完全性を要求することはできません。
それでも、状況判断を回避する理由にはなりません。
プロ棋士による囲碁対局に共通するものを感じます。
彼らは、制約条件の中での状況判断に、自分の全てを賭けます。
4 地方自治体・災害対策本部における意思決定不全問題の核心は何か。
2種類の意思決定を良く理解し、使い分けている地方自治体・災害対策本部は、殆どないと、言い切ることが出来ます。
このことから派生する地方自治体・災対本部の意志決定の問題事象は以下の通りである。
災対本部の意思決定問題の核心は、状況判断をしないことにあると考えています。
状況判断をしない原因を文脈的に辿ると、下表にまとめた色々な原因が想い浮かびます。
夫々の自治体に、夫々の事情がありますが、ここで原因分析した範囲の中に、問題の核心が存在すると考えます。各自治体は、夫々の事情を、良く斟酌して、原因・課題を明らかにして、出来る事から対策を検討することが大切と思います。
5 おわりに
意思決定、特に、状況判断は、自治体の災害対応を戦略的に実行しようとするなら、欠かすことが出来ない、最も重要な指揮業務です。
状況判断は、未来の行動に関わる選択肢の選び出しです。未来の行動を意思決定して、選択肢の中から選び出すことは、現実へのコミットメントであり、不確実なもの(リスク)を、責任をもって引き受ける約束をする事を意味します。
そこには、明確な結果責任が生まれます。意思決定にかかわる幹部職員は、結果責任から逃れることはできません。彼等にとって、時には、自らの状況判断を唯一の武器にして、勝負を賭けるプロ棋士の心意気を想う事も、必要かもしれません。
そのような心構えの中から、「未来予測に」「選択肢の創案に」「トレードオフの判断に」真剣味が生まれるのです。それは、被災地・被災住民にとって、大変有り難い事です。
(以上)
災害対策本部は「意思決定機関」ではなく情報を収集伝達する「情報センター」であると言い切る識者がいます。
それは、意思決定をしない現状に対し、否定的な意味を込めて言い表した意見か、現状を肯定的に観た意見か、私には、良く分かりません。
前者の意見であれば、私も賛同です。私は、災害対策本部の現状に、やるべき事が為されていないという意味で、意思決定の不全状態を感じています。
今回は、災害対策本部の意思決定の不全状態について、感じていることをお話します。
2 陸上自衛隊が行っている「意思決定」を参考例として紹介します。
陸上自衛隊の最高レベルの教範「野外令」に、「状況判断」と「決心」について、以下のような記述があります。
① 状況判断は、指揮官が任務達成のため、最良の行動方針を決定するために行うものであり、決心は、状況判断に基づく最良の行動方針を実行に移す指揮官意志の決定である。指揮官は、継続的に状況判断を行い、適時適切に決心しなければならない。
② 状況判断は、任務を基礎とし、「何を」「いつ」決定すべきかを至当に判断する事は状況判断の基本的要件である。状況判断は、不断に変化し、かつ、推移する状況に即応するように継続的に行わなければならない。このため作戦の進展に伴い必要な事項を適時に判断し、或いは、すでに結論を得た事項についても、その結論に影響した要因の変化に応じて所要の修正を加えることが必要である。
③ 状況判断は、以下の手順で考察する。
●任務分析を行い、具体的に達成すべき目標とその目的を明らかにする。
地域の特性、敵情及び我が状況、相対戦闘力、敵の可能行動(将来、敵が行う可能性がある行動)を把握する。
●任務達成のため、実行可能な我が行動方針(行動のための選択肢)を列挙する。
●敵の可能行動と我が行動方針を組み合わせて、各行動方針を分析し、行動方針の特性、問題点、実行の可能度、処置すべき事項を明らかにする。分析を通じて、行動方針を比較するための要因を抽出する。
●行動方針の比較に当たっては、比較のための要因の選定評価を適切に実施すると共に、比較の結果を総合的に判断して、最良の行動方針を選定する。
●結論は、比較により選定した行動方針に基づき完成する。
この際、5W1Hのうち、必要事項を決定する。
④ 決心は、戦機に投じた決断をもって決定すべきものである。状況不明等の理由により、決心を躊躇ってはならない。決心は、堅確で、常に強固な意志をもってこれを遂行しなければならない。
指揮官の決心が動揺すれば、指揮は自ずから乱れ、部隊は混乱するに至る。
決心はその前提要因に重大な変化が生じない限り、妄りに変更してはならない。
しかしながら戦場においては、予測できない状況の変化が生起することも少なくない。
予測不能の状況変化に対応する融通性と決心の堅確性との調和について考慮しなくてはならない。 (以上)
ここでは、状況判断と決心は、まったく別の「意思決定」であることを、はっきりと解説しています。
状況判断は、将来行う行動についての最良の選択肢を選択することであり、
決心は、選択した行動コースを実行に移すタイミングを決定することです。
状況判断は、不確実性に満ちた将来時点の行動を決定するため、微かな兆候を見逃さず、まだ、顕在化していない将来の状況変化を予測し、問題事象を先取りする事が重要です。決心は、状況判断で決定した行動を実行に移す決断をするため、当面の状況変化を観察し、好機をとらえることが重要です。
一つの行動に対し、2段階の決定があるという事、そして、夫々の決定には、「将来の状況予測」と「当面の状況観察」が根拠になっているという事を、良く理解する必要があります。
地方自治体・災害対策本部が行う災害・危機対応行動に関する意思決定にも、陸自と同じように、二つの意味があります。最良の選択肢を選択する「状況判断という名の意思決定」と実行のタイミングを決断する「決心という名の意思決定」です。
3 災害対策本部の指揮活動にとって、「状況判断」が、特に重要です。
多くの災害対策本部において「状況判断」は、あまり行われていない様に見受けられます。
冒頭で、識者が「災害対策本部は意思決定機関ではない」と言い切った理由は、此処にあると思います。我々が、将来の問題事象を予測し、災害対応を戦略的に実行しようと考えるならば、「状況判断」の文脈とか、その知識ノウハウを良く理解しなければなりません。
状況判断は、「行為に先立って行う選択」、「行為に導く選択のプロセス」です。
「選択(choice)とは、それが合理的である限りにおいて、いくつかの選択肢の中から、一つの選択肢を選び出すこと(selection)を意味しています。
状況判断とは、「行動のコース」に関する「選択肢」の中から、最良の選択肢を選択することです。「選択肢のなかからの選び出し」という意思決定概念には、二つの要素が含まれています。即ち、「選択肢」と「選び出し」です。
「選択肢」、即ち、選び出すことのできる「行動コース」の考察には、経験的知識が必要ですが、常に、経験的に分かり切っている問題ばかりであるとは限りません。
初めて経験する問題の場合には,創意工夫して、それを解決するための「行動コース」を創出しなければなりません。また、過去に経験した種類の問題であっても、過去と異なる環境条件から、現在検討中の選択肢(行動コース)がもたらす諸結果を、予め正確に予測する事はできません。
このため、意思決定においては、「選択肢」の「選び出し」という局面だけを扱うのでは不十分です。意思決定は、単なる選択肢の選択ではなく、トータルとしての「問題解決行動」であると認識する必要があります。
問題の察知と察知した問題の定型化(何が問題か、なぜ問題か、どのように問題か)を行い、問題解決のための選択肢の創造、選択肢の評価と比較を経て、最終的な「選び出し」へと至る一連の段階的なプロセスとして考察されなくてはなりません。
一方、人間個人とか、チームには、認知したり、理解したり、予測したり、創造したりする能力に限界があるという意味において、組織の意思決定に完璧な合理性を求める事は不可能であるという事を認識する必要があります。そこにあるのは、「制約された範囲の合理性」です。
また、選択肢の探索や情報収集活動には時間が掛かるだけではなくて、殆ど全ての決定にはタイム・リミットがあります。制約された時間の中で実施した活動に完全性を要求することはできません。
それでも、状況判断を回避する理由にはなりません。
プロ棋士による囲碁対局に共通するものを感じます。
彼らは、制約条件の中での状況判断に、自分の全てを賭けます。
4 地方自治体・災害対策本部における意思決定不全問題の核心は何か。
2種類の意思決定を良く理解し、使い分けている地方自治体・災害対策本部は、殆どないと、言い切ることが出来ます。
このことから派生する地方自治体・災対本部の意志決定の問題事象は以下の通りである。
災対本部の意思決定問題の核心は、状況判断をしないことにあると考えています。
状況判断をしない原因を文脈的に辿ると、下表にまとめた色々な原因が想い浮かびます。
夫々の自治体に、夫々の事情がありますが、ここで原因分析した範囲の中に、問題の核心が存在すると考えます。各自治体は、夫々の事情を、良く斟酌して、原因・課題を明らかにして、出来る事から対策を検討することが大切と思います。
5 おわりに
意思決定、特に、状況判断は、自治体の災害対応を戦略的に実行しようとするなら、欠かすことが出来ない、最も重要な指揮業務です。
状況判断は、未来の行動に関わる選択肢の選び出しです。未来の行動を意思決定して、選択肢の中から選び出すことは、現実へのコミットメントであり、不確実なもの(リスク)を、責任をもって引き受ける約束をする事を意味します。
そこには、明確な結果責任が生まれます。意思決定にかかわる幹部職員は、結果責任から逃れることはできません。彼等にとって、時には、自らの状況判断を唯一の武器にして、勝負を賭けるプロ棋士の心意気を想う事も、必要かもしれません。
そのような心構えの中から、「未来予測に」「選択肢の創案に」「トレードオフの判断に」真剣味が生まれるのです。それは、被災地・被災住民にとって、大変有り難い事です。
(以上)
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳