2017/01/19
NTTセキュアプラットホーム研究所における意見交換会
先日、武蔵野市にあるNTTセキュアプラットホーム研究所に呼ばれ、前田理事以下、危機管理運用グループの研究員の皆さんと意見交換する機会がありました。会議の冒頭に時間を頂いて、私から災害時における地方自治体・災害対策本部を例に取り上げて、状況判断・指揮活動の「どこが、なぜ、問題なのか」ということについて話しました。彼等には、私が話す地方自治体の現状問題点から、グループ企業が持つ共通の問題点に思いを致して、「状況判断・指揮手順の標準化といった運用研究」や、「指揮支援システムの研究開発」に役立ててもらいたいという狙いがありました。以下、そこで私がお話した内容について、掲載します。一昨年の6月~7月に掲載したブログ「第10回情報連絡会資料」と合わせて、読んでいただくと、問題点の理解に役立つと思います。
「災害時における地方自治体災害対策本部の現状・問題点」について
1 はじめに
地方自治体は、緊急事態発生時において、重要な意思決定をタイムリーに行い、その決定に基づいて災害救助活動のオペレーションを的確に指揮・調整することが苦手であると良く言われる。私自身、それに近い認識を持っている。地方自治体が、緊急時の意思決定を含めた指揮活動が巧くできない原因は、「日頃の業務を通じて培われた行政マンとしての倫理観、慣れ親しんでいる役所の政策決定の仕組み、実務で叩き込まれた業務処理の慣習等」が、緊急時の環境と相いれないことにあるというのは、事実である。私自身、役所で危機管理監として勤務している間に、何度も、次のような問題に気付いたことがある。
2 災害対策本部の状況判断指揮活動の問題
(1)ミッション不在の災害対策本部経営
災害・危機に直面した地方自治体・災害対策本部が、許容時間内に、限りある対処力を指揮して、地域社会にとって有益なことを実現するためには、リスクから入る経営(指揮)管理(リスクマネジメント)よりも、ミッションから始まる経営(指揮)管理(ミッションマネジメント)を実行することが、より重要である。そのためには、意思決定やプラニングの背後には、常に、ミッションが意識されなくてはならない。本部スタッフは、ミッションを理解し、ミッションを念頭に置いて、ミッション達成のための意思決定ノウハウとか、ミッション達成方策を具体化したオペレーション計画のプラニング手順に、習熟する必要がある。災害救助活動に従事する現場の職員も、一人一人がミッションを理解して、その場の判断をすることが求められる。しかし、現実の災害対策本部経営において、ミッションが議論されたことは、私の記憶では全くない。自治体が行う災害対応のための判断・行動が、ミッションに準拠して行われることは、殆どないと理解して良いと思う。要するに、行き当たりバッタリの経営である。
(2)行政の平等対応主義の弊害
地域には色々な立場の住民が住んでいる。彼等から、行政の事業についてクレームがつかないように、夫々の立場に配慮した「平等対応主義」が職員の意識に浸透している。このため、有事対応に必須な「対策のトレードオフ」や「対応の優先順位」といった住民対応に差別を付ける考え方や決断は、多くの職員から支持されにくい。
(3)「何もかもできる」という錯覚
地方自治体は、必要な災害対策メニューを総花的に展開した「地域防災計画」を災害対処のための唯一無二の根拠計画と位置付けている。しかし、この計画では、想定災害についてのリソースの需給に関する量的検討は行われておらず、対策の実行の可能性は、全く評価されていない。平素から、この種の計画に親しんでいる本部職員の多くは、事に臨んで、選択肢の実行の可能性を検討する事に関心を示さない。よしんば、誰かがそのような関心を持ったとしても、正しい考察手順により、実行の可能性を分析評価する事が出来る職員は殆どいない。評価するためには、「この仕事を完遂するには、どれだけのリソース量(延べ部隊数)が必要」という「運用尺度」が必須であるが、そのような尺度を経験的に持ち合わせている職員は存在しないのである。「何もかもできるわけではない」という問題意識が希薄なため、眼前に広がる諸問題の影響度を評価し、「何かを選択し、何かを捨てる」というトレードオフを決断する必要性を、真に理解する事ができる職員がいない。
(4)ボトムアップ方式と集団合意形成体制が合体した政策決定方式の弊害
時間を掛けて物事を慎重に検討し、抜け漏れのない行政対応を行うために考えられた「ボトムアップ方式」と「各部の代表を構成メンバーとする集団合意形成体制」が合体した「政策決定方式」が平時の組織内に深く定着している。庁内の意思決定は、すべからく、この方式に則って行われるべきという認識が自治体職員の間に浸透している。この政策決定方式が、災害対策本部で実施する緊急時の意思決定方式にも採用されているため、緊急事態に直面した際に、組織として優先すべき事項を素早く判定し、タイムリーに意思決定することが不得意である。トップが自己の責任において、迅速果断に決断し、部下に対し、「思い切ってやれ、全ての責任は俺がとる」という形のリーダーシップの発揮は、この体制の中では必要とされていない。
(5)担当者の都合(準備状況)で進められるボトムアップ方式による仕事のペース
担当職員には、トップのニーズに合わせて、「何を、いつまでに完成」というように、時間を区切って仕事をするやり方は、通常の業務では求められていない。彼らは、その様なやり方では仕事に責任が持てないと認識している。手の内で温めた仕事をリリースするタイミングは、担当者が握っている。仕事の準備に自信が持てるまで、彼らは手の内の仕事をリリースしないのである。そのような仕事に対する慣習が、「時間に間に合う仕事をする」という有事時対応の要諦を軽視する原因となり、オペレーショナルリスクを生む背景となっている。「短時間で物事を深く考察して、合理的な判断に到達する能力」こそ、緊急時の本部運営に欠くことが出来ない重要な能力であるが、ボトムアップ方式を取り入れている職場では、この能力を鍛えるOJTの機会は、端から存在しないと思う。
(6)縦割り制度の弊害
平時の行政業務(有事に予想される業務ではない)を、効率的に処理するために設けられた「縦割り行政制度」が災害対策本部にも適用されている。これにより、各部署が持つ断片情報が繋がらず、災害の全体像把握を困難にすることがある。また、様々な原因が複合的に絡んだ複雑な問題が発生した場合であっても、既存部署に所管を決定するため、問題の真の性質を見極めることなく矮小化し、入口の段階から、総合的対応を困難にしてしまう可能性がある。よしんば、問題の複合的な性格を見抜いた場合であっても、災害対応業務は夫々のサイロの中で行われるため、情報共有が出来ず、協同連携を困難にする恐れがある。
(7)災害・危機対応のプロの技を育成することの困難性
●「トップダウン方式」の業務処理に対する抵抗
非常事態に対応する組織のトップは、ミッションを効果的に達成するため、状況の推移を予測して「何を、いつ、判断すべきか」を継続的に判断しなくてはならない。その判断に基づき、トップはスタッフの補佐を受けて、個々の問題について適時に状況判断を行い、プラニングをし、部下組織の行動を指揮統制する。トップは、状況判断に必要な情報をタイムリーに入手するため、スタッフに対し、前もって情報活動に関する「ガイドライン」を指示する。スタッフは、ガイドラインを分析し「いかなる情報を、いつまでに報告」という目標を確立して、トップが要求する情報を適時に提供するため、情報活動の「インテリジェンスプロセス」を開始する。この「トップダウン方式」の業務処理に対する最大の抵抗勢力は、管理職の中に存在するのである。
●プロフェッショナルの「技と知見」集約の困難性
緊急時において、本部業務の円滑な運営を可能にするのは「時間のマネジメント」である。トップダウン方式は、「時間のマネジメント」によって成り立っている。そして、トップダウン方式の業務処理を支えるのは、プロの技と知見である。時間のマネジメントの失敗による対応の遅れは「災害の拡大」を意味する。緊急時においては、あらゆる仕事は「時間に間に合わせる」事が必須の要件である。そこでは、「巧遅より、むしろ拙速が尊ばれる」のである。短時間で物事を深く考察し合理的に判断する能力は、緊急時の本部運営に欠くことが出来ない能力である。その力によって、スケジュールに定められた時間内に整斉と業務を完遂させることが出来るのである。これは、災害・危機対応のプロの技と知見によって、はじめて実現するのであるが、実は、「プロの技と知見」を持った人が、野に埋もれており、身近に存在しない。彼等を見つけ出し、その「技と知見」を集約、標準化、体系化、データベース化して、経験が乏しい職員でも活用できるような形にまとめ上げることは手間が掛かる大変な仕事である。
3 おわりに
地方自治体は、平時の政策決定の仕組みを、災害対策本部の意思決定の仕組みに取り入れているため、緊急時の対応には、重大なオペレーショナルリスクが発生する可能性があることは、既に申し上げた。自然災害対応においては、「災害誘因たる地震や台風が、地域社会に何をもたらすか」は問題ではない。それに対する人間の対応が問題なのである。危機管理対応の運用研究をする際には、人間の行動がもたらすオペレーショナルリスクにフォーカスすることが大切である。災害時の対応行動は、全て、その状況が許す許容時間内に行われなければならない。我々が最も重視すべきリスクは、「対応の遅れ」である。今回は、災害対策本部が「対応の遅れ」というオペレーショナルリスクを生み出す可能性を有している問題を取り上げた。また、ここで触れている「プロの技や知見」は、緊急事態におけるオペレーショナルリスクを回避してミッションを達成するために、鍛え抜かれた技と知見を意味する。その「技と知見」を集約、標準化、体系化、データベース化することは、災害危機管理対応を考えるうえで、先ず、やらなければならない1丁目1番地であると考えている。
以上
「災害時における地方自治体災害対策本部の現状・問題点」について
1 はじめに
地方自治体は、緊急事態発生時において、重要な意思決定をタイムリーに行い、その決定に基づいて災害救助活動のオペレーションを的確に指揮・調整することが苦手であると良く言われる。私自身、それに近い認識を持っている。地方自治体が、緊急時の意思決定を含めた指揮活動が巧くできない原因は、「日頃の業務を通じて培われた行政マンとしての倫理観、慣れ親しんでいる役所の政策決定の仕組み、実務で叩き込まれた業務処理の慣習等」が、緊急時の環境と相いれないことにあるというのは、事実である。私自身、役所で危機管理監として勤務している間に、何度も、次のような問題に気付いたことがある。
2 災害対策本部の状況判断指揮活動の問題
(1)ミッション不在の災害対策本部経営
災害・危機に直面した地方自治体・災害対策本部が、許容時間内に、限りある対処力を指揮して、地域社会にとって有益なことを実現するためには、リスクから入る経営(指揮)管理(リスクマネジメント)よりも、ミッションから始まる経営(指揮)管理(ミッションマネジメント)を実行することが、より重要である。そのためには、意思決定やプラニングの背後には、常に、ミッションが意識されなくてはならない。本部スタッフは、ミッションを理解し、ミッションを念頭に置いて、ミッション達成のための意思決定ノウハウとか、ミッション達成方策を具体化したオペレーション計画のプラニング手順に、習熟する必要がある。災害救助活動に従事する現場の職員も、一人一人がミッションを理解して、その場の判断をすることが求められる。しかし、現実の災害対策本部経営において、ミッションが議論されたことは、私の記憶では全くない。自治体が行う災害対応のための判断・行動が、ミッションに準拠して行われることは、殆どないと理解して良いと思う。要するに、行き当たりバッタリの経営である。
(2)行政の平等対応主義の弊害
地域には色々な立場の住民が住んでいる。彼等から、行政の事業についてクレームがつかないように、夫々の立場に配慮した「平等対応主義」が職員の意識に浸透している。このため、有事対応に必須な「対策のトレードオフ」や「対応の優先順位」といった住民対応に差別を付ける考え方や決断は、多くの職員から支持されにくい。
(3)「何もかもできる」という錯覚
地方自治体は、必要な災害対策メニューを総花的に展開した「地域防災計画」を災害対処のための唯一無二の根拠計画と位置付けている。しかし、この計画では、想定災害についてのリソースの需給に関する量的検討は行われておらず、対策の実行の可能性は、全く評価されていない。平素から、この種の計画に親しんでいる本部職員の多くは、事に臨んで、選択肢の実行の可能性を検討する事に関心を示さない。よしんば、誰かがそのような関心を持ったとしても、正しい考察手順により、実行の可能性を分析評価する事が出来る職員は殆どいない。評価するためには、「この仕事を完遂するには、どれだけのリソース量(延べ部隊数)が必要」という「運用尺度」が必須であるが、そのような尺度を経験的に持ち合わせている職員は存在しないのである。「何もかもできるわけではない」という問題意識が希薄なため、眼前に広がる諸問題の影響度を評価し、「何かを選択し、何かを捨てる」というトレードオフを決断する必要性を、真に理解する事ができる職員がいない。
(4)ボトムアップ方式と集団合意形成体制が合体した政策決定方式の弊害
時間を掛けて物事を慎重に検討し、抜け漏れのない行政対応を行うために考えられた「ボトムアップ方式」と「各部の代表を構成メンバーとする集団合意形成体制」が合体した「政策決定方式」が平時の組織内に深く定着している。庁内の意思決定は、すべからく、この方式に則って行われるべきという認識が自治体職員の間に浸透している。この政策決定方式が、災害対策本部で実施する緊急時の意思決定方式にも採用されているため、緊急事態に直面した際に、組織として優先すべき事項を素早く判定し、タイムリーに意思決定することが不得意である。トップが自己の責任において、迅速果断に決断し、部下に対し、「思い切ってやれ、全ての責任は俺がとる」という形のリーダーシップの発揮は、この体制の中では必要とされていない。
(5)担当者の都合(準備状況)で進められるボトムアップ方式による仕事のペース
担当職員には、トップのニーズに合わせて、「何を、いつまでに完成」というように、時間を区切って仕事をするやり方は、通常の業務では求められていない。彼らは、その様なやり方では仕事に責任が持てないと認識している。手の内で温めた仕事をリリースするタイミングは、担当者が握っている。仕事の準備に自信が持てるまで、彼らは手の内の仕事をリリースしないのである。そのような仕事に対する慣習が、「時間に間に合う仕事をする」という有事時対応の要諦を軽視する原因となり、オペレーショナルリスクを生む背景となっている。「短時間で物事を深く考察して、合理的な判断に到達する能力」こそ、緊急時の本部運営に欠くことが出来ない重要な能力であるが、ボトムアップ方式を取り入れている職場では、この能力を鍛えるOJTの機会は、端から存在しないと思う。
(6)縦割り制度の弊害
平時の行政業務(有事に予想される業務ではない)を、効率的に処理するために設けられた「縦割り行政制度」が災害対策本部にも適用されている。これにより、各部署が持つ断片情報が繋がらず、災害の全体像把握を困難にすることがある。また、様々な原因が複合的に絡んだ複雑な問題が発生した場合であっても、既存部署に所管を決定するため、問題の真の性質を見極めることなく矮小化し、入口の段階から、総合的対応を困難にしてしまう可能性がある。よしんば、問題の複合的な性格を見抜いた場合であっても、災害対応業務は夫々のサイロの中で行われるため、情報共有が出来ず、協同連携を困難にする恐れがある。
(7)災害・危機対応のプロの技を育成することの困難性
●「トップダウン方式」の業務処理に対する抵抗
非常事態に対応する組織のトップは、ミッションを効果的に達成するため、状況の推移を予測して「何を、いつ、判断すべきか」を継続的に判断しなくてはならない。その判断に基づき、トップはスタッフの補佐を受けて、個々の問題について適時に状況判断を行い、プラニングをし、部下組織の行動を指揮統制する。トップは、状況判断に必要な情報をタイムリーに入手するため、スタッフに対し、前もって情報活動に関する「ガイドライン」を指示する。スタッフは、ガイドラインを分析し「いかなる情報を、いつまでに報告」という目標を確立して、トップが要求する情報を適時に提供するため、情報活動の「インテリジェンスプロセス」を開始する。この「トップダウン方式」の業務処理に対する最大の抵抗勢力は、管理職の中に存在するのである。
●プロフェッショナルの「技と知見」集約の困難性
緊急時において、本部業務の円滑な運営を可能にするのは「時間のマネジメント」である。トップダウン方式は、「時間のマネジメント」によって成り立っている。そして、トップダウン方式の業務処理を支えるのは、プロの技と知見である。時間のマネジメントの失敗による対応の遅れは「災害の拡大」を意味する。緊急時においては、あらゆる仕事は「時間に間に合わせる」事が必須の要件である。そこでは、「巧遅より、むしろ拙速が尊ばれる」のである。短時間で物事を深く考察し合理的に判断する能力は、緊急時の本部運営に欠くことが出来ない能力である。その力によって、スケジュールに定められた時間内に整斉と業務を完遂させることが出来るのである。これは、災害・危機対応のプロの技と知見によって、はじめて実現するのであるが、実は、「プロの技と知見」を持った人が、野に埋もれており、身近に存在しない。彼等を見つけ出し、その「技と知見」を集約、標準化、体系化、データベース化して、経験が乏しい職員でも活用できるような形にまとめ上げることは手間が掛かる大変な仕事である。
3 おわりに
地方自治体は、平時の政策決定の仕組みを、災害対策本部の意思決定の仕組みに取り入れているため、緊急時の対応には、重大なオペレーショナルリスクが発生する可能性があることは、既に申し上げた。自然災害対応においては、「災害誘因たる地震や台風が、地域社会に何をもたらすか」は問題ではない。それに対する人間の対応が問題なのである。危機管理対応の運用研究をする際には、人間の行動がもたらすオペレーショナルリスクにフォーカスすることが大切である。災害時の対応行動は、全て、その状況が許す許容時間内に行われなければならない。我々が最も重視すべきリスクは、「対応の遅れ」である。今回は、災害対策本部が「対応の遅れ」というオペレーショナルリスクを生み出す可能性を有している問題を取り上げた。また、ここで触れている「プロの技や知見」は、緊急事態におけるオペレーショナルリスクを回避してミッションを達成するために、鍛え抜かれた技と知見を意味する。その「技と知見」を集約、標準化、体系化、データベース化することは、災害危機管理対応を考えるうえで、先ず、やらなければならない1丁目1番地であると考えている。
以上
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳