2017/03/09
情報活動における状況の把握について
1 はじめに
今回は、大規模地震災害という場面を捉えて、災害発生直後の地方自治体の情報活動について、実務に役立つ少し専門的なお話をします。「状況の全体像把握」についての話です。多くの識者は、地震発生直後の情報活動において、「災害の全体像把握は、災害対応の成否を左右する重要課題である。」と云います。その通りだと思います。「状況の全体像把握」が、何故、そのように重大な課題なのでしょうか?そこには、危機管理組織の宿命的な事情があります。一つは、危機管理組織が活動する世界は、不確実性が支配する状況不明が常態の世界であるという事です。現在の情報科学技術は、その状態をある程度改善してくれますが、100%改善してくれるわけではありません。危機管理組織が活動する世界は、今も、今後も、不確実性な世界です。もう一つは、危機管理組織の活動を支配する時間的要素です。危機管理組織は、今そこにあるリスクに対処するために、不確実な状況の中でも、決断し、行動しなければなりません。そこで求められるものは、「決断の適時性」です。そこには状況の完全解明を待てない事情があるのです。そのような状況の下における「状況の全体像把握」は、単に、情報収集活動結果の集約作業ではなく、「今の状況は、恐らく、こうであろう。」という判断です。全体像把握が重要であるといわれる背景には、そのような事情があるという事を理解しなくてはなりません。私が勤務したことのある地方自治体で、災対本部の情報・意思決定業務に従事している職員に尋ねてみると、殆どの職員が、全体像を把握することの重要性を理解しているように見受けられました。しかし、以下に挙げた質問に答えられた職員は、殆どいませんでした。
〇何故、全体像の把握が重要視されるのか?
〇そもそも全体像とは何か?
〇全体像の把握は、どのように行うのか?
〇把握した全体像は、どのように役立てられるのか?
今回は、災対本部の職員が「災害の全体像把握」という課題を、一般論ではなく、情報・意思決定業務に役立つレベルまで、理解を深めることを目指して考察を進めていきます。
2 災害状況の全体像とは何か?
情報は、常に断片です。「全体像」という情報は存在しません。そういう意味から云うと、「全体像」とは、断片情報のパッチワークです。発災直後の混乱期のように、大半の情報ピースが欠落している時にあっては、「全体像」とは、人間の想像力によって創られた産物です。ですから、知りたい情報は想像して「創る」という作業が必要になります。捏造するという意味ではありません。この頭脳作業を本部で担当する「情報アナリスト」は事務屋ではありません。アナリストは「絵画の構図」の如きイメージを持たなくてはなりません。自分の感覚をフルに発揮して何かを創造する芸術家の感性を持った人間でなくては務まりません。この空間イメージが欠落していると、何を見ても、いくつ見ても、状況は断片の集合体としか見えません。全体像把握とは、情報の集約作業であるという認識しか持てないのです。一つの情報と別の情報の関係性が見えてこないのです。ですから、どれだけ情報が集まっても、「これで良し」という出来上がりの姿(画像)がイメージできないのです。先ずは、「全体像とはアナリストが認識する世界観である。」ということを認識する必要があります。アナリストは、情報を入手する前に、自分の意識の中にまだ観たことのない世界を描いているのです。
3 災害構図の作成は、どのように行うのか?
一旦、巨大複合災害が発生した場合、各地区で様々な種類・規模の個別災害が発生すると予想されます。アナリストは、被害想定に基づき、色々な可能性を考慮して、考えられる個別災害事象の全てについて、「いつ、何処で、どのような種類・規模の災害が、どのようなプロセスを経て発生する」という仮説シナリオを立てます。立案した仮説は地形図の上に展開していきます。こうして出来上がった仮説の展開図が、「災害構図」となるのです。災害構図は、巨大地震災害の構図とか風水害の構図といったように、災害の種類ごとに作成します。
4 構図に基づく実状況の把握は、どのように行うのか?
災害の発生後、被害想定を参考にして設想した仮説の被害状況は情報収集活動によって得られた事実に基づく断片情報に一つ一つ置き換えられていきます。アナリストは、情報のパーツを集め、全体構図を下敷きにしながら、見えない部分を推定して、災害という氷山の全体像を描いていきます。災害の全体像を把握するためには、報告された現実の災害状況を地図上にプロットし、地図の空白部分については、その地区で設想されている被害状況を参考にして空白の意味するところを探ります。その上で、空白部分の被害状況を推定し、その時点で設想した状況として仮置きします。設想状況を含む被害状況図がその時点における災害状況の全体像です。設想した状況は、その後、新しい情報の入手により実情報に置き換えていきます。優れたアナリストは、一つ一つのピースをジグソーパズルのように繋ぎ合わせながら、自分が描いた全体イメージの中に嵌め込んでいきます。彼は、「何が不足しているか」が良く分かっています。構図(空間配置)に合わない材料が手に入っても使いません。現実の情報活動において、全てのピースが揃うという事はありません。一つのピースを基に、欠落している部分の意味を洞察していくのです。このような作業によって、仮説シナリオのリアリティが補強されていきます。このプロセスが仮説の検証であり、検証は災害構図の構成要素になっている個々の仮説について、並行的に実施します。アナリストの検証で勝ち残り、確からしさを立証された仮説の集合体が災害状況の全体像です。当然、この検証作業で全ての事実が明らかになるという事はありません。仮説の中に織り込まれている不確実性が、ある程度小さくなるということであろうと思います。この作業で、想定した仮説の内容が変更されることがあります。仮説そのものが否定されることもあります。想定外の事態に気付いたら、その事を有力な仮説として災害構図そのものを修正することが必要です。この考察に当たっては、全体像について、先入観にとらわれず、柔軟なモノの見方をすることが大変重要です。
5 創り上げた「災害状況の全体像」は、どのように使われるのか?
災害の全体像把握は、インテリジェンスプロセスの最終段階でアナリストが本部長の情報要求に応えるため、現に発生しつつある災害事態の緊急性や重大性を分析評価し、今後の変化拡大を洞察するための考察を行う「前提条件を確定する」ために行います。「この前提で分析作業を行います。」という宣言です。これを「状況の特定」といいます。この段階で、まだ、色々と不明な点が残っていても、アナリスト自身が、事後の分析作業を遅れることなく予定通り進めるために重要な判定です。アナリストだけでなく、本部長も独自の判断を進めるため、本部の各スタッフも夫々の業務についての考察を進めるため、或いは、関係機関の指揮本部スタッフも自己組織に付与される予定任務の達成方法に関し、先行的に検討を進めるために、「状況の特定」を待っています。本部として、関係者全員の頭を揃えて、タイムリーに、災害問題に対応していくため、「現時点で認識している災害状況の全体像」について、タイミング良く、統一見解を示す必要があるのです。この段階で、不明なことは色々残っていても、例え、認識状況と現実状況が違っていても、危機対応組織というものは、部隊行動に統一性を持たせ、シンクロナイズしていくためには、関係者の状況認識を、適時に統一しなければならないのです。
6 おわりに
米軍の作戦用語にCOP(共通作戦状況図)というものがあります。現在、この用語が我が国の災害対応マネジメントの議論に、「状況認識の統一」という目的語として、よく登場します。ここでは、用語の使用法についての議論はしません。「災害状況の全体像」は、関係組織が状況認識を統一しておかなければならない、1丁目1番地であると考えます。
以上
今回は、大規模地震災害という場面を捉えて、災害発生直後の地方自治体の情報活動について、実務に役立つ少し専門的なお話をします。「状況の全体像把握」についての話です。多くの識者は、地震発生直後の情報活動において、「災害の全体像把握は、災害対応の成否を左右する重要課題である。」と云います。その通りだと思います。「状況の全体像把握」が、何故、そのように重大な課題なのでしょうか?そこには、危機管理組織の宿命的な事情があります。一つは、危機管理組織が活動する世界は、不確実性が支配する状況不明が常態の世界であるという事です。現在の情報科学技術は、その状態をある程度改善してくれますが、100%改善してくれるわけではありません。危機管理組織が活動する世界は、今も、今後も、不確実性な世界です。もう一つは、危機管理組織の活動を支配する時間的要素です。危機管理組織は、今そこにあるリスクに対処するために、不確実な状況の中でも、決断し、行動しなければなりません。そこで求められるものは、「決断の適時性」です。そこには状況の完全解明を待てない事情があるのです。そのような状況の下における「状況の全体像把握」は、単に、情報収集活動結果の集約作業ではなく、「今の状況は、恐らく、こうであろう。」という判断です。全体像把握が重要であるといわれる背景には、そのような事情があるという事を理解しなくてはなりません。私が勤務したことのある地方自治体で、災対本部の情報・意思決定業務に従事している職員に尋ねてみると、殆どの職員が、全体像を把握することの重要性を理解しているように見受けられました。しかし、以下に挙げた質問に答えられた職員は、殆どいませんでした。
〇何故、全体像の把握が重要視されるのか?
〇そもそも全体像とは何か?
〇全体像の把握は、どのように行うのか?
〇把握した全体像は、どのように役立てられるのか?
今回は、災対本部の職員が「災害の全体像把握」という課題を、一般論ではなく、情報・意思決定業務に役立つレベルまで、理解を深めることを目指して考察を進めていきます。
2 災害状況の全体像とは何か?
情報は、常に断片です。「全体像」という情報は存在しません。そういう意味から云うと、「全体像」とは、断片情報のパッチワークです。発災直後の混乱期のように、大半の情報ピースが欠落している時にあっては、「全体像」とは、人間の想像力によって創られた産物です。ですから、知りたい情報は想像して「創る」という作業が必要になります。捏造するという意味ではありません。この頭脳作業を本部で担当する「情報アナリスト」は事務屋ではありません。アナリストは「絵画の構図」の如きイメージを持たなくてはなりません。自分の感覚をフルに発揮して何かを創造する芸術家の感性を持った人間でなくては務まりません。この空間イメージが欠落していると、何を見ても、いくつ見ても、状況は断片の集合体としか見えません。全体像把握とは、情報の集約作業であるという認識しか持てないのです。一つの情報と別の情報の関係性が見えてこないのです。ですから、どれだけ情報が集まっても、「これで良し」という出来上がりの姿(画像)がイメージできないのです。先ずは、「全体像とはアナリストが認識する世界観である。」ということを認識する必要があります。アナリストは、情報を入手する前に、自分の意識の中にまだ観たことのない世界を描いているのです。
3 災害構図の作成は、どのように行うのか?
一旦、巨大複合災害が発生した場合、各地区で様々な種類・規模の個別災害が発生すると予想されます。アナリストは、被害想定に基づき、色々な可能性を考慮して、考えられる個別災害事象の全てについて、「いつ、何処で、どのような種類・規模の災害が、どのようなプロセスを経て発生する」という仮説シナリオを立てます。立案した仮説は地形図の上に展開していきます。こうして出来上がった仮説の展開図が、「災害構図」となるのです。災害構図は、巨大地震災害の構図とか風水害の構図といったように、災害の種類ごとに作成します。
4 構図に基づく実状況の把握は、どのように行うのか?
災害の発生後、被害想定を参考にして設想した仮説の被害状況は情報収集活動によって得られた事実に基づく断片情報に一つ一つ置き換えられていきます。アナリストは、情報のパーツを集め、全体構図を下敷きにしながら、見えない部分を推定して、災害という氷山の全体像を描いていきます。災害の全体像を把握するためには、報告された現実の災害状況を地図上にプロットし、地図の空白部分については、その地区で設想されている被害状況を参考にして空白の意味するところを探ります。その上で、空白部分の被害状況を推定し、その時点で設想した状況として仮置きします。設想状況を含む被害状況図がその時点における災害状況の全体像です。設想した状況は、その後、新しい情報の入手により実情報に置き換えていきます。優れたアナリストは、一つ一つのピースをジグソーパズルのように繋ぎ合わせながら、自分が描いた全体イメージの中に嵌め込んでいきます。彼は、「何が不足しているか」が良く分かっています。構図(空間配置)に合わない材料が手に入っても使いません。現実の情報活動において、全てのピースが揃うという事はありません。一つのピースを基に、欠落している部分の意味を洞察していくのです。このような作業によって、仮説シナリオのリアリティが補強されていきます。このプロセスが仮説の検証であり、検証は災害構図の構成要素になっている個々の仮説について、並行的に実施します。アナリストの検証で勝ち残り、確からしさを立証された仮説の集合体が災害状況の全体像です。当然、この検証作業で全ての事実が明らかになるという事はありません。仮説の中に織り込まれている不確実性が、ある程度小さくなるということであろうと思います。この作業で、想定した仮説の内容が変更されることがあります。仮説そのものが否定されることもあります。想定外の事態に気付いたら、その事を有力な仮説として災害構図そのものを修正することが必要です。この考察に当たっては、全体像について、先入観にとらわれず、柔軟なモノの見方をすることが大変重要です。
5 創り上げた「災害状況の全体像」は、どのように使われるのか?
災害の全体像把握は、インテリジェンスプロセスの最終段階でアナリストが本部長の情報要求に応えるため、現に発生しつつある災害事態の緊急性や重大性を分析評価し、今後の変化拡大を洞察するための考察を行う「前提条件を確定する」ために行います。「この前提で分析作業を行います。」という宣言です。これを「状況の特定」といいます。この段階で、まだ、色々と不明な点が残っていても、アナリスト自身が、事後の分析作業を遅れることなく予定通り進めるために重要な判定です。アナリストだけでなく、本部長も独自の判断を進めるため、本部の各スタッフも夫々の業務についての考察を進めるため、或いは、関係機関の指揮本部スタッフも自己組織に付与される予定任務の達成方法に関し、先行的に検討を進めるために、「状況の特定」を待っています。本部として、関係者全員の頭を揃えて、タイムリーに、災害問題に対応していくため、「現時点で認識している災害状況の全体像」について、タイミング良く、統一見解を示す必要があるのです。この段階で、不明なことは色々残っていても、例え、認識状況と現実状況が違っていても、危機対応組織というものは、部隊行動に統一性を持たせ、シンクロナイズしていくためには、関係者の状況認識を、適時に統一しなければならないのです。
6 おわりに
米軍の作戦用語にCOP(共通作戦状況図)というものがあります。現在、この用語が我が国の災害対応マネジメントの議論に、「状況認識の統一」という目的語として、よく登場します。ここでは、用語の使用法についての議論はしません。「災害状況の全体像」は、関係組織が状況認識を統一しておかなければならない、1丁目1番地であると考えます。
以上
執筆者
株式会社ハレックス
顧問
清水明徳