2014/07/14

南木曽の悲劇を防ぐには…

一時期は沖縄の近海で910ヘクトパスカルにまで発達し、7月としては史上最大級の猛烈な台風になるのではないかと予想された台風8号でしたが、九州西方の海域の海面温度が24~27℃と平年並みか平年より低めだったことで、日本本土に接近する直前に急速に勢力が弱まり、当初心配していたほどには被害が大きくなてよかったです。しかし、台風や前線の影響による大雨や強風などにより、全国で3人の方が尊い命を落とされました(NHK調査)。
慎んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌……………。

中でも悲劇的だったのは、長野県南木曽町で発生した大規模な土石流事故。9日の夕方、午後5時40分頃、長野県南木曽町読書の梨子沢で猛烈な降雨による大規模な土石流が発生し、住宅1棟が流されて、家の中にいた母親と男の子3人の家族が外に押し出され、このうち、中学1年生の12歳の男の子が死亡しました。

なんとも痛ましい事故で、こういうニュースを目にするたびに「自然の脅威の来襲から、人々の生命と財産をお守りするための情報を提供する」ことを社会的ミッションと考えている気象情報会社である弊社ハレックスの社内は言い様のない敗北感、無力感に襲われてしまいます。

加えて、国土交通省が設置していた監視カメラが土石流発生の様子を撮影した映像がテレビで流され、防災のために構築した砂防ダムを一瞬にして破壊し、乗り越えていくその圧倒的破壊力に唖然ともしました。


このため、こういう自然の脅威の来襲に伴う大きな災害が起きるたびに、弊社ハレックスの社内では有志が集まって、「我々でなにか出来たことはないのか?」とか「この悲劇を防ぐには、これからどうすればいいのか?」といったテーマでディスカッションをしています。

そのディスカッションでは、その時の気象データをはじめ、その場所の自治体が避難勧告・避難指示等をいつ出したかといった“事実”を出来るだけ集めて議論をするようにしているのですが、テレビや新聞といったマスコミの現地取材に基づく記事、そこからだけでもいろいろなことが読み取れます。

一例として、朝日新聞のWebサイトであるasahi.comに7月11日の未明に掲載された記事を紹介します。

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『避難勧告、土石流発生10分後 被害再び 長野・南木曽』 (朝日新聞 07/11 02:22)

「白い雨が降ると蛇(じゃ)抜けが起こる」。長野県南木曽町では、たびたび起きる土石流を「蛇抜け」と呼び、白く視界が遮られるほどの雨に注意を促してきた。だが今回、町の避難勧告が出されたのは土石流発生の約10分後だった。4人が流され、中学1年の榑沼海斗さん(12)が亡くなった土石流被害。台風8号が近づくなか、住民らは2度目の夜を避難所で迎えた。


■議場の避難所、不安な一夜

南木曽町が役場や町体育館、集会所など5カ所に設けた避難所には計約500人が身を寄せ、不安な夜を過ごした。弁当が配られ、保健師らがお年寄りの血圧を測るなど体調管理にあたった。
役場近くに住む小倉勝二さん(90)は町から避難を促され、妻(86)と2人で役場2階の議場へ。自宅は被害を免れたが停電になった。「今年は雨も少なく、穏やかな梅雨だと思っていたのに。不安です」。半世紀前にも土石流を経験しているという妻は「今回の木曽川の濁流は、過去と比較にならないくらいすごくて怖かった」と話した。
夫婦で避難してきたホテルのパート従業員深谷富之さん(66)は9日夜、近所の同級生一家と集会所に身を寄せた。いったん自宅に戻ったが、10日夜は役場に避難した。「雨で山が緩み、少しの雨でも土砂崩れが起きるかもしれない」と不安を口にした。 約40年前の土石流では当時の自宅が浸水被害に遭っていったん町を出ることも考えたが、結局とどまった。「生まれ育って、知り合いも多い土地はなかなか離れられない」と話した。(松本英仁)


■専門家「一気に決壊した可能性」

南木曽町によると、今回の土石流は梨子沢を中心に縦約250メートル、横約150メートルの範囲を覆い、住宅5棟が全壊し、9棟が半壊や一部損壊した。沢は上流で二つの支流に分かれる。土石流は支流ごとに発生しており、合流して木曽川まで約1キロを下った。この間は標高差が約175メートル。一気に流れ、大きく曲がった部分で沢からあふれたという。
町は面積の9割以上が森林で、過去もたびたび土石流に襲われてきた。地元では「蛇抜け」と呼ばれ、教訓を伝える石碑がある。6人が犠牲になった1969年の土石流の後、梨子沢には砂防ダムが三つ整備されたが、10日の国土交通省の調査ではうち二つは満杯になっていたという。
静岡大防災総合センターの牛山素行教授は「南木曽町は山の谷筋に位置し、土石流の起こりやすい場所。土砂災害の繰り返しでできた地形だ」。宮崎敏孝・元信州大特任教授(砂防学)は「梨子沢の上流は花崗岩帯で土壌が浅い。多量の雨で樹木が根こそぎ流されて途中で流れをせき止め、一気に決壊した可能性がある」と話す。
土石流は9日午後5時40分ごろに発生。長野地方気象台が大雨注意報を警報に切り替えたのは5分後で、町が一帯の673世帯に避難勧告を出したのはさらに5分後だった。気象台と長野県が町に土砂災害警戒情報を出したのは午後6時15分だった。
町では午後3時の段階では強い雨は降っていなかった。同3時40分ごろに強まり、同4時40分からの1時間で97ミリの猛烈な雨に。宮川正光町長は「雨の降り方が急すぎて、あれが精いっぱいだった」と話した。
気象庁予報課は「急発達する雲の発生予測は極めて難しい。警報を待たず早めに備えてほしい」と言う。
国交省によると、土石流やがけ崩れなどの恐れがある危険箇所は全国で約52万5千カ所。11日に台風が接近する東北では約4万7千カ所、関東7都県は約4万4千カ所ある。同省は土砂災害への注意を呼びかけている。
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別の報道(NHKニュース&スポーツ)には、国土交通省中部地方整備局が推定した南木曽町で発生した土石流について現地調査を行った結果が載っていました。

それによりますと、土石流が起きた梨子沢は、上流では大梨子沢と小梨子沢の2つに分かれていますが、それぞれの沢の上流の斜面2か所が崩れていました。2か所の斜面の崩壊が同時に起きたかどうかは今のところ分かっていませんが、斜面から崩れた土砂は2つに分かれた沢にそれぞれ設けられた砂防ダムを乗り越え、下流で合流する形となっていました。崩れた斜面のうち、大梨子沢で崩れた斜面は標高がおよそ800メートル、小梨子沢で崩れた斜面は標高およそ950メートルで、被害が出た下流の地域までは500メートル前後の標高差があり、土石流は長さおよそ2.5キロにわたって一気に流れ下っていたことが分かったそうです。また、梨子沢は、過去の長野県の調査で土石流の被害をもたらすおそれがある「土石流危険渓流」とされ、下流の地域は、被害のおそれがある「土砂災害警戒区域」に指定されていたそうです。

これらの報道記事等から読み取れる、今後同じような悲劇を繰り返さないために考慮すべき重要なポイントは次の3つだと今は認識しています。

①長野県南木曽町では、過去にたびたび土石流に見舞われていたことから、地域住民の防災意識、特に土石流災害に対する警戒意識は高かったということ。それでも、この事故は起きてしまったわけです。

②国もこの地域における土石流発生の危険性を従来から重く見ていて、砂防ダムの構築や監視カメラの設置、土石流発生を検出するワイヤーセンサーの設置などの主としてハード的な対処は施してきたが、それらの対処が万全ではなかったということ。

③長野地方気象台が大雨注意報を警報に切り替えたのは実際に土石流が発生した5分後のことで、南木曽町がその付近一帯の673世帯に避難勧告を出したのはさらにその5分後だったこと。また、気象台と長野県が町に土砂災害警戒情報を出したのは、もっと後の午後6時15分だったということ。

特に、我々民間気象情報会社が意識しないといけないのは③、気象台の大雨洪水警報が出されたのは実際の土石流発生の5分後、土砂災害警戒情報にいたっては35分後だったという点です。記事の中にも「南木曽町では午後3時の段階では強い雨は降ってなくて、午後3時40分頃に雨脚が強まり、午後4時40分からの1時間で97ミリの猛烈な雨になった」と書かれているように、雨の降り方が急すぎて対応が出来なかった様子が窺えます。

ですが、関係者には大変申し訳ない言い方になってしまいますが、失われた若く尊い命に対しては、どんな言い訳もできません。亡くなられた榑沼海斗さんの犠牲に報いるためにも、今後同じような犠牲者を出さないために方策というものを考え出さないといけません。

前回のこのブログの場で、『災害』とは“災い”が“害”になると書く…ということを書かせていただきました。“災い”とは、気象や地象、海象といった自然現象がもたらす様々な脅威のことです。しかし、こうした自然の脅威も人々の生命や財産になんら被害をもたらせなければ『災害』とは呼びません。『災害』とは、「自然の脅威」と「都市(人が生活をしているところの意味)の脆弱性」が合わさってはじめて『害』、すなわち『災害』となるということを申し上げました。

また、竹村公太郎さんの著書をご紹介した『日本史の謎は「地形」で解ける』の回では、社会の最底辺のインフラ“絶対インフラ”は地形と気象であるということも書かせていただきました。

この2つを合わせて考察すると、“災い”はもちろん“気象”、“都市の脆弱性”の一番大きな要因は“地形”ということになります。

“都市の脆弱性”は地形によって大きく影響されるため、その土地その土地ごとに大きく異なります。一つとして同じところはない…と考えていいくらいだと思っています。土砂災害の危険性を抱えているところ、河川の洪水の危険性を抱えているところ、側溝・下水道や排水路だけでは降った雨を流しきれなくなることで発生する内水氾濫の危険性を抱えているところ、津波や高潮、高波等の海水による被害の危険性を抱えているところ…、実に様々です。また、その危険性が顕在化する(実際に災いが害になる)瞬間の災いの程度についても、24時間で何ミリ以上の雨が降れば危険になるか、とか、累積雨量は少なくても1時間何ミリ以上という短時間に集中した雨が降ると危険になるとか、実はその土地その土地で様々で、決して一様なものではありません。

気象庁、気象台様は国も機関であるため、どうしても全ての国民に対して「広くあまねく公平に」サービスを行わないといけないという制約があり、大変の申し訳ない言い方になってしまいますが、最大公約数的な情報、警報の出し方しかできません。そこが残念ながら③の一番大きな要因ではなかったか…と私は思っています。

それを補って、その土地その土地の地域特性に合わせた「あなたのための天気予報」を出すのが我々民間気象情報会社の役割であり、そのために我々民間気象情報会社は気象庁様から気象支援センター様経由で、実に様々な気象データをいただいているわけだ…と、弊社ハレックスは認識しています。弊社社内で大きな自然災害が発生する都度、「我々でなにか出来たことはないのか?」とか「この悲劇を防ぐには、これからどうすればいいのか?」といったテーマで有志ディスカッションを行うのはその認識によるためです。

気象庁様から我々民間気象情報会社に提供される気象データには、降雨量に関してもだけでも、スーパーコンピュータの出力結果である様々な数値予報モデルの予報数値のほか、降雨レーダーの観測データを基にした降水短時間予報、降水ナウキャスト情報、さらには土の中に含まれる水分量の指標値である土壌雨量指数情報など、様々なものがあります。

弊社でこれらを用いて鉄道会社様向けに開発したサービスが「防災さきもりRailways」で、既に実際に京浜急行電鉄様でご利用いただいています。(元々は今回の長野県南木曽町で起こった土砂災害のような地方自治体様向けに独自で研究開発していたサービスでした。)

防災さきもりRailways

このサービスでは上記の降水短時間情報、降水ナウキャスト情報、土壌雨量指数情報をもとに1kmメッシュ単位で降雨の状態の自動監視が行えるとともに、予めその地点その地点に合った(その地点の脆弱性を意識した)警戒閾値を設定することでこの先「想定されるリスク」を見逃さずに提示することができ、実際の具体的な予防行動に結び付く運用を行えるようになっています。実際、京浜急行電鉄様ではこえれらの情報が持つ意味や、特性をご理解いただいて、実に上手に運用をしていただいています。

この実績が、「南木曽の悲劇を防ぐには」という問いの一つの答えではないか…ということが、今回の長野県南木曽町での悲劇を受けての社内有志ディスカッションが導き出した結論でした。

前回のブログで、『防災』とは“災い”を“防ぐ”と書くということを書きました。そのためには、事前の準備というものが大きな意味を持つ。迫り来る自然の脅威(災い)が持つ破壊力を分析し、この先起こり得るリスクを推定。それに基づき、予め出来うる限りの対策を施して、自然の脅威(災い)が人々の生命と財産の“害”にならないようにすることこそが、現時点で行いうる最大の真の『防災』と呼べるものである!…とも。その意味で、「想定リスクの提示」と「代替手段の推奨」を行ことが、我々民間気象情報会社及び気象予報士の真の役割なのではないか…と。

これからいろいろな場でこのことをご披露していきたいと思っています。『防災』に関して、一つの大きな流れを作るために…。それが、有史以来、自然災害で不幸にして犠牲になられた何億人という方々のご供養になることだ…と私は思っています。まだまだやらねばならないことがいっぱい山積しています。


【追記1】
同じく朝日新聞のWebサイトであるasahi.comに7月11日の未明に掲載された記事には、次のようなものもあります。

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『台風の事前対応「空振りでもいい」 九州の自治体』 (朝日新聞 07/11 05:03)


沖縄で特別警報も出た台風8号に備え、九州の自治体などは事前の対応に力を入れた。関係者は「空振りでもいい」と、準備の重要さを感じている。
2012年7月の九州北部豪雨で死者が出た福岡県八女市。10日は大きな天候の崩れもなく、同市星野村の原口万波さん(46)は「大変な風雨を予想したが、一安心です」。 同市の三田村統之市長は東京出張をキャンセルし、8日に消防や自衛隊などと対策を確認。9日夕には避難所を設けた。地域支援課の松尾一秋課長は10日、「2年前の災害で、早め早めの対策が必要だと感じていた。おかげで慌てずに対応できた」と語った。
福岡県内では10日、全ての公立小中学校と多くの県立高校が休校した。福津市の市立津屋崎小学校は海まで数百メートルと近い。10日も出勤した教職員らが校区を巡回し、外で遊んでいる子がいないか確かめるなど、警戒にあたった。吉田善仁校長(59)は「災害は予期できない部分が多い。(備えは)空振りに終わってもいい。最悪の事態を想定して備えることを、子どもたちが感じてくれたら」。
「少し判断が早すぎたのでは」「休校になると子どもが家にいるので、仕事に出られない」。福岡市教委には10日、そんな電話が数件あったという。教育支援課の担当係長は「安全確保を最優先に考えた。今後もその時々の状況を見極めて判断したい」と話す。
なぜ大きな災害につながらなかったのか。福岡管区気象台によると、台風は海面から供給される水蒸気がエネルギーになるため、通常、27℃以上の海面水温で勢力を維持できる。沖縄、宮古諸島付近は海面水温が平年より1、2度高い30℃あったが、九州西方の海域は24~27℃と平年並みか低めで、台風8号は「急速に勢力が弱まった」という。この結果、九州上陸の時間帯は大潮の満潮時に重なったが、高潮もなかった。
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このように、日本の『防災』は、今、大きな「時代の転換点」を迎えているように思います。弊社もそうした時代の変化に追従して、変わらねば!


【追記2】
台風が日本列島に接近してくると、どうしても台風のほうばかりに注目が集まりがちになりますが、実はその台風に向かって南から暖かく湿った空気が大量に流れ込んでくる影響で、大気の状態が不安定になり、梅雨前線の活動が活発化し、今回の長野県南木曽町のように台風から遠く離れた地域でも大雨が降り、甚大な被害をもたらすことが多々あります。

東北地方の山形県でも南陽市で住宅1棟が半壊し、長井市などで8棟が床上浸水。大雨で線路での冠水や土砂の流入が起き、山形新幹線32本が福島~山形間などで運休しました。新潟市内では7棟が床下浸水し、152か所で道路が冠水しました。

くれぐれもご注意願います。