2014/07/22

新農家暦

新規市場参入ということで、現在、弊社が力を入れている事業の一つが農業向け気象情報提供です。その検討の始まりとなったのが『新農家暦』という1冊の冊子でした。

新農家暦
2年前に、私の故郷である愛媛県から協力を依頼されている『ITを用いた農業活性化』案件の関係で、地元愛媛の農業法人ジェイ・ウイングファームに検討への協力の要請にお邪魔した時、同社の牧社長から

「詳しいことは分からないけれど、越智さん達が作ろうとしている仕組みは、言ってみれば新しい『新農家暦』を作ろうとしているようなものだな。ITの最新技術を使った若い農家の人達向けの今風の『新農家暦』。儂はそう理解した。その土地その土地の気候風土にあった新しい『農業暦』。ならばこれからの農業で絶対に必要なことだし、大賛成だ。大いに協力させていただく」

という力強い賛同の言葉をいただきました。しかし、当時、私は肝心の『新農家暦』を知らなかったので、

私「ありがとうございます。ところでぇ~…、なんですか、その『新農家暦』って??」

牧さん「なんだ、越智さん、農業の仕事をやろうとしているのに、『新農家暦』を持ってないの。農家ならどの家にも必ず一冊はあるよ。絶対に見ておいたほうがいいよ」

…と言うことでしたので、さっそくAmazonに注文して、『新農家暦』2012年版(農林統計協会編)を入手しました。中を読みました。

この『新農家暦』は農家の1年の備忘録として最適な、ハンディーサイズの記入式の暦です。農家の方を対象にした内容で、ちょっとした生活の知恵や農作業でのアイデアの紹介等がなされていて、日常生活に役立つ様々な楽しい情報が載っています。A5判/88ページの、まるで小学生が使っている学習ノートのような装丁です。表紙の下部が空欄になっていて、そこに名前が書き込めるようになっています。

アッ!なるほどね(^.^) おそらく、そこには持ち主の名前だけでなく、どこかの会社や商店の名前や電話番号が入るのでしょう。値段も定価が490円(税込)というので、暮れの贈答用の品としてはピッタリです。牧さんが「日本の農家なら必ず一冊はある」と言ったのはそういうことですね。ベストセラーなので農家が個別に買っているというのではなくて、取引のある商店などから暮れの贈答用に勝手に配られてくるってことなんでしょう。納得しました(^^)d

当社も暮れのご挨拶に伺った際に、当社の社名の入ったカレンダーをお客様のところにお届けしています。別の会社では手帳を配っているところもあるのですが、この『新農家暦』はまさにそれですね。ビジネス用の手帳には東京や大阪、名古屋といった大都市圏の地下鉄の路線図等が必ず載っていますが、農家向けの『新農家暦』ではそういうのは必要なくて、いかにも地方に住む農家の方を対象にした内容になっているという違いがあります。

小学生が使っている学習ノートのような…という形容をしましたが、表紙をはじめ使われている紙の材質が意外なほどに良くて、丸めて持っても折り目はつかないし、かなり丈夫です。これなら戸外での農作業で作業着のポケットに丸めて入れておけます。また、中には井関農機やヤンマーという農業機械のメーカーや農薬、肥料のメーカーの広告も載っていて、販売価格を抑える工夫もしています。なぁ~るほどぉ~(^.^)

調べてみると、発売開始からもう50年近くも経っているようで、全国の農業関係者では知らない人はいない…ってものなのかもしれません。

『新農家暦』の主な内容は以下の通りです。


<主要目次>

【平成24年略歴】……その年の二十四節季や雑節(節分、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日、彼岸入り、土用)の日付がまとめて載っています。特に雑節、これは季節の変わり目を表し、農作業のトリガーともなる“農業暦”そのものと言ってもいいもので、農業にとって重要な暦です。


【12ヵ月暦・農作業暦・生活便利メモ】……1月から12月まで毎月見開き4ページずつの構成になっています。最初の見開きの左のページはカレンダー(12ヵ月暦)になっているのですが、新暦と旧暦が併記されていて、しかも小寒や大寒といった二十四節季や節分、八十八夜といった雑節、旧正月や雛祭りといった民俗行事がかなり事細かく掲載されています。

見開き右側の上半分は農作業暦。その月にやるべき主な農作業の項目が書かれています。5月の項を読むと…、

〔普通作物〕水稲の苗代管理。水田の砕土、施肥、整地。直播水稲の播種。陸稲・ラッカセイ・トウモロコシ・ハトムギの播種。コンニャクイモの植付け。サツマイモの定植。麦類の薬剤散布。バレイショの追肥、土寄せ、薬剤散布。田植え準備。田植え。除草剤散布。(テン菜播種…北海道)

以下、〔野菜〕〔果樹〕〔畜産〕〔花卉〕の別に、その月にやるべき主な農作業のポイントが端的に書かれています。

見開き右側の下半分は生活便利メモ。同じく今月5月のところに書かれているのは、季節に合わせて〔菖蒲湯で健康に〕と〔市街地で距離を知りたい時〕。電信柱の間隔は概ね30メートルなんだそうです。

次の見開き2ページが備忘録になっていて、毎日の農作業の記録を書き残せるようになっています。毎日の気温や天気を書く欄が用意されているのが農業向けらしいところで、このあたりヒントになります。あわせて毎日の体重と血圧を書き込む欄があるのは高齢化が進む農家向けらしいところでしょうか(^^)d


【野菜栽培のコツ】……農業のプロフェッショナルの農家向けに野菜栽培のコツとは?…と思ったのですが、内容は、〔ズッキーニ〕〔ゴーヤ〕〔スイートコーン〕〔メキャベツ〕〔カブ〕〔サトイモ〕の栽培のコツ。お馴染みの定番野菜ではなく、最近人気が出始めている品種の栽培のコツ。なるほどね(^.^)


【段ボールコンポストで簡単土づくり】……植物は光合成で大きくなるのですが、光合成で出来ない養分や水分は根が土から取り入れています。根にとって理想の土とは細かい粒子がくっ付いて団子状になった土(団粒)です。この団粒を作るのが微生物と堆肥です。段ボールコンポストとは、段ボール箱を利用した生ゴミ処理容器のことで、家庭で出る生ゴミを入れておくだけで好気性の微生物が生ゴミを堆肥にしちゃうのだとか。特殊な道具も材料も要らず、電気も使わないのでエコ。有機栽培も注目されているので、よろしいのではないでしょうか。


【睡眠と健康】……農業はとにかく身体を使う仕事なので、健康第一です。次の2項も健康関連のコンテンツです。


【ウォーキングで健康に】


【お風呂で疲れ解消! 健康入浴法】


【四季の農業気象台】……気象に関する話題が載っています。さすがに気象に関する関心は高いようで、6ページを割いています。

まず、〔可照時間の変化〕について。地表へ入射する太陽エネルギーは、すべての植物の生産活動の源です。作物・果樹などの営みによって生産された光合成産物は、人類をはじめとして全ての動物群の生存エネルギーそのものです。この項では、その太陽エネルギーの日射量を計算する上で重要となる日本の緯度域上での可照時間の季節変化を図で説明しています。

さらに、〔日本の気候温暖化〕の状況について、〔新しい気象平年値への移行〕について、〔家畜の暑熱ストレス〕について…と、地球温暖化の関する解説記事が並びます。

〔閉じたハウスの温度上昇〕についてで、土壌殺菌剤の使用禁止により、ハウス内の消毒にハウス密閉による高温処理が用いられるようになっていることから、この効果に関する解説記事が載っています。ここでも鍵を握るのは日射量。気象に関係してきます。

最後は〔作物の耐塩性〕についてで、東日本大震災により東北地方の太平洋側の海岸平地が大規模な海水進入を受け、約2万haの農耕地が塩類化に悩まされていることを取り上げ、主な作物ごとの耐塩性(土壌塩類化度と相対収量の関係)をグラフで表しています。

どれもちょっと専門的すぎて難しいところもあるのですが、農業と気象との密接な関係が読み取れ、面白いです。


【農業と天気のことわざ】……農業は昔からお天気次第。人々はその地域の風や雲、空の様子などから天気がどうなるのかを諺(ことわざ)として言い伝えて、農作業などに利用してきました。まさに『匠の技』の伝承ってやつです。今でも役立ちそうな内容が多く、興味深い内容です。これに関しては、別途、稿を起こして紹介したいと思います。


【家庭菜園のABC】……農家向けの冊子に家庭菜園の基礎を掲載することに一種の違和感を覚えましたが、中を読むと、まさに農業の基礎中の基礎の知識が書かれています。新規就農者向けの入門書のような内容です。


【気をつけよう! 高齢者の転倒!】……ここからの4項目は高齢者向けの内容です。現在、日本の農業従事者約260万人の平均年齢は65.8歳。半数以上の140万人は70歳以上の高齢者と言うことで、高齢者向けのコンテンツに多くのページが割かれているのでしょう。日本の農業の直面している最大の課題を感じます。この高齢者向けのコンテンツは


【動脈硬化に注意】


【健康茶入門】


【五十肩に気をつけよう】


と続きます。


【省エネ保温料理】……これは奥様向けのコンテンツですね。東日本大震災による原発事故で電力不足になり、節電が叫ばれている中で、省エネで美味しく料理が出来る保温調理に注目が集まっているとして、その保温調理の解説や保温調理のレシピが幾つか掲載されています。


【本年運勢】……自然を相手にすることが関係するのか、農業従事者には信心深い人が多いのでしょうか。


【家庭の儀式】……農村は地域コミュニティとしての密度が濃いので、出産や長寿の祝い、満年齢早見表、◯◯回忌の早見表、忌服の日数等々の知識は欠かせません。ちゃんと載っています。


【読者の声】……農業従事者の高齢化が問題になっていますが、この読者の声に投稿している方々の年齢もかなり高いですね。たいていは60歳以上。最高齢の投稿者はなんとなんとの85歳。お元気で頑張ってください。

お一人だけ40歳の方の投稿が取り上げられています。内容を読むと、友人家族と畑を借りて農業を始めた新規就農者さんのようです。農業の大変さを実感するとともに、今まで自然への感謝の気持ちを忘れていた…と感想を書かれています。こうした新規就農者の方が最近増えてきているようです。これらの投稿、読むと意外と面白いです。


【第47回新農家暦クイズ】……単純なクロスワードですが、賞品の中にシングウベルカッターといって雑草刈りに使う電動の農機具があるのが、いかにも『新農家暦』らしいところでしょうか(^.^)

それにしても、牧さんに言われた「最新のITを使ってその土地その土地の気候風土にあった新しい『農業暦』を作る」…が、私が農業向け気象の分野で目指していることを端的に言い表しているのかもしれません。

自然の懐深い場所で営まれる農業は、気象条件に深く影響されます。長い経験から生まれた適地適作は、安定的に高収益を上げるために最良の策です。この適地適作を行うためには、その土地その土地の気象や気候の特徴を良く知ることが大切です。

各地の気象の特徴を表すのに、『気象平年値』があります。この『気象平年値』は、過去30年間の日々の気象の平均値です。世界気象機関(WMO)では、10年ごとに古い10年のデータを棄てて、新しい10年を加えて、この『気象平年値』を10年ごとに更新することになっています。最近では2011年5月に、古い平年値(1971年~2000年平均)から新しい平年値(1981年~2010年平均)に移行しました。

それを見ると、地球規模の気候温暖化の進展具合や都市化の影響などで、日々の気象条件は思いの外変化していることに気付きます。新旧の『気象平年値』の年平均気温の全国全地域は0.28℃上昇しています。年間降水量も年間日射量も僅かながら増大しています。これは全国平均のことで、各地域ごとにこれを見れば、増減様々です。気象の変化は、作物の播種や収穫など、少なからず影響を与えます。

そして暦。そもそも暦は古代エジプトにおいてナイル川の氾濫の時期に周期性があることに気づいたのが始まりだと言われています(シリウス暦)。人類が農耕を行うようになると、適切な農作業の時期を知るのに暦は重要なものとなっていきました。まず昼夜の周期(地球の自転)が日となり、月の満ち欠けの周期が月に、季節の周期(地球の公転)が年となったわけです。

このように暦法は天体運動の周期性に基づいていることから、その観測と周期性の研究が重要であり、これが天文学の基礎となりました。この天文学がその当時の最先端科学であり、自然科学、ひいては人類の科学全体は天文学から始まったと言っても過言ではありません。

現在、日本をはじめ世界各国で広く用いられているのは太陽暦の一つであるグレゴリオ暦です。日本でグレゴリオ暦以前に使われた暦法は太陰太陽暦と呼ばれる中国から伝来した暦でした。

中国の暦が日本に伝えられたのがいつであるか定かではありませんが、『日本書紀』には欽明天皇が西暦553年に百済に対し暦博士の来朝を要請し、翌年2月に来たという記述があり、遅くとも6世紀には伝来していたと考えられます。この頃の百済で施行されていた暦法は中国で発明された元嘉暦であるので、このときに伝来した暦も元嘉暦ではないかと推測されています。

その後ずっと日本では中国から伝来した暦を使っていたのですが、江戸時代になると日本でも独自に天文暦学が発展し、明の大統暦や西洋天文学の研究、天体観測が盛んに行われました。このような中で、日本の気候風土に合致し、日本の農業に適した暦の必要性が叫ばれ始め、渋川春海が最初の日本独自の暦法である貞享暦を作るのに成功しました。この貞享暦以後、宝暦暦・寛政暦・天保暦と日本独自に相次いで改暦(改良)が行われました。弘化元年(1844年)から施行された天保暦が日本で最後の太陰太陽暦ですが、この天保暦はこれまでに実施された太陰太陽暦の中で最も精密なものと言われ、当時中国で用いられていた時憲暦を上回っていたと評されているほどです。

余談ですが、一昨年公開された岡田准一さん&宮崎あおいさん主演、滝田洋二郎監督で映画化された『天地明察』は、この日本で初めて独自の暦法である貞享暦を作るのに成功した渋川春海夫婦の苦闘の日々を描いた作品です。原作は第7回本屋大賞、第31回吉川英治文学賞を受賞し、第143回直木賞の候補になった冲方丁の同名小説。それまで800年にわたり使用されてきた暦の誤りを見抜き、日本独自の暦を作り上げた主人公・春海が、数々の挫折を繰り返しながら、夫婦手を取り合ってこの改暦という大事業に挑む姿を描いています。

現在でも太陰太陽暦が年中行事や占いのために用いることがあり、これを旧暦と呼んでいますが、これは基本的にこの天保暦によるものです。現在の中国でも太陰太陽暦が『農暦』という名で使われていて、基本的に日本でも農業にはこの太陰太陽暦が使われています。『新農家暦』でも、この太陰太陽暦とグレゴリオ暦の読み替え表(二十四節季や雑節)が冒頭に載り、その後のカレンダーもこの新暦と旧暦が併記されているのにも意味を感じます。

しかしながら、前述のように日本の気象条件は気候温暖化や都市化の影響を受けて思いのほか変化してきており、この太陰太陽暦の農業での活用方法も最初に作られた江戸時代とはかなり大きく異なってきている筈です。また、日本列島が南北に細長く、さらには山が多く標高差もかなりあるということから、日本全国一律でこれを適用するのも難しいと思われます。おそらく、この暦の微妙な差をその土地その土地に合わせて読み取ることが、ベテランの『匠の技』と呼ばれるものの1つだったのかもしれません。

このギャップを埋めるために蓄積された過去の膨大な気象データや今後の予測データを活用し、それを最新のITを活用することで、その土地その土地に合った新しい『農業暦』を作り出すこと…、これは面白いことですし、農業の近代化においては不可欠で大変有意義なことのように思えます。しかも、気象情報会社だからこそ出来ることなのかもしれません。膨大な気象データの解析や今後の予測データの活用には、気象の知識が不可欠ですしね(^-^)v

新しい暦を作る…ですか( ̄^ ̄) 面白い!! まさに映画『天地明察』のようになってきました(^^)d

これには会社の総合力で挑みたいくらいに私は思っています。TPP交渉参加問題で注目を集めていますが、農業という産業の維持はTPP交渉に参加するかしないかに関わらず、この国が直面する大きな社会的課題の1つです。

気象情報会社が農業の分野に関わる上での1つのゴール(目標)が見えてきた感じがします。

この『新農家暦』、僅か88ページの小学生の学習ノートのような本(手帳?)ですが、これからの農業向け気象のあり方を考える上で、大いに参考になりました。