2015/01/22
災害時における情報伝達手段の確保について(追記集・その1)
【追記1】
この時の経験は“貴重”というより、格好つけた言い方になっちゃいますが、その時は、情報を生業(なりわい)としている者としての“責務”という感覚でした。
絶望感と虚無感が完全に支配した避難所において、決定的に不足しているのは正確な情報でした。情報が欠如しているために不必要な不安感が煽られ、希望の光がなんら見出せない状況がそこにあったとでも言えば分かっていただけるでしょうか。
例えば、被災地向けの物資が届いたとして、それが、なにを、いつ、どこで配布するのかという情報が伝達されないと、本当に必要な人に必要なものは行き渡りません。
しかも、状況は刻一刻と変わっていて、タイムリーに情報を伝達しないといけない。避難されている方々は絶望感や虚脱感に完全に支配されていて、生きる希望すら失っている人達が多い。そういう中で、我々はいかに生きる希望を伝達することができるのか……。格好つけた言い方ですが、まさにそう思ってやりました。
約1週間でその仕組みを作り(受信装置も手作り、それこそハンダ付けで作りました)、実際に現地の避難所に機器を設置したのは12日後の1月29日です。
その間、設置場所の選定や、工事方法の検討、輸送方法の検討と手配……、我々のスタッフも、ほとんど会社(東京です)に泊まり込んで、寝ずに頑張ってくれました。火事場の馬鹿力と言いますが、ほとんど不可能と思われたことを、あの短い期間で実現しちゃいました。
私にとって、この時の経験は大きかったです。人間、その気になってやれば、なんとかできるものなんだ!って思いましたもの。そして、熱い思いをもって前へ前へ突き進んでいる者には、必ず応援者が表われるものだということも知りました。
そして、“情報通信”とは“情けに報いて、心(信)を通わす”と書く、なぁ~んて言い出したのはこの時からです。
そうです、私達が伝えているのは“心”なんです!
【追記2】
私は震災後2日目に西宮北口から歩いて夙川を渡り、その芦屋市あたりまで行ったのですが、それはもう筆舌に尽くしがたい有り様でした。どんなに大袈裟に書いてもその時の状況を説明しきれません。五感で感じる凄さってやつです。
フレームで切れた映像だけご覧になっても凄さがお分かりいただけるかと思いますが、これが360度のパノラマで目に押し寄せてくると、それはもう強烈です。最初その光景を目の当たりにした時には、「うわぁ~っ!!」や「なんじゃこりゃ?!」…という言葉にならない言葉を発していたのですが、そのうち慣れっこになってしまって、たいていのことでは驚かなくなってしまいました
。
視覚だけでそうです。実際にはこれにあとの4感が加わります。
ドーンという音とともに余震の縦揺れが起き、その直後には建物が傾いたり、きしんだりする「ギィ~~~~~~~」という不気味な音がします。縦揺れが起きると、一瞬、膝がガクン!と抜けたような感じになります。それと、冬でしたからやたら寒かったです。電気もガスも止まり、生活機能も停止してしまっているので、いわゆる都市熱が発散されず、六甲山を越えてくる冷たい空気が“六甲颪(おろし)”に乗って運ばれ、底冷えしていました。
それとあちこちで焚かれている線香の匂い。異常に埃っぽい空気の中で、あちこちで立ちのぼる線香の香りと、それに混じって置かれているユリの花の花束からの甘い匂い。意味が分かりますよね。とにかく強烈でした。
そうそう、五感の残りの味覚に関しては、設置工事後に撤収する際、夙川の川岸で、私の地元香川ナンバーの右翼さんの街宣車がうどんの炊き出しをやっていて、私もその街宣車で一杯温かいうどんをいただきました。ネギと生姜しか入っていないただの素うどんでしたが、これがメチャクチャ美味しかったです。現地では温かい食べ物なんて食べられませんでしたから、温かいうどんはなんともありがたく、まさに五臓六腑に染み渡る美味しさでした。この時に食べた右翼さんのうどん以上に美味いうどんをこれまで食したことはありません。
【追記3】
今も阪急電鉄梅田駅に残っている新しいLED式ラガールビジョンを支えているH鋼製の梁ですが、あれって震度7の揺れにまで耐えられる設計強度を持った耐震構造になっているんです。平成5年春にあの梁の設計図面を持ち込んだ時、お客様である阪急電鉄様からは「だから、関東人は無骨であかんわ(私は四国人ですが……苦笑)。
ここはそんなに大きな地震が起きるわけがないんだから、あんな無骨な梁はいらんで……。あんなんでお金がかかる言われても、払わんでぇ~」とまで言われちゃいましたが、強引に説得して取り付けちゃいました。そのわずか1年半後にこの地震があったわけです。
梅田駅のある大阪も震度5強の揺れで、梅田駅周辺では大きな建設用のクレーンが倒壊したり、阪急梅田駅も大きな鉄製の柱を支えているボルトが引きちぎられたり、2階のコンコースでは水道管に亀裂が入って水浸しになったり、制御機器室でも壁が大きく剥がれ落ちて危うくラガールビジョンの表示制御装置もその倒れてきた壁の直撃を受けるところだったわけですが、重量3.7トンのラガールビジョンを支えるこの梁はビクともせず、震災のあったその日にもラガールビジョンは3基ともちゃんと稼動し、梅田駅を利用する旅客の皆様に阪急電車の運行状況をお知らせしました。
震災があった日の朝、妻から「大阪で大きな地震があったみたい」と言われて叩き起こされた私は、ラガールビジョンの様子が気になって気になって急いで阪急電鉄の保守員事務所へ電話したのですが、地震発生直後で電話はまったく繋がりませんでした。まぁ、今から思うと、西宮北口以西のあの被害状況を考えると、阪急電鉄様も梅田駅どころじゃあなかったと思いますが……。
そういうことで、悪い予感に襲われながら会社に辿り着いたのですが、ちょうど10時頃のテレビニュースで阪急梅田駅の様子が伝えられ、その画面で3基ともちゃんと稼動していることを確認してホッと肩の力が抜けたことを今でも思い出します。
で、その“無骨な”梁ですが、その後、阪急電鉄様から感謝されることしきりで、株を上げちゃいました。そういうこともあって、当社が納入した光ファイバスクリーン方式のラガールビジョン撤去後もその梁だけは残り、新しいLED式ラガールビジョンになってもその梁だけは残って使われることになったわけです。
そういうこともあって、その当時の関係者の間には、お客様、業者を問わず、今も硬い友情のようなものが生まれているように思います。
この時の経験は“貴重”というより、格好つけた言い方になっちゃいますが、その時は、情報を生業(なりわい)としている者としての“責務”という感覚でした。
絶望感と虚無感が完全に支配した避難所において、決定的に不足しているのは正確な情報でした。情報が欠如しているために不必要な不安感が煽られ、希望の光がなんら見出せない状況がそこにあったとでも言えば分かっていただけるでしょうか。
例えば、被災地向けの物資が届いたとして、それが、なにを、いつ、どこで配布するのかという情報が伝達されないと、本当に必要な人に必要なものは行き渡りません。
しかも、状況は刻一刻と変わっていて、タイムリーに情報を伝達しないといけない。避難されている方々は絶望感や虚脱感に完全に支配されていて、生きる希望すら失っている人達が多い。そういう中で、我々はいかに生きる希望を伝達することができるのか……。格好つけた言い方ですが、まさにそう思ってやりました。
約1週間でその仕組みを作り(受信装置も手作り、それこそハンダ付けで作りました)、実際に現地の避難所に機器を設置したのは12日後の1月29日です。
その間、設置場所の選定や、工事方法の検討、輸送方法の検討と手配……、我々のスタッフも、ほとんど会社(東京です)に泊まり込んで、寝ずに頑張ってくれました。火事場の馬鹿力と言いますが、ほとんど不可能と思われたことを、あの短い期間で実現しちゃいました。
私にとって、この時の経験は大きかったです。人間、その気になってやれば、なんとかできるものなんだ!って思いましたもの。そして、熱い思いをもって前へ前へ突き進んでいる者には、必ず応援者が表われるものだということも知りました。
そして、“情報通信”とは“情けに報いて、心(信)を通わす”と書く、なぁ~んて言い出したのはこの時からです。
そうです、私達が伝えているのは“心”なんです!
【追記2】
私は震災後2日目に西宮北口から歩いて夙川を渡り、その芦屋市あたりまで行ったのですが、それはもう筆舌に尽くしがたい有り様でした。どんなに大袈裟に書いてもその時の状況を説明しきれません。五感で感じる凄さってやつです。
フレームで切れた映像だけご覧になっても凄さがお分かりいただけるかと思いますが、これが360度のパノラマで目に押し寄せてくると、それはもう強烈です。最初その光景を目の当たりにした時には、「うわぁ~っ!!」や「なんじゃこりゃ?!」…という言葉にならない言葉を発していたのですが、そのうち慣れっこになってしまって、たいていのことでは驚かなくなってしまいました
。
視覚だけでそうです。実際にはこれにあとの4感が加わります。
ドーンという音とともに余震の縦揺れが起き、その直後には建物が傾いたり、きしんだりする「ギィ~~~~~~~」という不気味な音がします。縦揺れが起きると、一瞬、膝がガクン!と抜けたような感じになります。それと、冬でしたからやたら寒かったです。電気もガスも止まり、生活機能も停止してしまっているので、いわゆる都市熱が発散されず、六甲山を越えてくる冷たい空気が“六甲颪(おろし)”に乗って運ばれ、底冷えしていました。
それとあちこちで焚かれている線香の匂い。異常に埃っぽい空気の中で、あちこちで立ちのぼる線香の香りと、それに混じって置かれているユリの花の花束からの甘い匂い。意味が分かりますよね。とにかく強烈でした。
そうそう、五感の残りの味覚に関しては、設置工事後に撤収する際、夙川の川岸で、私の地元香川ナンバーの右翼さんの街宣車がうどんの炊き出しをやっていて、私もその街宣車で一杯温かいうどんをいただきました。ネギと生姜しか入っていないただの素うどんでしたが、これがメチャクチャ美味しかったです。現地では温かい食べ物なんて食べられませんでしたから、温かいうどんはなんともありがたく、まさに五臓六腑に染み渡る美味しさでした。この時に食べた右翼さんのうどん以上に美味いうどんをこれまで食したことはありません。
【追記3】
今も阪急電鉄梅田駅に残っている新しいLED式ラガールビジョンを支えているH鋼製の梁ですが、あれって震度7の揺れにまで耐えられる設計強度を持った耐震構造になっているんです。平成5年春にあの梁の設計図面を持ち込んだ時、お客様である阪急電鉄様からは「だから、関東人は無骨であかんわ(私は四国人ですが……苦笑)。
ここはそんなに大きな地震が起きるわけがないんだから、あんな無骨な梁はいらんで……。あんなんでお金がかかる言われても、払わんでぇ~」とまで言われちゃいましたが、強引に説得して取り付けちゃいました。そのわずか1年半後にこの地震があったわけです。
梅田駅のある大阪も震度5強の揺れで、梅田駅周辺では大きな建設用のクレーンが倒壊したり、阪急梅田駅も大きな鉄製の柱を支えているボルトが引きちぎられたり、2階のコンコースでは水道管に亀裂が入って水浸しになったり、制御機器室でも壁が大きく剥がれ落ちて危うくラガールビジョンの表示制御装置もその倒れてきた壁の直撃を受けるところだったわけですが、重量3.7トンのラガールビジョンを支えるこの梁はビクともせず、震災のあったその日にもラガールビジョンは3基ともちゃんと稼動し、梅田駅を利用する旅客の皆様に阪急電車の運行状況をお知らせしました。
震災があった日の朝、妻から「大阪で大きな地震があったみたい」と言われて叩き起こされた私は、ラガールビジョンの様子が気になって気になって急いで阪急電鉄の保守員事務所へ電話したのですが、地震発生直後で電話はまったく繋がりませんでした。まぁ、今から思うと、西宮北口以西のあの被害状況を考えると、阪急電鉄様も梅田駅どころじゃあなかったと思いますが……。
そういうことで、悪い予感に襲われながら会社に辿り着いたのですが、ちょうど10時頃のテレビニュースで阪急梅田駅の様子が伝えられ、その画面で3基ともちゃんと稼動していることを確認してホッと肩の力が抜けたことを今でも思い出します。
で、その“無骨な”梁ですが、その後、阪急電鉄様から感謝されることしきりで、株を上げちゃいました。そういうこともあって、当社が納入した光ファイバスクリーン方式のラガールビジョン撤去後もその梁だけは残り、新しいLED式ラガールビジョンになってもその梁だけは残って使われることになったわけです。
そういうこともあって、その当時の関係者の間には、お客様、業者を問わず、今も硬い友情のようなものが生まれているように思います。
執筆者
株式会社ハレックス
前代表取締役社長
越智正昭
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