2015/07/08
祝・ひまわり8号運用開始
7月7日午前11時、気象庁が打ち上げた気象観測衛星『ひまわり8号』が実運用を開始しました。『ひまわり8号』は2014年10月に打ち上げられ、これまで気象庁内で試験運用を続けられてきたのですが、問題がないことが確認されたことから、この日(7月7日)、これまで使われてきた『ひまわり7号』からめでたく運用が引き継がれたわけです。実に喜ばしいことです。
7月7日と言えば、七夕。1年に一度、織姫と彦星が一時の逢瀬を楽しむことができるというメルヘンチックな言い伝えのあるこの日に運用の引き継ぎが行われるというのは、きっと意図したことなのでしょうね。
この気象観測衛星『ひまわり8号』は、赤道上約35,800km上空の静止軌道上にあります。国際宇宙ステーションの高度が400kmくらいですから、35,800kmというと、そのはるか上、月までの距離の10分の1くらいの高さです。静止軌道というのは、自転している地球から見て止まっているように見えるという意味で、衛星自体がそこにじっと止まっているわけではなく、地球の自転に合わせてちょうど1日で地球を1周するため、時速およそ1万1,000kmという超高速で地球のはるか上空の周回軌道を回っているわけです。このため、いつも同じ範囲を宇宙から観測することができ、これにより台風や低気圧、前線といった気象現象を、連続して観測することができるというわけです。
この赤道上約35,800km上空の静止衛星軌道上にはアメリカやヨーロッパなど、他の国が打ち上げた気象衛星も飛んでいて、相互にデータを共有しています。日本のデータは、アジアやオセアニアの35の国と地域で活用されています。これら世界の気象衛星の中でも、現時点では日本の『ひまわり8号』が一番高性能で、最先端の「次世代高性能気象衛星」として、世界的にも注目されています。
『ひまわり8号』に関しては、これまでもこの『おちゃめ日記』の場で何度か取り上げさせていただきましたが、『ひまわり8号』が「次世代高性能気象衛星」として世界からも注目される理由は、その性能の良さにあります。特に観測精度。観測精度はこれまで運用されてきたどの気象観測衛星よりも格段に向上しました。どのくらい観測精度が向上したのか、以下にこれまで運用されてきた気象観測衛星『ひまわり7号』との比較で書かせていただきます。
まず、搭載されるカメラの性能が向上し、画像の解像度が上がり、約4倍鮮明になりました。また、『ひまわり7号』では30分に1回だった撮影の間隔が2分半に1回になり、12倍も向上しました。これにより、静止画の連続画像で雲の変化を動画のように表示させた場合、動きが格段に滑らかになりました。そして、気象観測用の静止衛星としては、世界で初めてカラーでの撮影が可能になりました。
これは気象庁がHPに公開している『ひまわり8号』のサンプル画像です。
『ひまわり8号』サンプル画像HP:気象庁
このHPで、左側がこれまで運用されていた『ひまわり7号』、右側が『ひまわり8号』が撮影した画像です。「新旧ひまわりの時間分解能比較」をご覧いただくと、『ひまわり8号』だと東から太陽の光が地球を照らしていく様子がよりはっきりとわかります。いっぽう、『ひまわり7号』ではカクカクとしたなんともギコチナイ動きです。しかも、『ひまわり7号』は白黒の画像ですが、『ひまわり8号』はカラーの画像です。
こうした観測精度の向上により、気象の予測精度の向上が期待できます。
特に、台風の観測。台風をはじめとした熱帯低気圧の観測こそ、気象衛星にとっての最大の使命のようなものです。台風は、通常、赤道付近の緯度の低いところで発生し、南太平洋を貿易風にのって西に進みながら徐々に北上してきます。しかしながら、広い太平洋上には観測機器がほとんど設置されておらず、観測データは幾つかの島に設置された観測機器による観測に限定されるので、気圧や風速などの重要なデータが極めて得にくく、気象衛星からのデータだけが頼りになります。『ひまわり8号』に搭載された高精細なカメラにより、台風の目や周辺の雲の様子が鮮明に見えるようになることで、台風の強さの把握や今後の進路の予測をより正確に行えるようになると期待されています。
気象庁が公開している『ひまわり8号』のサンプル画像に今年3月に撮影された台風4号の画像があります。『ひまわり8号』で撮影した画像は鮮明で、2分半間隔なので、画像を繋ぎあわせて動画のように表示した場合、動きが実に滑らかです。『ひまわり7号』の画像の場合は、撮影頻度が30分間隔なので、動きがカクカクとして、ギコチナイ感じを受けます。また、鮮明になったことで、台風の目がよりはっきりと判りますし、目の周りに積乱雲が湧き出す様子も実に細かく見えます。理屈の上では解っていたことなのですが、この『ひまわり8号』の画像を見ると、台風の目がどういうふうに動いているのかが、実によく判ります。
また、台風以外にも、火山の噴火時の噴煙や黄砂、流氷の監視にも役立つと期待されています。
気象庁が公開している『ひまわり8号』のサンプル画像には、今年5月29日に噴火した鹿児島県の口永良部島の火山の様子が掲載されているのですが、これを見ると『ひまわり8号』では噴煙が屋久島の方向に広がる様子がはっきりと判ります。今年1月23日の鹿児島の桜島の噴火の様子も掲載されていますが、こちらも同様です。『ひまわり7号』では画像が粗いうえに30分に1回しか撮影できないので、ここまではよくわかりません。今後は、火山灰が降る地域に注意を呼び掛けることなどにも役立てることが期待できます。
黄砂の画像も掲載されていますが、これを見ると、中国付近から黄砂が南に移動していっているのがよく判ります。しかも、『ひまわり7号』は白黒画像なので、黄砂と雲と区別がしにくかったのですが、『ひまわり8号』はカラーで表示できるようになったため、黄砂の観測もより詳しくできるようになります。このほか、流氷も雲と区別できるようになるため、監視しやすくなると期待されています。
これだけ詳細な画像データが得られるわけですから、気象予報や防災だけでなく、環境分野等々、様々な方面での活用が期待されています。ただ、飛躍的に精密な観測ができるようになったからこその課題が、そこには横たわっているように私は思っています。それはビッグデータ化がさらに進むということです。
『ひまわり8号』から送られてくる画像データの情報量は、これまでのなんと50倍以上なのです。その膨大な量のデータが刻一刻と次から次へと送られてくるのです。従って、コンピュータによる高速処理を使って、より早く正確な予測に活かさなければなりません。どんなに高度な処理であっても、処理に時間がかかるようでは、なんにもなりません。
雲の動きがよりはっきりと捉えられるようになると言っても、『ひまわり8号』は現在の状況を画像で捉えて地上に送ってくるだけで、その画像データが「未来」を予測してくれているわけではありません。雨雲がいつ、どんな場所で、どれくらい発達するのかなどの気象予報は、『ひまわり8号』から送られてくる画像データ解析してそこから様々な事象を読み取り、それを数値化してスーパーコンピューターに入力し、数値予報演算モデルをスーパーコンピュータをブン回して出すしかないわけです。データ解析や数値予報演算モデルの開発等を行うのはあくまで人間。気象庁の予報官や民間の気象予報士達です。膨大なデータを予報に活かす研究はこれからが本番と言ってもいいと思っています。
「気象情報」は“気象”と“情報”の2つの単語から成る合成語ですが、もうここまで来ると、「気象情報」のうちの“気象”の側面もさることながら、それ以上に“情報”の側面のほうが重要度を増してくると私は考えます。すなわち、「情報工学」ってやつです。この場合の「情報工学」の中心は画像解析処理と、予測演算処理の2つになろうかと思いますが、どちらも次々と送られてくる膨大なビッグデータを扱う処理だけに、なかなかハードルが高いものがあります。
『ひまわり8号』の観測データは気象庁の気象予報に活用されるだけではなく、民間の気象情報会社や研究機関などにもデータを提供していただけることになっています。
現時点で世界最高の観測精度を誇る気象観測衛星をどこまで防災や各種産業に活用することができるか…。世界中が注目していると思うので、ここは我々民間気象情報会社も、日本の威信をかけて頑張らないといけません。なんと言っても、『ひまわり8号』には、バックアップ機として次に打ち上げられる同型機の『ひまわり9号』の運用までを含めると、約850億円という膨大な国民の税金が投入されているわけですから。これを“宝の持ち腐れ”にしては絶対にいけません。
【追記】
先頭の写真が『ひまわり8号』じゃないよ!…と鋭いツッコミをいれていただいた方、正解です!
この人工衛星の写真は昨年の12月3日に打ち上げられた小惑星探査機『はやぶさ2』です。(『ひまわり8号』のプラモデルがなかったので、『はやぶさ2』で代替しています。)
この『はやぶさ2』、現在は地球の周囲を周回して最終的な確認を行っていますが、約半年後にそれが終了すると、小惑星「1999JU3」に向けて調査飛行に向かいます。小惑星「1999JU3」には2018年に到着し、およそ1年半の期間小惑星の探査を行い、地球への期間は2020年を予定しています。私達に大感動を与えてくれた先輩の『はやぶさ』同様、大きな成果を挙げてくれることを期待しています。
この『はやぶさ2』のプラモデルも昼休みに五反田重工業で製作し、現在は弊社社長室に飾っています。民間気象情報会社も、『ひまわり8号』に触発されて、これからの関心は“宇宙”ですね。
執筆者
株式会社ハレックス
前代表取締役社長
越智正昭
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