2016/03/30
転作の好機を掴む(その3)
翌日(18日)は中国四国 土を考える会の総会に引き続き、場所を尾道市の隣町の広島県府中市に移動しての話題提供の工場見学でした。訪問したのはプラスチック成形やラジコン模型、産業用無人ヘリコプター製造などを手掛けるメーカーであるヒロボー株式会社。
(ヒロボー公式HP)
このヒロボー株式会社は今でこそラジコンヘリコプターの分野で世界トップシェアを誇るメーカーですが、元の社名は広島紡績株式会社。主に綿や羊毛、麻などの繊維を紡いで織物用の糸を製造するメーカーでした。創業は1949年(昭和24年)。おりしも1950年に勃発した朝鮮戦争に伴い、国連軍の要請でいわゆる「朝鮮特需」が興り、中でも土嚢用の麻袋や軍服、軍用毛布、テントなどにおいて使用される繊維製品の需要が高まり、広島紡績も業績を拡大していったのですが、1970年代に入るとそれが一転。次第に東アジアからの輸入品が増加し、業界内での倒産が相次ぐようになってきます。さらには円高やオイルショックなどの影響も受け、紡績などの繊維産業は長く続く構造不況に陥ることとなります。そしてついに1985年、プラザ合意の締結以後、繊維製品は輸入が輸出を上回るようになります。
現在の松坂晃太郎社長が、病床の父から社長代行としてヒロボーの経営を託されたのは1972年、26歳の時でした。折しも円高や第1次石油ショックなどの影響を受け、紡績などの繊維産業は構造不況の真っ直中にあった時代です。先代の社長は本業の紡績事業の不振を補うため、ボーリング場やガソリンスタンドの経営などサービス業への進出など多角化を試みていたのですが、それらはことごとく失敗。現在の松坂晃太郎社長が経営を引き継いだ時には倒産寸前の状態でしたが、ここから奇跡の復活劇が始まります。
資金繰りに奔走する日々が続く中で、松坂晃太郎社長はプラスチック製品と電気部品の製造という2つの新事業をスタートさせました。この2つの新事業は、いずれも大手メーカーの下請けですが、「下請けの良さは、親会社が技術や人材などの経営資源を提供してくれるところにある」と松坂社長は振り返っておられます。この事業の経験が奇跡の復活劇のおおもととなります。
これらの新事業は経営の安定には大きく貢献しましたが、松坂社長はそれだけでは満足しませんでした。「社員に夢のある、面白い仕事をさせたい」…そう考えた松坂社長は、社内に「世界一委員会」を結成し、世界一になれる事業のアイデアを募ったのです。様々なモノ作りを模索する中で、松坂社長が最初に取り組もうとしたのがミニカーでした。松坂氏自身がミニカーのマニアで、良い物を見極める自信があったためです。そのミニカー製造への取組みの中でふと出会ったのがラジコンヘリコプター。その飛行操縦の面白さと、空を飛ぶモノに対する憧れで、社長代行就任の翌年1973年(昭和48年)にラジコンヘリコプターの開発に本格的に着手することになります。
幾多試行錯誤を繰り返し、様々な製品を送り出す中で、今ではヒロボーはラジコンヘリコプターの分野では知る人ぞ知る世界トップシェアを誇るメーカーにまで成長しました。このヒロボーの奇跡とも言える復活劇に関しては、NHK総合テレビジョンで放映された大人気番組『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』でも「町工場 復活のヘリコプター」と題して取り上げられています(2005年2月1日)。
私はヒロボーが本格的にラジコンヘリコプター製造に乗り出した翌年の1974年に広島大学工学部に入学したので、広島県府中市にヒロボーというラジコンヘリコプターを製造する面白いメーカーがあるということは、当時、噂で聞いたことがあったのですが、訪れるのは初めてのことです。工業団地の真ん中にあるヒロボーの本社の建物に入ると、受付のところにズラァ~っと製品であるラジコンヘリコプターが並んでいました。この工場見学は「防除ヘリの今」と題して、農薬散布等で使われる農業用(防除用)のラジコンヘリコプターの現状を視察しようというのが本来の目的だったのですが、受付のところに並んでいる小型のホビー用ラジコンヘリコプターの群れを見ちゃったら最後、参加者全員そういう真面目な本来の目的は忘れてしまって、すっかり童心に返っての工場見学になっちゃいました。
ヒロボーのラジコンヘリコプターはホビー用と農業用の2つに大別されます。主力は小型のホビー用で、電動の室内用とエンジン搭載の屋外用があり、前述のように現在では世界トップシェアを誇っています。農業用のラジコンヘリコプターは全長が2メートル弱と大型で、エンジンで動きます。ドローンが登場してきてラジコンヘリコプターもその座を脅かされているのでは? あるいは、ヒロボーもドローンに参入するのでは?…と思ったのですが、まだまだヒロボーとしてはラジコンヘリコプター一本で勝負するつもりのようです。ラジコンヘリコプターはドローンのように操縦が容易ではなく、簡単には飛ばせられないので、多くのマニアがドローンに流れるのではないかと我々素人は想像しがちですが、マニアとしてはその操縦の難しさこそがラジコンヘリコプターに病み付きになる要因であるとのことで、根強いファンが多いとのこと。さらにはドローンで空を飛ばす魅力に憑りつかれた(目覚めた)ファンが、より高度なテクニックを必要とするラジコンヘリコプターに流れてくる現象も見られるそうです。(ドローンは簡単すぎて、すぐに飽きるとも)
さらには搭載可能な荷物の積載量。これは農薬散布等に使用する農業用としては一番の必要要件なのですが、こちらは強力なエンジンを搭載したラジコンヘリコプターのほうがまだまだ優位性を保っているのだそうです。
ヒロボーの本社にはギャラリーが併設されていて、ヒロボーが送り出した製品(ラジコンヘリコプター)の数々のほか、松坂社長が趣味で集めている大型のラジコン飛行機や、同じく愛好家達が寄贈したという大型のラジコン飛行機の機体が所狭しと飾られています(おそらく保管場所に困って、ここに展示することにしたのではないかと思われます)。男の子にとって夢のような場所でした。
ホビー用のラジコンヘリコプターはお小遣いで買えそうなので、もしかすると帰宅後すぐに購入する参加者もいらっしゃるのではないかと想像します。下の写真でヘリコプターを掌の上に着陸させてメチャメチャ嬉しそうな顔をしておられるのは、スガノ農機の菅野充八代表取締役社長です(笑)
このヒロボーも紡績会社からラジコンヘリコプターの世界トップシェアを誇るメーカーに転身した会社さんで、よくよく考えてみると、『転作の好機を掴む』と題した今回の研修会の工場見学としては、この上ない抜群の見学先選定だったのではないかと思われます。なかなか実りのあった「中国四国 土を考える会」の研修会でした。
執筆者
株式会社ハレックス
前代表取締役社長
越智正昭
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