2018/04/27
大人の修学旅行2018 in鹿児島(その8)
2日目(3月4日)、鹿児島地方は朝からよく晴れています。昨日はまったくその姿が見えなかった桜島もこの日はよく見えます。朝方はまだ山頂付近は雲で覆われていますが、周囲の空を見る限り、これから気温が上昇していくにつれてその雲も消えて、1時間もすると雄大な桜島の山容がハッキリと分かるはずです。ヨシッ!! 「晴れ男のレジェンド」は健在です 。ちなみに、この翌日の3月5日は再び雨、それも低気圧の接近で相当に荒れるであろう…という予報が出ていました。まさに雨と雨の合間のこの日しかない!…って感じの1日でした。
国民宿舎レインボー桜島の前には「大正噴火90周年記念碑」が建っています。この記念碑は平成16年(2004年)に建てられたものです。その碑の傍に「活火山桜島 噴火の歴史」という説明の碑も建っています。それによると、桜島が水面から姿を現したのは今からおよそ1万3千年前と言われています。記録に残されている最初の大噴火は和銅元年(708年)であり、その後も数多くの大噴火を繰り返しています。記録に残る有名な大噴火は以下の通りです。
・文明の大噴火:文明3年(1471年)〜文明10年(1478年)
・安永の大噴火:安永8年(1779年)〜安永10年(1781年)
・大正の大噴火:大正3年(1914年)1月12日午前10時5分、大轟音とともに大爆発を起こした桜島から流出した約30億トンの溶岩は、役場、郵便局、小学校などのあったこの横山・赤水集落のおよそ1,300戸の家屋を埋没させました。時を同じくして、幅が400メートルもあった桜島東岸の瀬戸海峡にも鍋山から流出した溶岩が流れ込み、大隈半島と陸続きとなりました。
その後も昭和21年(1946年)、昭和30年(1955年)と大きな噴火を繰り返した活火山「桜島」は、今もなお噴火活動を続けています。今年は平成30年(2018年)、大正3年(1914年)の大正大噴火から104年目です。
『大人の修学旅行2018in鹿児島』2日目のこの日は鹿児島市交通局の定期観光バス『桜島自然遊覧コース』を利用して、この桜島の自然を堪能します。
午前9時30分、鹿児島市交通局の定期観光バスが国民宿舎レインボー桜島の前まで迎えに来てくれました。正規の乗り場はフェリーの発着する桜島港にあるのですが、レインボー桜島のフロントから事前にお願いしておくとレインボー桜島の前まで迎えにきてくれるので便利です。乗客は私達12名のほかに5名ほど(うち4名が私達と同じレインボー桜島からの乗車)。満員ではないので鹿児島市交通局さんには申し訳ないのですが、半ば貸切状態のようなところもあり、ちょうどいい感じです。
桜島は鹿児島県の錦江湾(鹿児島湾)にある東西約12km、南北約10 km、周囲約55 km、面積約77平方kmの火山の島です。かつては1個の独立した島だったのですが、前述のように大正3年(1914年)の大噴火の際に流れ出した大量の溶岩により、鹿児島市の対岸の大隅半島と陸続きとなりました。
桜島火山は後述する姶良カルデラの南縁付近に位置しており,この姶良カルデラの約2万9千年前の巨大噴火の3千年ほど後の約2万6千年前に錦江湾(鹿児島湾)内の海底火山として活動が始まり、安山岩やデイサイト質の溶岩を流出しながら大きな火山島を形成していき、約1万3千年前には北岳が海上に姿を現したとされる日本の火山の中では比較的新しい火山です。桜島火山は有史以降も頻繁に噴火を繰り返してきたため噴火の記録も数多く残っており、また現在もなお活発な活動を続けています。海の中に聳えるその山容は特に異彩を放っており、鹿児島のシンボルの一つとされ、年間約200万人が訪れる観光地としても知られています。なお、桜島はほぼ全域が霧島錦江湾国立公園に指定されています。
桜島の大部分を構成する御岳(おんたけ)は南北に並ぶ北岳、中岳、南岳から成り、山腹に多くの側火山を配しています。山裾が海まで伸びているため平地はほとんどありませんが、北西部と南西部の海岸沿いに比較的なだらかな斜面があり、ここだけは農地として利用されています。
山道をグングン登った先にある湯之平(ゆのひら)展望所です。ここの海抜は373メートル。北岳の西側斜面の4合目付近にある溶岩ドーム上に位置し、桜島において一般の人が入ることの出来る最高地点で、幾つかある桜島の展望所の中で火口からの距離が約3.5kmと最も火口に近い展望所で、山肌を間近に見ることができるところです。かつては湯之平展望所からさらに山頂方面に登った引之平展望所(ひきのだいら:火口から約2kmの距離、標高563メートル)まで観光道路で登ることができたのですが、昭和35年(1960年)に大きな噴石が飛来するようになって危険が増したために、引之平展望所への道路は閉鎖されています。
この湯之平展望所からは、360度どこを見ても絶景です。桜の花びらをデザインした屋根が印象的な展望所があります。ここから仰ぎ見る北岳の荒々しい山肌や南岳の山容、そして噴煙を上げる様はまさに圧巻の一言です。ここの展望台から見て左側の岩山は北岳ですが現在は噴火することはなく、現在は右奥の南岳が活発に噴火しています。
前述のように桜島の御岳は南北に並ぶ北岳、中岳、南岳から成ります。
北岳(標高1,117メートル)は桜島の最高峰で、山頂に直径約500メートルの火口があり、雨が降ると池ができることもあります。有史以来山頂火口から噴火した記録は残っていませんが、北東斜面に安永8年(1779年)に起きた安永大噴火の火口があります。
中岳(標高1,060メートル)は北岳から約900メートル南に位置する峰で、南岳の寄生火山の1つです。有史以来の目立った噴火の記録は残っていませんが、地質調査では西暦1200年頃の活動で形成されたと推定されています。
南岳(標高1,040メートル)は中岳から約500メートル南に位置し、山頂に直径約700メートルの火口があり、その内側に二つの小火口(A火口とB火口)を擁しています。この火口は昭和30年(1955年)以降、現在も活発な噴火活動を続けており、山頂火口から半径2km以内は警戒区域に指定され、立ち入り禁止となっています。南側山腹には安永大噴火の火口、東側山腹には昭和10年(1935年)に起きた昭和噴火により形成された昭和火口があります。
1990年代に入ると桜島の爆発的噴火の発生回数は減少傾向を示し、2003年(平成15年)から2006年(平成18年)にかけての爆発的噴火の回数は年間30回以下にまで収束したのですが、2006年6月4日に昭和噴火の火口跡付近において小規模な噴火が発生、以降、昭和火口が中心となって爆発の回数が再び増加へ転じています。2009年以降の活動の活発化傾向は特に著しく、観測所において爆発的噴火もしくは一定規模以上の噴火と記録された噴火は2009年755回、2010年1,026回、2011年1,355回、2012年1,107回、2013年1,097回、2014年656回、2015年1,252回となっています。また2015年3月には爆発的噴火もしくは一定規模以上の噴火の月間記録回数が272回と従来の記録を大きく上回りました。2016年には153回、2017年には406回と幾分減少傾向が見られるものの、安心できるものではありません。
桜島の月別の噴火回数(気象庁)
実際、2016年2月5日18時56分頃、昭和火口で爆発的なマグマ噴火が発生、噴煙の高さが2,200メートルに達し、これに因る噴火速報が18時59分頃発表され、2013年11月以降レベル2に引き下げていた噴火警戒レベルをレベル3に引き上げました。また、2017年5月2日3時20分頃、昭和火口で噴火が発生、噴煙の高さが4,000メートルに達し、気象庁は噴火警戒レベル3を継続しました。この日は計5回の噴火を観測しています。
正直なことを言うと、私は今回の『大人の修学旅行2018in鹿児島』の期間中に、特に桜島の観光中に爆発的噴火が起こらないかな…と、多少期待していたところはありました。昨年(2017年)も406回とほぼ毎日1回は起きているわけですから、期待したくもなります。しかし、残念ながらその期待だけは外れたようです。
そうそう、火山がモクモクと噴煙を上げたとき、皆さんはなんと言いますでしょうか? 「噴火した」という方もいれば「爆発した」という方もいるのではないか…と思います。ふだん何気なく使っている “噴火” と “爆発” ですが、その違いをご存知ですか? 実は、気象庁はこの二つの言葉を明確に区別して使っています。
まず、気象庁では噴火を次のように定義しています。
――火山現象として、火口外へ固形物(火山灰、岩塊等)を放出または溶岩を流出する現象――
しかし、噴火の規模はさまざまなため、気象庁ではある一定以上の規模の噴火を記録しています。
――噴火の規模については、大規模なものから小規模なものまで様々であるが、 固形物が噴出場所から水平若しくは垂直距離概ね 100~300m の範囲を超すものを噴火として記録する。――
すなわち、100~300メートルを超える噴煙があがる噴火を「噴火」と記録するということです。しかし、桜島は特に活発な火山です。常に噴煙を上げて、100~300メートルの噴火なんてごくごく日常的に発生していますので、そのすべてを数えることは難しいことから、以下のふたつを「噴火」と定義して記録しています。
1)爆発的噴火
2)噴煙量階級3以上の有色噴煙を伴う噴火
この噴煙量階級3以上という表現ですが、気象庁では噴煙量を噴煙の高さと幅から1~6の階級に分けて観測しています。噴煙量階級3以上の噴煙は、高さが概ね 1,000メートル以上の噴煙に相当します。ほかの火山では100~300メートルを超える噴煙が上がれば記録するのですが、桜島では約1,000メートル以上噴煙が上がらないものは、噴火と数えないというのです。さすが桜島ですね。格が違う…って感じです。
ここで、「爆発的噴火」という言葉が出てきました。爆発とは、爆発的噴火の略のことです。気象庁では、桜島における爆発的噴火を次のように定義しています。
――爆発地震を伴い、爆発音または体感空振または噴石の火口外への飛散を観測、または鹿児島地方気象台の空振計で3Pa 以上、あるいは桜島島内の空振計のいずれかで 10Pa 以上の空振を観測した場合に爆発的噴火とする。ただし、上記の条件を満たした場合でも噴煙に特に変化が見られない場合には噴火としない。――
[補足]
・Pa(パスカル)は圧力の単位です。桜島島内には、「横山観測点」「瀬戸観測点」「あみだ川観測点」の3カ所に気象庁の空振計が設置されています。
・「噴石の火口外への飛散」の詳細:南岳山頂火口では噴石が少しでも火口外へ飛散した場合、昭和火口では噴石が火口から水平距離概ね500メートル以上飛散した場合。
まとめると、気象庁が記録を残す桜島の噴火は、【爆発的噴火】と【噴煙が概ね1,000メートル以上あがった噴火】の2種類があって、【爆発的噴火】とは、爆発地震に加えて、爆発音・空振・噴石の飛散のうちどれかが観測された噴火のことということになります。
詳しくは以下の気象庁の「噴火の記録基準について」をご覧ください。
噴火の記録基準について(気象庁)
この湯之平展望所は島内一の景勝地と言われ、西側の眼下には鏡のように穏やかな錦江湾と錦江湾を挟んで鹿児島市の街並みが見え、南は開聞岳まで一望できます。この日は天気がいいので開聞岳がかすかに見えます。
また、眼下に広がる平原は大正溶岩原といって、大正3年(1914年)の大正大噴火で流れ出した溶岩です。桜島港や前夜宿泊した国民宿舎レインボー桜島がその大正溶岩原の先に見えます。ここから錦江湾越しに見える鹿児島市の夜景は宝石のようです…とはバスガイドさんの案内です。でしょうね。
北方向の眺めです。遠くに霧島連山が見えます。新燃岳から噴煙が上がっているのが分かります。
目の前に広がる錦江湾(鹿児島湾)北部(湾奥)の海が姶良カルデラ(あいらカルデラ)と呼ばれる直径約20kmにも及ぶ桜島が誕生する前に噴火していた大昔の巨大な火山の噴火口の跡です。幾つかある南九州のカルデラ群の1つで、現在のカルデラを形成した姶良噴火は、約3万年前に起きたと推定されています。桜島はこの姶良カルデラの南の縁に位置しており、姶良カルデラは桜島火山のマグマの供給源ではないか…とされています。この姶良カルデラを形成した巨大火山は全体が一度に形成されたものではなく、約150万年前から活動があり、少なくとも北側の一部分は80万年以上前から存在している形跡があるのだそうです。大量の火砕流と火山灰などを噴出した約2万9千年前~2万6千年前の姶良大噴火でおおむね現在の形になり、約2万6千年前に後カルデラ火山である桜島火山が誕生したと考えられています。また淡水性生物の化石が出土していることから形成当初はカルデラは淡水で満たされていたと考えられていて、約1万年前の最終氷河期以降の海面上昇とカルデラ南壁の崩壊により海水化したと考えられています。
鹿児島県をはじめとする南九州の特徴的な土壌や地形としてシラス台地というのがあります。このシラス台地のシラスとは、約2万9千年前~2万6千年前に姶良カルデラの巨大噴火で発生した大規模な火砕流による堆積物のことで、その成分は細粒の軽石や火山灰です。その堆積範囲は鹿児島県の薩摩半島と大隅半島の山岳部を除くほぼ全域、宮崎県の南西部から中央平野部にかけて、熊本県の人吉市から五木村にかけての低地と水俣市、さらには高知県宿毛市あたりにまで広がっています。場所によっては約150メートルの厚みで堆積した地域もあり、堆積物の総量は約200立方kmにもなると言われています。
シラス台地の最上部は台地面あるいは台地原面と呼ばれ、きわめて平坦な地形となっているのが特徴です。台地面の高さは姶良カルデラから離れるに従って緩やかに低くなる傾向が見られますが、この台地面はおおむね火砕流が堆積した直後の地形を表していると考えられています。台地面の所々には幅が広く浅い谷があり、台地面の縁に段丘(高位段丘)が見られます。谷底を常時流れる川はなく、おそらくこれはシラス台地形成直後の布状洪水や大雨による一時的な洪水によって形成されたと考えられています。シラス台地の縁部は通常落差20〜100メートル程の急な崖となっています。乾燥したシラスは剪断強度が高く急崖でも比較的安定するのですが、水分を多く含むと強度が急激に低下するため大雨などによって崩壊しやすい特徴があります。この急な崖はこのシラスの特徴により形成されたものと考えられています。これが鹿児島県の特徴的な地形を形成しています。
で、このカルデラですが、姶良カルデラの南の錦江湾(鹿児島湾)の入り口付近には阿多(あた)カルデラがあります。阿多カルデラは2つのカルデラから構成されていて、北側のカルデラは阿多北部カルデラ、南側のカルデラは阿多南部カルデラと呼ばれています。阿多北部カルデラは火砕流を伴う噴火と陥没を繰り返しており、約11万年前の大噴火においては、阿多北部カルデラから阿多テフラが噴出した直後に阿多南部カルデラでも陥没が発生したと考えられています。この大噴火の後、阿多南部カルデラ内部に鷲尾岳、清見岳など新期指宿火山群と呼ばれる火山群が形成されました。約5,500年前には阿多南部カルデラ西北縁部で大噴火が起こりイッシーという巨大水棲生物のUMA(未確認生物)が棲息するのではないかと言われる池田湖(池田カルデラ)が形成されました。これとほぼ同時に発生したマグマ水蒸気爆発により山川湾、成川盆地、鰻池、池底、松ヶ窪などの噴火口群が相次いで形成され、その後、鍋島岳や開聞岳が形成され現在に至っているとされています。阿多南部カルデラの内部にある池田湖から山川湾にかけてのカルデラおよび噴火口群は池田山川としてランクCの活火山に指定されています。そして、カルデラの西縁には同じくランクCの活火山・開聞岳があります。カルデラ内部には指宿温泉があります。
さらに、その阿多カルデラの南の薩摩半島から約50km南の大隅海峡には鬼界(きかい)カルデラと呼ばれるカルデラがあります。薩南諸島の北部にあるランクAの活火山に指定されている薩摩硫黄島と竹島が鬼界カルデラの北縁に相当します。鬼界カルデラは東西約21km、南北約18km楕円形をしており、約7,300年前の大噴火で形成された内側のカルデラと、それ以前に形成された外側のカルデラの二重となっています。カルデラ底部の水深は400〜500メートル、海底には多数の海底火山があり起伏に富んだ地形になっています。鬼界カルデラが大噴火を起こした約7,300年前と言えば縄文時代。西日本では縄文時代の遺跡が少ないと言われていますが、それは鬼界カルデラの大噴火が大きく影響したと言われています。この大噴火により西日本一帯では鬼界カルデラから噴出された火山灰が降り積もり、とても人が住める状況ではなくなりましたし、火山灰は酸性の土壌を産みますので、人間や動物の骨などの化石は溶けてしまいますからね。
このように、鹿児島県の地理や地形を語る上においては、カルデラは極めて重要なキーワードなのです。
繰り返しになりますが、桜島南岳の噴煙を上げる様は、まさに圧巻の一言です。
展望台の床に桜島の航空写真が貼られています。この写真を見ると火口の様子がよく分かります。また、大正と昭和、2度の大規模な噴火と流れ出した溶岩の様子もよく分かります。谷になっている地形のところの浸食の度合いで2つの火山体(北岳と南岳)を見分けられ、浸食された土砂が堆積して形成された火山麓扇状地も確認できます。
ちなみに、湯之平展望所の石垣にはハートの石が全部で7箇所に埋められているのだそうです。全部探し出せると幸せになれるってバスガイドさんに言われ、オネエ、キョウコさん、ノリコさんの女性陣は敏感に反応したみたいですが、時間の関係でとても無理です。ウチの奥さんや娘もそうですが、女性陣ってこういうものに必ず敏感に反応するようです。
湯之平展望所をあとにして、観光バスは海岸線まで下ってきました。桜島を時計回りにグルっと進みます。この桜島には明治時代以前は2万人以上の島民が暮らしていました。それが大正大噴火の影響によって9,000人以下に激減。その後も減少が続き、昭和60年(1985年)には約8,500人、平成12年(2000年)には約6,300人、平成22年(2010年)には約5,600人となり、平成30年(2018年)の現在は約4,000人ほどになってしまっています。このため、昭和25年(1950年)には島の東側(旧東桜島村)が、平成16年(2004年)に島の西側(旧桜島町)も鹿児島市と合併し、現在は桜島全てが鹿児島市となっています。
特に私達が宿泊した島の西部から南西部にかけての横山・赤水地区はかつては桜島の行政の中心で、西南戦争時は臨時の鹿児島県庁が置かれたほどのところでした。しかし、大正大噴火による溶岩流出により集落全体が埋没。北部に位置する藤野地区に村役場を移転して以降、藤野が西桜島村及び桜島町の行政の中心地となっており、現在も鹿児島市役所桜島支所が藤野地区に所在しています。観光バスはその藤野地区の海岸線を通り過ぎます。
桜島では降灰や火山ガスで甚大な農作物被害を受けながらも、ビニールハウスなど防災施設の整備や、降灰に強い作目の導入などによって「災害に強い農業」が展開されています。果樹では、桜島小みかんやビワ、「不知火」をはじめとする多様な柑橘類が生産されています。野菜では、施設栽培により葉ネギやサントウサイなどの軟弱野菜が、また、露地栽培により桜島大根、カボチャ、キヌサヤエンドウ、インゲンなどが生産されています。花卉では、シンビジウムやユリなどの切花やシクラメンなどの鉢花が生産されています。
また、沿岸部では、カンパチ、ブリの海面養殖漁業が盛んに行われています。写真はそのカンパチ、ブリの海面養殖漁業の現場です。
桜島の民家の特徴として、雨樋がない家屋が多いことが挙げられます。これは火山灰が雨樋に詰まり、雨水を吸収して固まるとまったく用を成さなくなるため、初めから雨樋を設置していないことによるものです。私の妻の生家のある鹿児島県の大隈半島側の地域は桜島の降灰量が多いところで、そこでも同じ理由から最初から雨樋のない家屋が散見されます。記憶が薄らいでおりますが、確か妻の生家もそうだったような気がします。何かで雨樋がないことの話を聞いたような記憶はありますから。
私も妻の生家に帰省中に桜島の噴火に遭遇したことがあります。妻の生家があるところは桜島からは大隈半島を横切り50km近く距離が離れているのですが、ドン!という鈍い轟音が聞こえ、しばらくすると火山灰が西からの風に運ばれて大量に降ってきて驚きました。降灰時は霧の中のような状態になり、視界が数十メートル以下にまで低下することがあり、自動車の場合、昼間でもヘッドライトの点灯が必須になります。また、火山灰がフロントガラスに大量に付着するのですが、ワイパーを作動させる速度を考慮しないと、フロントガラスに傷がつく場合があるので注意が必要です(火山灰にはガラス質の物質が含まれているため、すぐに傷つきます)。また、特に降雨時の降灰の際には早めに、場合によっては大量のウィンドウォッシャー液の併用で動かさないとガラスに傷がつくので危険な場合があります。
そうそう、お墓にも灰よけの屋根が付けられたものが多く見られるのがこのあたりの特徴です。
このように桜島の火山灰は風によって運ばれるため、火山の近隣の住民にとっては風の向きの情報は極めて重要な情報なんです。場合によっては晴れだ曇りだ雨だといった通常のお天気の情報以上に関心が高い情報であったりもします。例えば、主婦の場合、この風の情報により洗濯物を外に干していいかどうかを判断せねばなりませんからね。このため、昭和58年(1983年)から鹿児島県限定で電話の天気予報(177)で桜島上空の風向きに関する情報提供が始まり、その後、鹿児島県内のテレビやラジオ放送の天気予報においても、桜島上空の風向きの情報が流されるようになっています。現在、弊社ハレックスでは、桜島、霧島、阿蘇山と活火山が並ぶNHKの鹿児島、宮崎、熊本、大分の各放送局のデータ放送向けに桜島、霧島、阿蘇山周辺上空の風の情報を提供させていただいております。
錦江湾(鹿児島湾)の湾奥部を挟んだ向こう側に霧島連山の姿が見え、その中に噴煙を上げている新燃岳も見えます。
拡大すると、こうです。活火山である桜島から見る活火山である霧島連山の新燃岳。目の前の海が姶良カルデラであることを実感する光景です。
桜島の一定程度住民が暮らしている各集落には必ずと言っていいくらい港(船着き場)が整備されています。桜島の突然の噴火等により緊急に住民の避難が必要になった時に鹿児島市営の桜島フェリーがこの港に接岸して、住民を救出するためです。自然の脅威に常に晒されているところだけに防災の備えは万全になっているようです。
島の東側に回ると錦江湾(鹿児島湾)を挟んで向かい側に見える陸地が大隅半島に変わります。
……(その9)に続きます。
執筆者
株式会社ハレックス
前代表取締役社長
越智正昭
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